第二百六話 『安心したいのよねぇ』
――ココさんの仙草探しは一旦の区切りを迎えた。
あれからジューダス島を脱出し、前もって頼んでいたカインの迎えにより、海へと渡って学園へと戻った。たった数日間の旅だったけれども、まるで数か月出ていたかのような懐かしさを感じてしまって。……まぁ、それだけ濃密な冒険だったのは疑いようのない事実だった。
気になっていたのは、この先のこと。
それがはっきりとしたのは、学園に戻ってから数日後のことだった。
――――。
「この学園に貴女がいてくれて良かったわ」
――場所は学園の保健室。最後の魂を回収に出た時の面子、自分を含めての六人がそこに集められており、ウィルベル先生と相対する形でココさんが座っている。
「大事なことだから、もう一度言っておく。――それを飲むのは『十日ごと』だ朝でも晩でもいい。しかし、飲み忘れた分だけ寿命が縮むからな」
ココさんの手には、コロコロとした薬が詰められた瓶が収まっている。
先生がココさんの持ち帰った仙草で作った丸薬だった。
行動の迅速さからして、ウィルベル先生も少しは事情を知っていたようで。ココさんが帰るなり一番に渡したそれを、観察した後に少しだけ考え込み、『……今日一日では無理だ。数日経ったらまたこちらから呼ぶ』と自分たちを追い返したのが数いつ前のこと。それからは、
「……苦い?」
「私は料理人じゃあない。味見なんてするわけがないだろう。どうせ飲み込むだけだし、気にするだけ無駄だ」
瓶の中のそれは、生徒に出すような飲み薬ではないからして。色も蛍光色ではなく、地味――というか黒一色。先生が言うには、その効果も一度で病を抑えるというより、定期的に症状の進行を弱めていくといったもので。
「……何もかも私に説明しておけば、幾らか力を貸してやっていたのに。本当に馬鹿だよ、お前は。あの時二人で島に行っていれば――そこで何もかもが解決していた」
――腕を組みながら、煙草をふかして。
少し疲れたような顔をしているのは気のせい……じゃないな。
「仕方ないじゃない。その時は
「……学園へとやってきた時だってそうだ。病の影が消えていたから、自力で治療できたものだと思っていた。それがどうだ、どこかへ出ていく度に悪くなっていく。いくら問い詰めても、のらりくらりと躱して。……それで死んだら最後、蘇ることはできないと最初に言ったはずなんだが?」
テーブルに肘を立てながら、軽く
ココさんとウィルベル先生は仲が良かったという話も聞くし、友人といえる関係なら一度は死んだという報せを聞いて落ち込みもしただろう。それが復活を遂げて目の前に現れて。喜んだのも束の間、再び死の影が迫ってるとなれば落ち着くことなんて……。
「すっかり忘れてたんだから仕方ないじゃないの」
「…………」
先生が咥えていた煙草を外し、天井へと煙を吐いた。ぐりぐりとテーブルに押し付けて火を消したそれを、灰皿に既に積んであった山へと加える。『うわぁ……』と思った次の瞬間には、新しい煙草が口に咥えられていて――って、重症だなこりゃ。
「はぁ……。……十五年だ」
「ん? 何が?」
「この薬を服用し続けた場合の、お前の寿命に決まってる」
「十五年も……!?」
「
驚き、喜び。ココさんの周囲から、そんな声が上がる。十年延びただけでも御の字だったのに、それが更に五年も。もちろん喜ばしいことなのだけれど――当の本人であるココさんは、当然と言わんばかりの澄まし顔。
「魔法で治せるもの、治せないもの。薬で治せるもの、治せないもの。どちらも知り尽くしている貴女の腕は、誰よりも信頼しているもの。少なくとも――魔法を使わずに治療をするのだったら、間違いなく世界で一番だわ」
ココさんがそこまで手放しで褒めるだなんて。
それでも、褒められたウィルベル先生は嬉しそうじゃない。
……なんなんだよ、この二人。
「……一番であるものか。完全な状態の仙草が無ければ完治させることもかなわず。枯れた状態のもので延命できたとしても十五年だけ。自分の無力さを痛感することほど、腹立たしいことはない。学園を出て仙草探しに協力することも考えていたが、
学園長に止められてしまってな。無視することもできたが――」
「――あら、駄目よ。貴女が学園を離れてしまったら、誰が生徒たちの怪我や病気を治すの? ここでは、貴女にしかできないことがあるのでしょう?」
学園を出るって、そこまでするか? ウィルベル先生にとって、ココさんの存在って? 今それを聞くべきだろうか。とんでもない事実が飛び出してきたらどうしよう。
「私の持てる技術を全て、お前一人に費やせていれば良かったんだがな。……『あの時、そう選択していれば』の話さ。一つの場所に縛られるのは、楽であると同時に――苦しみを伴うこともあるのだと、今思い知ったよ」
「熱烈ね。そういうところも嫌いじゃないけど」
「――あの」
途中で手を上げたのはアリエスだった。
「結局二人ってどういう関係なんですか?」
聞いたぁ――! 気になったことにズバッと切り込めるそのスタンス。俺には無理だ。無理だった。空気を読んだ結果、あえて読まない行動をする姿勢――評価されてもいいことだと思うぞっ。
「ただの友人よ。会って話したのも、二度か三度ぐらいだしね」
「――あれ」
もっと親密なように見えたんだけど。
それも、どれも旅を初めてからのことらしい。二年か三年の間で、たったの三回……。特に二人でどこかへ行ったでもなく、たまたま旅路で出会っては、その場所でゆっくりと話をするだけで。すぐに別々のところへ行ってしまったのだとか。
本当にわけが分かんねぇな、この二人。
仲がいいのだろうか、悪いのだろうか。
「三回も時間をかけて話し合えば、大体の相手の本質は理解できる」
「その能力が、才能が、どれほど“かけがえのない”ものなのかもね。私だってウィルベルが死ぬかもってことになったら、世界のどこからでも駆けつけるわよ」
「私は……私に治せないものがあるのが気に食わないだけさ」
互いに互いの存在を、なんだか財産のように考えているような。単純な好意とはまた別のものがあるような気がして。……気が合う部分も、多少なりともあるようには見えるけど。
「――どうせ、定期的に薬を貰いに来ないといけないのでしょう? いいじゃない。待つ楽しみができるわよ」
だからだろうか。ぞんざいな態度だったとしても、先生はそれに対して怒るわけでも、声を荒げるわけでもなく。諦めたようにまた天井へと煙を吐くと、『それでいい』と小さく呟いた。
「トトの卒業と合わせて、私も学園を出るわ。今度は一人じゃなく、二人で世界を回ることにしたの。多少の無茶をしても、これなら大丈夫だものね」
二人で……。
ウィルベル先生ではない。となると、やっぱりトト先輩か。
「トト先輩。一緒に行くことにされたんですね」
「……私の修行のために連れていくだけよ。少なくとも、今は役に立つし。使えなくなったら、さっさと隠居させるわ」
……相変わらずだなぁ、トト先輩。
――けれども、なんだかんだ言っても、少しはココさんのをことを認め始めているようだった。世界中を回ること自体には文句もないみたいだし。
「まぁ、私としては――できればもう一人ぐらい同行してくれた方が安心できるのだけど、ね。一人より二人、二人よりも三人。テイルくんはどうかしら?」
「……え?」
急な指名に、なんともまぁ間抜けな声を上げてしまったこと。
……なんで? 俺、まだ二年生なんだけど?
「卒業してからどうするって考えもないのでしょう?」
「とんでもなく失礼な気もしますけど……まぁ……」
「それなら、いつ学園を出てもそう違いはないと思うのだけれど。私たちと共に旅をするにあたって、実力は申し分ないわ。それに――テイルくんのことに関しては、一族についても丸々よく知っているしね。教えられることは沢山あるわ」
「いや、急にそんなことを言われても……」
前々から
しどろもどろしている自分の耳元で、ココさんがそっと囁く。
「――私としては、トトに早く後継ぎを作ってもらって、安心したいのよねぇ」
「なっ……!?」
――思わず、バッと飛び退いてしまう。
待て待て! 話が飛躍してないか!?
学園を出てまでココさんに協力をするかどうか、って話だったはずなのに。
後継ぎの話なんて出てきても……いやいやいやいや。
「…………?」
声を上げてしまったけど、周りには最後の一文は聞こえていなかった様子。……特にアリエスあたりが騒ぎそうな内容だし。本当に聞かれなくてよかった。
「少なくとも、生活に困ることはないわよ。安全な旅とはいかないでしょうけど。……ね、そんなに悪くない話だと思わない?」
冷静に。一度、冷静に考えさせてくれ。
――――――――――――
……このまま流れでココさんについて行っていいのか?
旅をしながら、親父たちの話をゆっくり聞けるチャンスか……。
▷ ……あと一年。知りたいこと、やりたいことがまだ残ってるよな。
――――――――――――
「……学園を、途中で出るつもりは……無いです」
少なくとも、今この時点では。
なんとかそう返すだけで精一杯だった。いきなり言われたって、心の準備というものができていないし。当然続くと思っていた学園生活を投げ出して、世界中を旅しよう、というビジョンがいまいち浮かばないのだ。
「……そう、残念。けど、テイルくんがそう決めたのなら、仕方ないわね」
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか分からないんだよな……。口でいう程には残念そうには見えなくて。『ふぅ』と小さく息を吐いたあとに、こちらへウィンクしながら笑いかけてくる。
「別に卒業する時にもう一度誘えばいいんだけれど……。その頃にはもう、私の病も治ってるかもしれないわよ?」
ここを逃したらチャンスは無いかも、と言っているのだろうけど……。
卒業をした後でもいい、と考えてくれているのは素直に嬉しい。けれども、その一年でココさんとトト先輩の旅が終わっているに、越したことはないのだ。
「卒業までまだ日数があるわね。何をして過ごしていようかしら」
『密かに立てていた予定が狂っちゃったわ』と意地悪な声でそう言うココさん。
「あ、あの……。申し出を断っておいて、こんなことを頼むのも筋違いなのかもしれないですけど――少しだけ時間が余っているのなら、二人に様子を見て欲しい奴がいるんです」
もしかしたらヘソを曲げて聞いてくれないかも、という可能性が頭を
「いいわよ。これまで散々手伝ってもらったんだしね。んー、誰かしら……。
「……私もなの?」
「二人もよく知ってるでしょう。特待生の――」
「――あぁ、クロエちゃんね!」
度々様子は見に行ってるけども、ゴゥレム作りも進んでいるか進んでいないか分からない状態が多かった。クロエはクロエで気難しい部分もあるし、あまり他の魔法使いの意見を入れたくはないのかもしれない。けれど――優秀なゴゥレム使いという点で、信頼できるのは確かなはず。
「……どうですか?」
お節介なのかもしれないけれど……。ココさんたちが学園を出てしまうと決まっている以上、後悔のないようにはしてやりたい。二人の反応を窺ってみると、手応えの方は悪くないようで――
「――任せておきなさい」
それはそれは珍しい、二人の声が重なった瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます