第二百三十八話 『救難信号だァ……?』

 ――ごろん。


「うおっ!?」

「きゃあっ!?」


 誰がとかではなく、全員が声を上げていた。目の前に突然、生首が転がってきたんだ。誰だって驚きの声ぐらい上げるだろうさ。それが――普段過ごしている学園の中でなら、なおのこと。


「――さて、何をしに来たのか、お聞かせ願おうか」


 地面に転がった生首に、ウィルベル先生が煙草の煙を吹きかける。なんかもう、死者への冒涜ってレベルじゃない。首を刎ねた上にこの仕打ち、死んでも死にきれないだろ……と思いきや。なんとその生首が、


 まるで生きているように――というか、。頭と身体を切り離されたのに? 生首なのに? たしか断頭台ギロチンで首を切られていても、数秒間は意識があるとか……。と怖い話を思い出したのだけれど、あぁこいつが例の機石人形グランディールかと気がついた。


 そして向こうも、視線を巡らせて、こちらの存在に気がついたみたいで――


「ミルクレープ……! アンタなにをぼさっと見てるのよ!」


 いきなり喋りだした。……


 共通点は機石人形グランディールというだけではないのか。ということは、ミル姐さんの知り合いか。それなら話は早そうだ。


「……あ゛ぁ゛ん? 誰だァ、テメェはァ……」


 生首を見下ろして、いつもと変わらずの様子だった。……面識は無いみたいだ。

 あれ、おかしいな。なんか話が面倒になってきたぞ。


 向こうが一方的に知っているということか? まぁ、有名になりそうだもんなぁ……。主に悪い方の意味で。


「アンタがいない間に大変なことになってんだから! 救難信号をずっと送っていたのよ!?」


「……やかましいな。核さえ残せば、あとは多少破壊しても――」

「ウィルベル。……待ちなね。勝手に話してくれるというんだ、様子を見ようじゃないか」


「救難信号だァ……?」

「あー。あ……?」


 もしかして、去年の始めにミル姐さんが暴れていた時に鳴っていた“あれ”だろうか。ピーピーと喧しく鳴ってたのを『うるせぇ!』って握りつぶして投げ捨てていた気がするけど。


「知ったことか。だぁれを助けるってんだ」

「アンタ……まさか私のことを憶えてないの? 共に生まれ、戦った仲間なのに?」


 ミル姐さんの記憶の調子が悪いのは、前に聞いた憶えがある。


「さっぱり憶えてねェ。適当なことを言うな」

「記憶を失ってる……? なんで……!」


 本当に。本当にこの機石人形グランディールは、ミル姐さんの仲間だったのかもしれない。思わずそう信じてしまうほどには、愕然の表情を浮かべていた。心が傷ついたときの表情は、人間だって機石人形グランディールだって変わらない。


 ともに生まれ、戦った。確かにそう言った。


 つまりは、ミル姐さんの過去を知っているということだ。

 学園に来る前のミル姐さんのことを。


 ……それはいったい、いつの話なのだろうか。


「そんな……。有り得ない――……っ!?」


 驚きに目を見開いたその先にいたのは、クロエだった。

 その視線は、すぐさま敵意へと変わり――


「“魔族”――っ! お前がミルを……!」


 遠く後方にあったカプセルから、何やら飛び出した。あれは……手術用のメスだろうか。それが真っ直ぐにこちらへと迫ってくる。


「――クロエっ!」


 なぜクロエに? 同じ機石人形グランディールであるミル姐さんならともかく、クロエに関しては全く面識は無いはず。


 けれども、流石に距離がある。速度も十分対応できた。この状況でクロエを守るぐらい朝飯前だ。――が、自分がクロエの前に割り込んだのと同時。ミル姐さんが前へと飛び出して、メスを直接に打ち落としていた。


「お゛お゛ぉぉぉい。傷つけんじゃねェ。“私の生徒”だ」

「なに馬鹿なこと言ってんのよ! !?」


 驚愕に声を上げる生首。

 まるで信じられないといった様子で、ミル姐さんを見つめている。


「騒がしいなぁ……ひっく。おかげでゆっくり酒も飲めねぇや」


 ――そんな混沌とした状況で、もう一人。これまた話をややこしくしそうな人物が現れる。定理魔法科マギサの教師である、テイラー先生だった。その傍には、ローザ女史の妖精もふわふわと飛んでいた。


「おうおう、散れ散れ。騒ぎも収まってるみてぇだし、次の授業が始まんだろ。巻き込まれても知らねぇぞ。おっと、お前らテイルたちは残ってろ」


 そう言って、生徒を授業に戻らせるテイラー先生。『次は先生の授業なんですけどー?』と声が上がってくるあたりが、適当が服を着て歩いているような先生らしい。


「全員座って自習でもしてろ。新しい酒を取りに行って戻るからな」


 そんなマイペースな先生が一人増えて、この場には教師が三人に、特別講師が一人、そして生徒が自分たち五人。……なんで残されたのか分からないけど。とにかく、ここで暴れられても止められるであろう戦力は十分にあるはず。


「お願いよ。今すぐミルクレープを“返して”。今だったら、誰も死なずに済むわ」


「おいおい、脅せる立場じゃないだろう? お前さんは今、敵地で捕らわれている状況なんだぜ。命乞いをするべきなんじゃないのか?」


「私は泥臭い戦闘要員じゃないの。いい気になってんじゃないわよ!」


『それなら最初から穏便に済ませるという選択肢はなかったのか』と肩を竦めるテイラー先生。ウィルベル先生やローザ女史の話を聞くには、いきなり襲いかかってきたらしい。……機石人形グランディールってのは、好戦的なのが大半なのだろうか。


「……せめて、ミルの記憶を修復させて。これじゃあ話にならないわ。……元通りになれば、理解して協力してくれるはずなの。これは真面目なお願いよ」


「そんなこと許可するわけが――」

「いいだろう」


 厳しい目つきで否定するウィルベル先生の言葉を遮るように、テイラー先生があっさりと許可を出した。


「ふぅむ、装備からして機石人形グランディールの回復役ってところか。直させてやろうぜ。学園長からは、好きにやらせていいって言伝ことづてを預かってるしな」


「テイラー! 直接刃を交えた者の見解としては、こいつを好きにさせておくわけにはいかない!」


 珍しく声を荒げているのを前にしても、テイラー先生は飄々ひょうひょうとした態度を崩すことはない。『何かあったら俺も手伝うさ』と酒瓶をひっくり返して、最後の一滴を味わうその様子を見て、ウィルベル先生は更に険のある目つきへと変わっていく。


「学園長が言うなら問題は無いのだろうさ。……好きにやらせてやりな」


 そんな状況で、嗜めるようにしてローザ女史が言う。どうやら、この学園での決定権はテイラー先生の方が大きいらしく。更には『学園長からの言伝』という最大のカードがある以上は、それに従うのが教師陣の考えのようだった。


「ま、ミルクレープの調子が万全じゃないのは、前々から分かっていたことだ。それを修理できるってんなら、それに越したことはないだろう? この学園には、機石人形グランディールの修理ができるやつはいない。つまり、損より得の方がデカいってわけだ。当然、武器の類は全て取り上げる。あとは――本人が良しとすれば……だけどな?」


 …………。


 一切の抵抗ができない状態でなら、という条件でウィルベル先生もローザ女史も了承する。……実際のところ、自分たちも気になる。ミル姐さんの失われた記憶がどんなものなのか――。


「ミル――」


 機石人形グランディールが懇願するような目でミル姐さんを見上げる。


「――ハッ、面白ぇじゃねェか。思い出せないことがあるままじゃ、気分が悪ィからな。……それに、だ。お前になら、身体を預けても問題はない……。そんな気がしてるんだぜ、不思議なことに」


 そこには恐れもなにもない、と言わんばかりにミル姐さんは笑った。

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