第二百七十六話 『本当に済まなかった……!』

 アリエスが見せてくれた機石装置リガートの数々は確かに凄かった。ただ、自分にはどれも既視感のあるものばかりだったのが問題だった。それを再現ではなく一から辿り着いたのだと考えると、どれも世紀の大発明レベルなのだけれど。素直に感動できないのだ。


「なんというか、テイルだけそんなに驚いてないような……」


 そんな自分の心の内が、ほんの少しだけ漏れてしまったのだろう。アリエスが『んー?』と唸りながら、怪訝な様子でこちらを見ていた。


 やべっ、薄々勘づいてる……!?


 流石にここで『どれも全部見たことがある』なんて言えないし。『いったいどこで見たのよ!』なんて詰め寄られてもどうしようもない。


「い、いや、どれも凄すぎて、実感が湧いてないというか……。そ、そうだ。なんというか、俺は『どんなことができるか』じゃなくて、『どうやって作ったのか』みたいな構造の方が気になる方で――」


 ――と、なんとも苦しい言い訳を捻り出してみた。


「ふ、ふぅん……?」


 お、なんだか少し響いたみたいだぞ……?


「まぁ、機石魔法師マシーナリーならそう思ってもおかしくないけどね。やっぱり、テイル……機石魔法師マシーナリーになった方がいいんじゃない?」


 ……どうしてそうなるんだ。


 ココさんの時もそうだったけど、やたらと引き抜きたがるな?


 これまでいろいろと見てきたけれども、自分は魂使魔法もさっぱりだし、機石魔法だっていざ何かやろうとしても上手くいくとは思えない。


 少しだけ目をキラキラとさせているアリエスには悪いが、殆ど出まかせのようなことを言っていただけなんだ。……まぁ、これで疑惑が薄れたのなら、結果オーライではあるのだけれど。


 ――――。


 そして、アリエスによる発明品の披露会は更に続き。もっと言うなれば、自分が余計なことを言ったせいで、その構造だったりの細かい説明が付くようになってしまった。


 そんなこんなで一時間弱は経っていて。

 アリエスが『そろそろ帰ろっか』と言った時には全員がヘトヘトだった。


 工房の作業場に戻ってきた時には、既に何人かは帰っていた。出てきた自分たちに気が付いたラフトさんが、溶接作業を行う時につける遮光面を上げて、こちらに手を振る。


「どうやら散々付き合わされたみてぇだな。こいつも集中すると際限がねぇからよ。まぁ、それが良い所でもあるんだが……」


 アリエスよりも少し低い身長でありながらも、ポンポンと頭に手を乗せるラフトさん。その様子は、まるで親子のようで。アリエスも『ちょっと、やめてよー』とは言いながらも、まんざらではなさそうだった。


「それじゃあな、お前ら。この調子なら明日には完成だ。言っちゃあなんだが、我ながら完璧な出来だぞ。試運転をしたいから、明日は朝から来てくれ」


「やったぁ! 期待しているんだからね!」

「楽しみですね、アリエスさん!





「あれってなんだか見覚えがあるような……」


 それは昼前に見たときと同じ光景だった。親方が指揮を執り、機石装置を操作しているのが一人、なんと今度に限っては荷物を見るどころか、荷物に乗っている始末。


「危ないどころの話じゃないな……」


 ヒューゴがそう呟いた矢先のことだった。一際に大きな風が、通りを抜けていく。ぐらりと揺れたクレーン式の機石装置リガートと、操作役の一人が目に砂が入ってしまったらしく、一瞬の空白が生まれてしまった。


「おっと、目に砂が――って、ヤベっ――!」


 慌てて操作したものだから、更に大きくクレーンが揺れる。右へ左へ、無理矢理に正常な位置へと戻そうとするものだから、その急な操作の負荷は根元へと一気にかかり――


 ボキリ。とも、バキリ。とも、つかない鈍い音がした。


「危ねぇ! 倒れるぞっ!!」


 人通りは少なかったものの、周囲の人もワッとざわつく。ゆっくりと、傾き倒れていくクレーンに、真っ先に走っていったのは他でもないアリエスだった。自分たちが動くよりも早くに行動を開始していた。


 機石銃で折れたクレーンの支柱を撃ち抜いた――かと思いきや、どうやらそれは機石装置の部品だったようで。次の一手で、工具を取り出して一瞬で補強してしまう。流石の早業――だけれども、倒壊は防げたものの、まだ荷物の方が残っていた。


「あとはお願い!」

「任せてくださいっ――!」


 次の瞬間には石畳の隙間から一気に植物が生え出して、分厚い天然のマットが用意された。ヒューゴがなんとか揺れる荷物を受け止め、そこに乗っていた男性を自分が、地面に落下する前に受け止めてマットへと投げる。


 真っ先に飛び出したアリエスよりも数拍遅れたものの、なんとか怪我人も出さずに場を収めることができたのは良しとしよう。周りの人からも、パチパチとまばらにだが拍手が上がっていた。


「ほらぁ! やっぱり私の言った通りだったじゃない!」


 全員が『はぁ……』と安堵の溜め息を吐く中で、アリエスが親方をキツく叱る。当然のことだろう。一歩間違えば大ごとになっていたのだから。もし自分たちが運よく近くにいなかったら、いったいどうなっていたのだろう。そう考えただけでもゾッとする。


「ほ、本当に済まなかった……!」


 頭をひたすらに下げ、平謝りの親方。流石にこれは、組合ギルドの方にも話は行くだろうということで、これ以上は責めることもしなかったのだけれど。


「もうここまで壊れたら修理するより、作り直した方が早いかもね。……きっと近いうちにラフトさんの工房から話が来ると思うから、次からはもっと大切に扱ってね」


 三人とも大きな怪我もない。ラフトさんには、明日の朝に話をすればいいだろう。ということで、宿へと戻ろうとしたのだけれど――横を小さな馬車が通り過ぎ、少し前方で止まった。


 何もないような場所で急に止まったので、少し不審に思う。大きさは四人乗るのがやっと、といったところ。何か問題が起きたのか、それとも自分たちに用があるのか。


「…………? どうしたんですか、テイルさん?」

「いや、あの馬車が急に止まったから――あっ」


 止まった馬車の前方から誰かが降りてきた。


 ガチャガチャと身にまとった鎧を鳴らしており、すっぽりと顔の方を覆っているのは面長の兜。なんだか、その形は見覚えがあるような……?


「先ほどの活躍、天晴あっぱれですぞ!」

「え……? えー? もしかして――」


 鎧の内側からした、その声の主は――


「ガフーさん……?」


 エルネスタ王国、国王リーヴの右腕と言っても過言ではない老兵。

 ガフーさんのものだった。

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