第二百七話 『お前たちの進級を祝って!』

 今日は学園で卒業式が行われた日。


 ここで三年間過ごした生徒が、学園の外へと旅立っていく。世界のどこかで己を必要とする場所を探したり、学園に来る前から決めていた場所に戻ったり。それは生徒によって様々だった。


『家でやってる飯屋を盛り上げる使命があるのよねっ。私って、かなり無茶を言ってこの学園に来たから!』

『ウェルミ先輩ぃ……』

『結局、先輩らしいことせずに出ていくんだな』

『そんなこと言わないの。その武器の使い方、ちゃんと教えてあげたんだしさ』


 ――と、向こうの方では【真実の羽根】の面子がやりとりをしていたり。あの連中だけじゃなく、至る所で別れを惜しむ声が聞こえていた。


「――それじゃあ、これでしばらくはお別れね」


 それは自分たちも例外ではなく。トト先輩とココさんの二人も、学園の出口でいつでも出発できる態勢になっている。


「一人で長旅を続けてきた身ではあるけど、なんだか寂しくもあるわ。……たった二年、過ごしただけなのにね」


 笑顔ではあるけども、少し悲しそうでもあって。この表情を見るのも、これで最後になるのかもしれない。そう考えると、なんだか別れも惜しくなってくるというもの。


 ……まぁ、卒業した時――来年まで旅が続いていたのなら、誘ってもらえる可能性もあるのだろうけど。


「意外と長いですよ。二年って」

「……そうね。私も初めて学園を訪れたときは、こんな形で学園を出るだなんて想像していなかったわ」


『もちろん、トトも同じでしょうけど』と先輩の方を見て笑うと、『煩いわね』という呟きが返ってきていた。


 ……トト先輩は最後までこの調子らしい。


 ファーストコンタクトで殺そうとしていた相手であり――逆から見れば、命を狙ってきた相手だ。それがまさか、肩を並べて学園を出ることになるだなんて。


 これが運命ってやつなのか。

 それとも、奇跡が重なって生まれた結果なのか。


「今となっては、笑い話ね」

「これで良かったんだと思いますよ」


 真実を知った今となっては、トト先輩がココさんを殺そうとすることもないだろうし。


 祖母と孫。本来は顔を合わせることすらできない、そんな関係だった二人が――最悪から始まった二人が――最後には、こうして互いを支え合いながら旅に出るのだから。


「定期的に手紙も送るから、そっちでも何か分かったら教えてね。ウィルベルはあまり返事を書くのが得意じゃないみたいだし。期待してるわよ、アリエスちゃん」


 ――最後に、そう言ってウィンクして。


 ココさんと、トト先輩が――それぞれ、ククルィズとマクィナスの背に飛び乗る。主人から魔力を流し込まれた二体のゴゥレムは、人工の翼を大きく羽ばたかせて。


 学園仕様のマントをばたばたと鳴らせるほどの強風を生み出しながら、地面からゆっくりと離れていく。


「テイルくんたちも、残りの学園生活を頑張って! 世界のどこかで応援しているわ!」


「ココさんたちもお元気で!」

「先輩も! ココさんと仲良くしてくださいね!」


 学園の中でも散々に暴れていたような二人だったけれども、去り際までも嵐のようで。そんな二人を、俺たちは大きく手を振って送り出した。






「んっふふふ……。『“天才ゴゥレム使い”ココ・ヴェルデ。孫と共に学園を出る!』。ふふふ。もうちょーっと、気の利いた見出しはなかったものかねぇ」


「まぁた、ソファーでダラダラして……」


 卒業した先輩たちを送り出した自分たちを待っていたのは、いつもと変わらない様子のヴァレリア先輩だった。【真実の羽根】が大量に刷ったのであろう新聞を眺めながら、気怠そうな声を上げていた。


 去年と大して変わらず、一年中このグループ棟で過ごしていた先輩だ。そりゃあ刺激も欲しくなるんだろうけどさ。それでも、文句を言えるような立場でもないと思う。


「この一年間、この先輩をほったらかしてさぁ。あちらこちらに行ってたわけでさぁ。少しは成長できたのかにゃあーと、先輩は心配しているわけだ」


 ゴロゴロと横に転がりながら、逆さの状態でこちらを見上げてくる。ほったらかしてって、これまた人聞きの悪い言い方をしやがって。


「ヒューゴは前よりも妖精との結びつきが強くなっているのが分かるし、ハナさんはまさかまさかの、精霊との契約だ」


「おうっ! なんでもぶっ飛ばせるぜ!」

「ヴィネも……ヒューゴさんは苦手みたいですね」


「二人とも凄いよねっ。ピンチの時には、炎とか植物とか、ドバーッって出してさ!」


 一年の頃からもそうだったけど、様々な依頼をこなしていくなかで、二人に助けられた部分は沢山ある。ヒューゴの高火力を活かした突破力もそうだし、ハナさんの攻守万能な植物魔法もそうだ。


「……テイルは? どうだった? んん?」

「お、俺はー……」


 成長成長……。成長……してるっけ?

 魔力を打ち込めるようになったのは一年生のときだし。

 この一年間で覚えたことといえば――〈クラック〉ぐらいだ。


「ま、魔法陣を奪えるようになった……ぐらいで……」

「んっふっふ……、そうだなぁ。それでぇ、実用段階には至ったのかにゃあ?」


「ぐっ……」


 そういえば、学生大会でグレナカートに一泡吹かせてやったぐらいで、それ以降は魔法使い相手の戦いは無かったもんな……。唯一、魂使魔法師コンダクターのセルデンぐらいで、あとは機石装置リガートばかり。……ほんと、活躍できる場がなかった気がする。


 実戦でもそれなりには使えるとは思うけど……。


「私に通用するぐらいじゃないとなぁ。はい、次ぃ!」


 鼻で笑われたうえに、ペッと放り投げられた。なんだろう。面接に落とされた時ってこんな感じなんだろうか。傷つくぞ? 傷ついていいんだよな?


「アリエスは?」


「わ、私は――。その……今は何かを掴めそうな感じで……。来年っ、来年にはきっと凄くなっているはずだからっ!」

「……ま、その“何か”があるだけでも良しとしようかね」


 雑っ!? 甘くないか!?


「俺の時と対応が違い過ぎやしませんかねっ!」

「機石魔法は専門外だからさぁ。んふふふ……」


 定理魔法だって専門じゃないくせに……!


「――ま、冗談はさておき、だ。テイルだって、一年前よりはだいぶマシになってるよ。私が言うのだから間違いない。いや、絶対。ホントだって」


「ううむ……」


 あまりに胡散臭すぎて、信じていいのか悪いのか……。いや、自分でも少しは成長しているとは思っているんだけどな? 周りに比べるとどうも……なぁ。


「成長の意味・意義ってのはいろいろある。時と場合による。自分の為、他人の為――その成長で、自分がいったい何をできるようになったのか。それが浮かんでくるなら十分だと、私は思うがね」


 …………。


 思い出せと言われれば、いくらでも思い出せる。

 それだけ、この一年にいろいろなことがありすぎて……。


「いきなりミル姐さんが乗り込んできたのが最初だったっけ」

「ミルクレープなぁ」


「そういえば、なんで名前を呼ぶと怒るんです?」

「……さぁ? 本人に聞いてみたらどうだ?」


 ――いやぁ、無理だろ。


 あとは、野盗退治に向かった先に翼の生えた女の子がいたり。その野盗の問題の裏では、神父が糸を引いていたり。ゾンビやゴゥレムとの闘い。最後の方では、兄や父が乱入してきたのは最悪だったけれど、それをきっかけにできた成長もあった。


 ……あのとき、ココさんがいなかったらどうなっていたんだろう。


 あとは学園の七不思議を調べるということで、結果として過去に戻ってきたり。二年に上がってグループでの実習ということで、自然区でのサバイバル訓練もあったりして。見ていない所でヒューゴがパワーアップしてたり、ハナさんの中から精霊が飛び出してきたり。ミル姐さんとの真剣勝負も、全員で総がかりで戦ってギリギリ負けてたよな……。


「二年生も折り返しになって、ココさんのお手伝いが本格的に始まりましたよね」

「あちこち船で行ったな!」


 ココさんの魂の欠片集め。一年のころから話は出ていたんだっけか。グロッグラーンで合流したときも、欠片を回収した帰りだったとか言っていたような。


 学園の遥か南にある大陸の、砂漠のど真ん中。砂嵐に遭ったり、ココさんの魂の欠片から実体化した小さいココさんと戦う羽目になったり。自身の身体を霊体化した魂使魔法師コンダクターには、工房の罠だったりゴゥレムだったりで苦労させられた。


「……わりと命からがらな場面もあったけれど――」

「最後の“巨人の巣”よりはマシだったかなぁ」


 魂の欠片集めの話から、ココさんの病を治すために仙草を取りにいく話になって……。“巨人の巣”の遺跡には、危険な魔物や機石装置リガートが山ほどあって。最後には巨人まで出て来て、正直な話死ぬかと思った。


 なんやかんやで、最終的にはちゃんとココさんも完全復活を果たせたし。トト先輩とココさんの仲も、多少は良くなったからいいんだけども。


 ……ってか、振り返ってみると酷いな。

 とてもじゃないが、いち学園の生徒が体験していいような内容じゃない。


「散々でしたね……」


 一年前の自分だったらどうだったかな……。間違いなくどこかで死んでただろうな、うん。つまりは、少しは成長しているってことだ。


「この一年、数々あった経験の中で――お前たちは何を守れた? 誰を救えた? それを考えて、無駄な一年じゃなかったと胸を張れたのなら。それだけでも、この学園にいる価値はあったってことなのさ。そして来年は――もっと大きなことをしてやればいい」


『そんなに難しいことじゃないだろう?』とヴァレリア先輩は笑う。


 一年間なにもしていなかった先輩に鼓舞されるのは、なんだか複雑な気持ちだけれど――それでも、やっぱり良い一年間だったと思えるのは確かで。なんだか晴れやかな気持ちになれたのも、先輩がそう言ってくれたからだと思いたい。


「人は大切なものを守るためなら、とんでもない力を発揮できるものさ。何のために力を付けるのか。その時が来て、後悔しないように。そうだろう?」


「――もちろんです」


 経験とは自信に繋がるもの。


 これだけの苦難を乗り越えてきた、という事実が俺たちにはある。

 この先、何があろうと――やっていける。やってやる。


「よしよし。それじゃあ、乾杯といこうじゃないか!」


 ごそごそと、窓際の机から取り出してきたのは――多種多様な飲み物だった。ジュースやら得体のしれない薬やら、はたまた酒瓶まで。ドンッとテーブルに並べられたそれを、苦笑しながら眺めるしかない。


「お前たちの進級を祝って!」

「残りの一年、最高の学園生活にしよう!」


 最高の学園生活――今以上に凄腕の魔法使いになって。

 いくらヴァレリア先輩が凄かろうとも、この一年できっと追いついてみせる。


 そう意気込んでいたのに――


「乾杯っ!」

「かんぱーい!!」


 まさか、三年生になって――


 世界を救うレベルの事件に駆り出されるだなんて。






【ひねくれ黒猫の異世界魔法学園ライフ 第二部 了】

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