第二百三十九話 『“シュガークラフト”』

 正門広場でのひと悶着から一呼吸おいて。


 白黒のツートンカラーをした機石人形グランディールの生首が、心底辟易とした様子で訴えかけてくる。


「交渉は成立したわよねぇ。早く身体を返してくれなぁい? あ、身体の前に置いてくれるだけでいい――……ちょっと! もう少し丁重に扱いなさいよ!」


 最後まで言い終える前に、『はぁ……』と溜め息を一つ吐いて。ウィルベル先生が頭頂部から鷲掴みにして生首を持ち上げる。なんとも不気味な光景である。


 流石にそれを投げ捨てるようなことはしなかったけれども、泣き別れとなっていた身体の前に無造作に置いて。生首の方からは避難轟々、これには流石の先生も少し苛ついているように見えた。


「もう、最悪サイッアク……! まさかここまで面倒なことになるなんて……」


 ぶつくさ言っている生首を、起き上がった身体が拾い上げる。元通りになるように向きを調整しながら首の上に乗せる有様は、あまりに非現実的。そのままだと揺れたら落下してしまいそうで、ヒヤヒヤしながら見ていたのだけれども――十数秒ほどじっとしていたかと思うと、グリグリと調子を確かめるように首を曲げ伸ばしし始めた。


「ん。どうやら繋がったみたいね」

「どんな構造してんだよ……」


 普段からミル姐さんを見ていて驚くことはあるけれども、流石にここまでぶっ飛んだ光景は経験したことがない。あまりに近い距離で接していたが故に、こういった一面を見せられると、『種族として違う』というよりも『土台としての存在が違う』と感じてしまう。


 それでも、話が通じないわけでもない。どちらにも戦闘の意志がない以上、話を円滑に進めるための武装解除にだって応じる。


「ほら、これでいいでしょ。もう暴れるつもりはないわよ」


 出るわ出るわ、ガチャガチャと音を鳴らせながら、メスやら鉗子やら、はたまた小型のハンマーまで。山のように積もるぐらいに出して、『ふんっ』と鼻を鳴らす。


『やれやれ……』と肩を竦めて目を合わせる教師陣。周囲にも野次馬をしていた生徒達はほとんど残っておらず。万が一戦闘になったとしても、流れ弾の被害に遭うようなことはないだろう、ということでミル姐さんの治療が開始される。


「おっと、場所はここでいいのか?」

「どこでもいいわよ。私を誰だと思ってるの」


 いや、誰だよ。


 唯一の知り合い(のはず)だったミル姐さんが記憶を失っている以上、誰もその襲撃者の名前も正体も知るよしがないのだ。だからといって、本人も自己紹介をするつもりもないようだし……。単純に戦力に自信があるからなのか、良くも悪くもこの学園って杜撰ずさんだよな。


「ミルクレープ、背中向けて」

「ほらよ」


 どうやら、特に道具を使うというわけでもなく。手には何も持っていない状態で、ミル姐さんの方へと歩み寄る。……というか、いつもの『その名前で呼ぶんじゃねぇ。ミル姐さんと呼べ』っていうのが出てきてないな。


 治療するにしたって、どうするのだろう。と、眺めていると――


「――――っ!?」


 突然にミル姐さんの服を引っ掴んだかと思うと、勢いよくビリビリと破き始めた。


 ゴスロリチックの黒いドレスの生地が、細かく破かれ辺りに散乱する。露わになる白い肌に心臓が跳ねた。まるでマネキンのような――というよりも、マネキンそのものだった。もちろん、胸元もなだらかな丸みを帯びているだけで、自分もヒューゴも『……はぁ』と息を吐く。


「……なにがっかりしたような顔してんの」

「はっ!? 別に!? 何言ってんだ!?」


 じっとりと殺意の籠った目つきに、険のある声音のアリエス。別に何か期待していたわけじゃないのに、酷い言いがかりだった。


「……いくら機石人形グランディールとはいえ、はしたないじゃないかね」


「勝手に気にしておけばいいじゃない。私たちには関係ないわ」

「どーせ破れたところで、すぐに元通りだしなァ」


 上半身裸(?)の状態で、ミル姐さんが言う。


 ふわりとした三段スカートを広げてペタリと座っている様子は、はたから見たらだいぶ扇情的だ。あんまりそっちの方は直視しない方がいいだろう。


「……そうなの?」

「なんで私に聞くのよ」


 いや、だってミル姐さんの方見れないし。


 たしかに、よく戦闘でボロボロにしているけれども、次の日には必ず綺麗になっていた。毎度新しい服に着替えているのかと勝手に思っていたけれども、そうではないらしい。


 どうやらアリエスも詳しくはないみたいで。結局はミル姐さんの治療を始めようとしている機石人形の方から、説明をしてくれる。


「機石による魔力で、粒子状の物質が形を作ってるだけ。修復機関が破壊されるか魔力が切れない限りは、身体の傷だって勝手に修復されていくし、服だって直るわ」


 確かに……そう話している間にも、破れてこちらにまで舞ってきていた布切れがサラサラと形を失っていく。細やかな粒子が煙のように立ちのぼり、ミル姐さんの方へと集まっていくことだけは確認できた。


「――それじゃ、少しの間眠っててもらうわよ」

「……ああ」


「わぁ――」


 ミル姐さんが返事をした後、アリエスが小さく息を呑んだ。いったい何が起きているのかと、流石に気になって自分も視線を向けると――。


「――――っ」


 ミル姐さんの白い背中の中心、肩甲骨の高さのあたりが、観音開きとなっていた。その中を覗きこみながら、また何やらと愚痴り始める。


「何よこのきったないの! 全然ぜんっぜんメンテナンスしてないじゃない! あーもー! コイツのこういうガサツなところが嫌なのよぉ!」


 ぷりぷりと怒りながら、何かを探すようにして中身をガサガサと漁っている。そのたびに、ピクリとミル姐さんの身体が揺れていた。いったい何を探しているのだろう。……というか、そんなにごちゃごちゃしてるのか?


 気にはなれど、うろうろと動き回れるような空気でもなく。


 ミル姐さんの中身が見えているのは、治療を進めている機石人形の少女と、その中で不審な動きをしていないか見張っているウィルベル先生の二人のみ。その先生も、興味深そうに視線を向けていたけれども。


「あったあった。これよ、これ」


 そう言って中から引きずり出されたのは、両手で抱えるのがちょうどいいぐらいの魔法光で淡く輝く機石だった。それを眺めながら、少女はまたもや愚痴を吐く。


「なによこれ……。中身がぐっちゃぐちゃになってるじゃないの。……なんだか変に歪んでる部分もあるし……。大丈夫なのかしら、これ」


 そう言うと、右手の先がパキリと分かれ――いろいろな端子や工具が伸びていく。その様子を自分達はただ見ていることしかできないでいたが、作業自体はものの数分で終わっていた。


「だめね。一部はブラックボックスになってて私でも直せない。でも――」


 背中のあたりをパタンと閉めて。

 いい仕事ができたと言わんばかりに、満足そうに口元を歪ませる。


「――気分はどう?」

「あぁ……良かねェなァ、“シュガークラフト”」


 ――シュガークラフト。ミル姐さんが


 見た感じでは、普段となにか変わった様子は無いが――。


 それは本当に“思い出した”のだろうか。別の記憶を植え付けられたのではないか。とはいえども、ウィルベル先生も見ていた中でおかしな動きは微塵も無かったらしい。


 それではミル姐さんの記憶も戻ったし、本来のミル姐さんを取り返し(?)に来た理由を聞いてみようじゃないか。という流れになると思っていたのだけれど――そうは問屋がおろさなかった。


「さぁ! 記憶の戻ったアンタなら、何をするべきか分かるでしょう! 、さっさと“アカホシ”を止めに行くわよ!」


「学園をぶっ壊す!?」


 ざわりと空気が変わる。


 おいおい、まさかこの状況でミル姐さんが暴れだすのか……!? 二人の機石人形グランディールに暴れられたらたまったものじゃない。ウィルベル先生も剣を抜き始めて、一触即発の状況となっていた。――が、当のミル姐さんは構えることなく。


 ひとしきり手を開いたり閉じたりして、調子を確かめてから――


「……馬鹿言ってんじゃねェぞ。誰がするかよォ」


 ――と、さほど興味も無さそうにそう言ったことに、機石人形の少女シュガークラフトは『嘘でしょ!?』と声を上げた。にしても、相当な驚きようだった。


「二階建て以上の建物は壊さないと気が済まないぐらい酷い性格してたのに!?」


 いや、酷すぎるだろ。そんな破壊衝動の塊のような性格だったのか。……そりゃあ、行動の端々で滲み出ているような気もするけれど。


「どうしちゃったのよ……。変わりすぎでしょ、アンタ……」

「知るかよ。――ンで、アカホシがどうしたって。まさか――」


 先ほどシュガークラフトが口走った名前――それがヒトの名前なのか、物の名前なのかは分からないが、“思い出した”ミル姐さんも共通認識としてその名を口にする。


「……そうよ。眠りから目覚めて、また暴走しようとしているの。アンタがいないと止められない。本当なら眠っている間に対処できたってのに、呼んでも来ないから私が直接出向いたってわけ」


「……“ムーンショット”と“テスラコイル”は。まだ動いているんだろうが」

「それじゃあ足りないってのは、アンタだって知ってるでしょ。あれだって、ただでさえ気難しくて、今回は動かないかもしれないの。協力を仰ぐのだって、アンタがいないと始まらないわ」


 次々と聞いたことの名前が出てきて、今度はこちらが蚊帳の外となる番だった。ミル姐さんとシュガークラフトは、それこそ仲間のような距離間で会話をしている。確かに、修復作業の前に彼女が言っていた通りになっていた。


「勝手に話を進めているところ恐縮なんだが、お前さんの目的はその“アカホシ”ってのを止めるのが目的なんだな? あぁ、ただの確認だよ。どうせ詳しい内容を話すつもりはないんだろう? ただ、まぁ……そこだけは知っておかないと許可の出しようがないからな。ここで協力を断ったら、最悪の場合どうなる?」


 今この場での決定権を持つのは、テイラー先生だ。


 学園長は『好きにやらせて構わない』と言っていたらしいが、流石に何も聞かないままで行かせるわけにもいかないのだろう。


 シュガークラフトの返答を、一同が固唾を呑んで待つ。


 ゆっくりと口を開いた彼女は――決して過度に脅す風でもなく、静かにこう言ったのだった。


「……この大陸の一部が焦土と化すわよ」

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