第百九十二話 『メーザスの白花』
「えーっと……」
トト先輩が部屋から出ていき、なんともいえない重い空気。
島の人たちは、ココさんに対して特に何かあるわけでもなく。むしろ一部の人は、快く歓迎している感じだったのだけれど……。トト先輩と同様、婿養子であるハウレスさんは、ココさんのことをあまり良く思っているようには見えなかった。
ゴゥレムを操り、世界中を旅する“天才”魔法使い。話を聞く限りでは、家を飛び出して世界中を回っていたというし。身内にしか分からない部分というか、身内が唯一の被害者となったというか。
別に責める権利もないし、つもりもないけれど……。
そこまでココさんを駆り立てていたものは、なんだったんだろう。
夫や生まれたばかりの娘を置いて、旅をしていた理由は……。
「トト先輩って、あまりお父さんには似てないんだね」
髪の色や身長、性格などを見ても殆ど共通点が見当たらない。
強いて言うなら、ぱっと見て目鼻の形似ていると思ったぐらいだろうか。
「うちは代々女子しか生まれなかったし、その度に婿養子を取っていてね。私の祖母も母も同じだったらしいから……。もう、そういう家系と考えるしかないわ」
そういう家系って、どういう家系なのか。こんなことで嘘を吐くような人じゃないのは分かっているけど。代々、と言っていたから、もはや偶然ではないんだろう。そんなことって、本当にあり得るのか?
「ハウレスのことも、知らないわけじゃないのよ。……向こうは憶えていないのだろうけどね」
「そうなんですか?」
「あの子が隣の家で産まれたのは、私が二十一の頃だったかしら。たまたま村に帰った時でね。その時に私も一度だけ抱かせてもらったのだけど――」
情報量が過多にも程がある……!
自分よりも年下に見える女の子が、一回りは上の男性の赤ん坊の頃について語っている。一年以上は接している自分たちでも、頭がこんがらがりそうだった。初対面でそんな話をされていたら、きっとオーバーヒートを起こしていただろう。
「去年にテイルくんたちの前で復活を果たして。数十年ぶりに、この村に戻ってきて――あんなに驚かされるなんてね。ほんの少し前までは赤ん坊で、この腕に抱いたことのある子が、まさか私の娘と結婚しているだなんて思わないでしょう? ふふふっ」
…………。
「あら……面白くなかったかしら?」
「えっ……!?」
わ、笑っていいところだったのか……?
経歴が経歴だけに、ちょっとした雑談がパワーワードの嵐だ。ココさんしかできないような高度なジョークをかまされても、こちらは困惑するしかない。探り探りといった様子で苦笑いを浮かべていたところで、トト先輩が戻ってきた。
「……父さんは、母さんの墓に関係のない人には近づいてほしくないって。行くのは私とアンタの二人だけ。他の人はここで待っていてもらうわ」
『別に構わないでしょう』とこちらに視線を投げつけてくる。
……まぁ、ココさんの――ひいてはヴェルデ家の問題なのだから、自分たちがそこに入るつもりもない。自分たちとしては、別にそれで問題ないのだけれど、ココさんがそれに反論する。内心少し怒っているときの、特有の笑顔だ。
「私はいいって言っているんだけど?」
「……家族を捨てたアンタに、そんな権限は無いわ」
『こうして墓参りができるだけ、感謝する立場なのよ』とトト先輩が険しい目つきになって、ココさんを睨みつける。これ以上の反論は許さない、といった感じだった。
こんなところでも一触即発な状況になるのかと、ヒヤヒヤしながら見守っていたのだけれど、今回はココさんが『……そう』と先に折れたらしい。
「ついてきてくれたテイルくんたちには悪いけど、待っていてもらおうかしら」
『ごめんね?』と言われても、『いえいえ』と返すのが精いっぱい。
特に何が悪いわけでもないのだし……。
「――けど、墓前に添える花ぐらいは摘みに行ってもいいでしょう? もちろん、それぐらいなら、みんなに来てもらってもいいわよね」
「……荒したりしたら、百遍殺すから」
「そんなことするわけないじゃないの。……私の作った温室よ」
……だからじゃないのかなぁ。とか思いながらも――ココさんについて、一回へと降りていった。
「きれー……!」
温室の中は色とりどり。様々な花や実などを付けた植物たちが、所狭しと生い茂っていた。もちろん、茎と葉だけのものもあったりして。一見しただけでは、それがどんな効果のある薬草なのかはさっぱり分からなかったけど。
「どの子も活き活きとしてて……とても良い温室ですね」
「去年も覗いたけれど、しっかり手入れされてるようね」
藍色の大きな花にそっと触れながら、温室の様子を観察するココさん。
ヒューゴも興味津々に近くにある花に触れようとしたけれど、『それには毒があるわよ』とやんわりと注意されていた。……迂闊に触れたら大変なことになるな。
「アンタが好き勝手に広げた後始末は、私の両親がしたのよ。……育てる薬草の種類は、だいたい母さんが決めてた。今では父さんが、少しずつ増やしてる。ここはもう、アンタの温室じゃない。……お爺ちゃんが、最期の時までアンタを庇っていた意味が分からないわ。それに――」
…………。
『それに――』と口にしてから、続く言葉が先輩から出てこない。
どうしたのだろう。少し悩んでから、小さく舌打ちをして。
その様子を見て、トトさんは奥へと進んでいきながら困ったように微笑む。
「……恨んでくれても良かったんだけどね。あの人だけには、恨まれても仕方ないことをしたと思っているから。――あった、残してくれていたのね」
ココさんがそう言って触れたのは、鶏の卵ぐらいの大きさで、小さい花弁を幾つもつけた花だった。
「――メーザスの白花」
柑橘系のようだけれども、そこまで刺激の強くない、柔らかな香り。嗅いでいるだけで、心が落ち着いていくような。そんな優しい花の匂いだった。
そのまま二つ、三つと摘んでいき、手の中がいっぱいになったところで満足したようで。そのままララさんのお墓に行くと言うココさんたちと分かれ、家へと戻ることになった。
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