第百八十七話 『私も嫌いなのよね』
「うわっ、なにこれ!? 壁の中に隠し通路がっ!?」
「あー……、それはだな……」
にっちもさっちもいかなくなって、罠にかかるのを覚悟で通路に飛び込んだことをヒューゴと二人で説明する。最終的に脱出できたからよかったものの、割と無茶な行軍と理解はしていたけど――
「あー、私達も同じような仕掛けがあったね」
「アリエスさんがあっという間に解いていましたね」
「だいぶ分かりやすかったからねぇ」
「ゔっ……」
――グサッ。
俺たちはあんなに苦労したのに。別に勝ち負けで考えるようなものではないと分かってる。分かってるけども、ちょっとは敗北感もあったりして。
『こういう謎解きみたいなの、小さいときから得意だったんだよねー』と、部屋にあった蛇の頭をかたどった飾りへと近づいていく。いやいや、そっちは確かに調べたぞ。押しても引いても捻っても、びくともしなかったやつだ。
「最初に分断されたとき、ちょうど灯火のあたりを通っていたでしょ? いったいなにがきっかけだったんだろう、って考えてたんだけどさ。ここの通路が真っ暗なのはあからさまに怪しいし、光が関係しているのかもって気づいたんだよね」
何をどうするつもりなんだろう。
腕組みしながら、どうするのか見守っていると。アリエスは、その蛇の頭についた二つの宝石――瞳の部分を両手で塞いだのだった。
そのまま数秒。じっと待っていると――ゴゴゴと重たい音が聞こえてくる。
「お、壁がどんどん下がってくぜ!」
「どうよっ!」
「ぐおお……」
『ふふんっ』と自慢げに胸を張るアリエス。こんな簡単な仕掛けに気づかずに、焦ってガチャガチャやっていたなんて……! 地面に突っ伏して己の不甲斐なさに打ちひしがれていた。
「落ち込むなって! 出れたんだからいいじゃねぇか!」
ヒューゴは楽観的に笑ってそう言ったけれども、どうにも自分はネガティブな方に考えてしまう。もっと謎解きとかやっとけばよかったなぁ。
「レースの時もそうだったけど、アリエスちゃんは頭の柔らかさにかけてはピカイチね。臨機応変な対応も
褒められて嬉しそうに『でへへ……』と笑うアリエスを先頭に、底に砂が溜まったままの通路を抜ける。抜けた先の部屋にあるのは、〈クラック〉でも解除することができなかった開かずの扉。
ココさんはその扉の前まで行くと、狼型のゴゥレムの残骸を下ろした。
「ほら、いつまで引き籠ってんの。さっさと出て来なさい」
「…………?」
そう言って、ゴゥレムへと魔力を通す。殆ど半壊状態のゴゥレムを操ってどうするつもりなのか。と、思いもしたけれど、少し様子が違うようだった。自分を含め、ココさん以外の全員が首を傾げていたその目の前で――まさに『ずるり』といった感じで、何かが引きずり出された。
「…………」
それは、自分たちと戦って消滅したはずの、セルデン・バルデンその人。
「セルデン……!?」
「なんでだよ、俺たちで倒したよな!?」
驚きの声が上がる。もちろん、自分だって驚いている。けど……どこか目の前で起きている現象に納得できるような気もするのだ。
「あ――」
いや、まてよ? そういえば、似たようなことを俺は見たことがある。
砂漠に来るまでの船の中、ココさんが見せてくれたことだった。
『今のゴゥレム、本物の小鳥のようだった?』
ココさんがその場で作り出し、活き活きと動き出した小鳥のゴゥレム。はっきりとそう言ったわけじゃあないけれど、その中に込められていたのは……。核となる人工の魂などではなく――製作者本人の魂の一部。
「このゴゥレムの中に……セルデンは自分の
それがどれぐらいの割合だったのか。もし魂を込めていなかったら、ロリココさんとココさんの戦いは、どういった結果になっていたのか。自分たちと戦ったあの時のセルデンも、完全ではなかったってことだよな……?
「じゃないと、私のゴゥレムだってあそこまで押されなかったわ。……別に褒めてるわけじゃないけどね。苦戦なんてした覚えもないし」
腕組みをしながら、ココさんは肩を竦める。この様子からだと、どうやら戦っている最中にも、だいたいの察しはついていたらしい。やっぱり
「最初からちびココさんにゴゥレムを渡しておけばよかったのに。アナタがすっぽりゴゥレムの中に入っちゃってさ。そしたら強かったんじゃない?」
アリエスが物怖じせずに尋ねると、セルデンは『そうじゃない』とゆっくりと首を振った。
「私は、“彼女にゴゥレムを操って欲しかった”んだ。完全にゴゥレムに入り込んでしまえば、それはもう別のものになってしまう」
「それに……大元の方の貴方が消滅したあの時でないと、“あの時の私”は受け取らなかったでしょうね。私は、私の作ったゴゥレムを何より気に入ってるの」
――砂ゴゥレムを指して『そんなブサイクなゴゥレム使うぐらいなら、アンデッドを使うでしょうね』とまで言っていたココさんだ。それでも、他人の作ったゴゥレムを操っていたのだから、それはそれで合格点だったんだろう。
セルデンにとっては、それでも満足しているのか。
戦った時には考えられないような穏やかな表情をしている。
「そうか……そうだな。。あの子にも、似たようなことを言われたよ。けれど、そうは言っても彼女はこれを受けとり、戦ってくれた。かつて夢見ていた光景を、一瞬でも見れただけで私は満足している。欲を言えば、彼女に勝って欲しかったがね」
「それは叶わない願いだわ」
「分かっているさ。私だってすぐ傍で見ていたのだからな」
そうして、達観した表情になって。
セルデンは自分の終わりを悟っていた。
「……もういい。私を処分するのだろう?」
「その前に、この工房の仕掛けを解除してからだわ。動力源がこの部屋の中にあるのは分かっているのよ。実際に見ることは無かったけど、そこは魔法使いだものね」
だから、わざわざゴゥレムをここまで運んできたのか。
魔法で施錠された特殊な扉。自分ではとてもじゃないが開けることはできなかった。ココさんでもきっと難しいのだろう。それならば、施錠した本人に開けさせればいい。扉が無かった時にセルデンがどうなっていたかは考えないでおこう。
「……その通りだ。少し待ってもらおう。大丈夫だ、逃げはしない」
セルデンがゆっくりと扉に触れると、それに反応するように全体が淡く光った。
「……鍵を破壊しようとしてたのか。野蛮なやつらめ」
中心部に浮かぶ大きな魔法陣。自分には乱雑に線があちらこちらに引かれているようにしか見えないが、その一つ一つが意味を持っているのだろう。
「これは流石の私でも骨が折れるのよね。解除の仕方どころか、壊し方まで本人にしか分からないのだし。だからこそ、貴方を連れて来たわけだけど」
「――ここは工房の心臓部であり、私の全てだ。私も魔法使いである以上、やすやすとは突破させんよ。たとえ――“ココ・ヴェルデ”であったとしても」
呟くセルデンの表情には怒りはない。それは誰にでもある、“魔法使い”としての顔だった。自分の持っている力に、技術に、真っ直ぐに向き合う者の顔だった。
「――開けたぞ」
「これが……この工房の心臓部……」
セルデンの開いた扉を抜け、全員が中へと入る。
――そこは、小さな部屋だった。必要な物しか置かれていない、というよりもたった一つの物しか置かれていない。中心部に幾つもの配管が伸びる棺が、ただ一つだけ。
「――――っ」
自分たちが息を呑んだ横で、ココさんだけが『予想はついていた』と言わんばかりに納得したような表情をしている。
棺の中にあったのは――誰かの肉体。ぱっと見で判断がつかないのは、完全にミイラ化しているからで。考えられるのは、ただ一人。透けてなどいない、セルデン・バルデン自身の身体だった。
工房を動かすための
通路に並んでいたあの死体群から魔力を吸い出し、ここに集めてから工房全体に送っている。魔力の流れから見ても、それは明らかだった。
「これを……どうするんですか……?」
「他のアンデッドと同じよ。破壊するしかないわ」
つまりは、これを破壊してしまえば工房の動力は失われる。ココさんもアンデッドもいない以上、これ以上は装置を動かす術はないのだろうけれど、万が一にも再稼働することはないだろう。
「霊体のセルデンも、この肉体も両方ね。……この工房は潰れて砂に埋もれてしまう。あなたがこの世界に残すものは何もない」
「もとより、そのつもりだったさ。私の消滅と共に、工房は砂の中に沈んでいく。何かを成そうという
そして、『一つ願いを聞いてくれるなら――』と続ける。
「こんな魔法使いのことなど、早々に忘れてくれ。この世界の誰も私のことを思い出せなくなった時が、いつか本当の意味でこの世から消えてしまう時なのだから」
忘れろ、と言われて忘れられるものなのだろうか。こんな体験をさせられて。まだ学生である自分たちに、とっては大変な戦いだった。考えさせられる戦いだった。
とてもじゃないが、忘れたくても忘れられない。
これも――セルデンの“呪い”と言えなくもない。
「満足しているのなら、何も言うことは無いわ。――安心なさい。私ぐらいの
言いたいことを全て言い、セルデンが自身のミイラへと入っていく。
その背に、ココさんが最後に声をかけた。
「じゃあね、セルデン・バルデン。砂漠の
「――――」
ミイラとなった肉体は、もう動くことは無い。杖を取り出し、何やら魔法陣を描いて。セルデンの“消滅”が始まった。音もなく、ただ光だけが強くなり、身体も次第に光の粒へと変わっていく。
悲しみは無い。恐れもない。ただ静かな時間が流れていた。
自分たちはそれを黙って見つめて。
ハナさんはシスターのように手を組んで祈りを捧げる。
「それじゃ、宿に荷物を回収したらさっさと帰るわよ」
全てが終わり、ココさんがパンパンと手を叩いた。
アルメシアを小さくして懐に収め、部屋から出ていく。
セルデンの言う通りなら、この工房も間もなく砂の下へと埋もれるらしいし。自分たちも急いで出ていくことに異論はないのだけれど――。正直なところ、もう少しクラヴィットの町に滞在するのかと思っていたのに。
「あれ、魔法使いのギルドに話をしに行かなくてもいいんスか」
そういった疑問を、いの一番に口にしたのはヒューゴだった。『町を救った英雄!』みたいなのを期待してたんだろうけど、思った以上にどストレートな質問だな……。
「どうして? 別に今回の件はギルドに依頼されたものじゃないもの。彼らのためにしてあげたわけじゃないのだし、解決したことを教える義理もないわ。向こうも勝手に問題が解消されたらされたで、知らないフリをするでしょうしね。この街は昔からそんな感じだったわ」
砂漠の呪いなんて無かったし。それを解決した魔法使いもいなかった。
――それでいいじゃないの、と。
「骨折り損させてからでもいいわ。彼らが安心して過ごすのは」
それがココさんの、ありのままの生き方なのか。
それとも、セルデンに対しての最後の気遣いだったのか。
……単に説明するのが面倒くさいだけなのかもしれないけど。
「私も嫌いなのよね、あそこの魔法使いたちのこと」
そう言って笑うココさんは、どこか
ココさんが『顔も見せるのも嫌だ』というのなら仕方がない。そうして、ガッカリとするヒューゴを引っ張りながら、宿へと戻っていく。――意図せずして砂漠の危機を救ったにしては、あっけない終わりだった。
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