第百八十五話 『どうしようもなく腹が立つのよっ！』
「早ぇ……！」
こちらが仕掛ける暇もなく、双頭の狼は一瞬で頭上を飛び越えて。こちらなど
その背にさっと乗り、伸ばした両手の先に光るは魔法の糸。
静かに二度、三度と指の調子を確認して、ゆっくりと構えた。
――がらりと、雰囲気が変わった。
最初に出会った時にも増しての、殺気のこもった鋭い視線――もそうなのだけれど。ゴゥレムとセットでようやく“本来の姿に戻った”と、なんだかしっくりくる姿。幼少期など関係なしに、纏う貫禄がもはやココさんの“それ”。
「……私一人でも十分だから、あなたたちはしっかりアンデッドを片付けてから上がってきなさい。ゆっくりでいいわ。話したいこともあるし」
「そんなこと言ってる余裕は――」
そんな押し問答をしている時間も惜しいのか、こちらの話も聞かずにココさんは飛び出してしまう。共に同じゴゥレム使い、というかほぼ同一人物。使っているゴゥレムは違えど、激戦になるのは必至。
あの新しいゴゥレムの脅威度は？
連戦続きになるであろうココさんの体力は？
ゴゥレムは大丈夫なのか？
「くそっ……、ヒューゴ！ とっとと片付けるぞ！」
「おうっ！」
心配ごとは山のようにあるけども、指示された以上はそれに従う他ない。
大急ぎで二人の加勢に入った時には、ようやく大型のゴゥレムをアリエスが倒したところだった。アンバランスな巨体が、音を立てて倒れ込む。その身体のいたるところが穴だらけ。いったい、何十発の魔力弾を撃ち込んだんだ。
「おっそーいっ！！！」
そんな叱責が飛んでくるも疲労困憊状態。それでもまぁ、よく二人でここまで耐えたもんだ。場所が場所だけに、上手く立ち回ることも難しかっただろうに。
砂の下に作られた工房であるが故に、爆発物を使わないようココさんに注意されていたのもある。植物がない状態でこの数のアンデッドを拘束し続けていたハナさんも、魔力の消費が激しいはず。
「待たせたっ、もう大丈夫だ！」
「こいつらを片付ければ殆ど終わりなんだろ！ だってんなら――全開で終わらせるぜ、任せとけっ！！」
兎にも角にも、残るは雑魚アンデッドの山だけ。さっさと片付けてしまうに限る。そろそろ魔力切れを起こしかけているヒューゴが、さらに踏ん張りながら次々とアンデッドをなぎ倒していた。
「ココさんは……」
「――上で戦ってる。急ごう」
――――。
「――すげぇな……」
そう時間もかからず、アンデッドを軒並み片付けて、高台へと上がると――
学園で散々トト先輩とココさんの戦いを見てきたけども、それにも増して壮絶な戦いが繰り広げられていた。トトさんの
「下手な手出しをするとかえって危ないわ、私の後ろで見てなさい」
ゴゥレムから降りていたココさんは、こちらを見ることもなくそう言う。セルデンもゴゥレムが出たと同時に消滅してしまったし。やることのない自分たちは、言われた通りに戦いの行く末を見守るしかできなかった。
術者本人を直接狙うククルィズを遮るように、狼の頭が大口を開けて噛みつきにかかる。躱そうと飛び上がるのを予想したかのように、その巨体が跳ね、その爪が翼を引き裂こうと襲い掛かった。
「甘いわねっ」
「どっちが――！」
届くか、という瞬間――アルメシアの剣がその爪を弾き、続く片方の剣で首を撥ねる。が、飛んだ首がこれはチャンスと言わんばかりに、ククルィズの身体にその
「うわっ噛みついた……！」
身体から離れたのが頭だろうとなんだろうと、ゴゥレムのパーツであることには変わりがなく。それを操れないという道理もない。ココさんも織り込み済みなのか、不意を突かれたのか分からないが、ククルィズは飛び続けることができず落下してしまう。
「これで残り一体よ……！」
「――首が一つじゃ、ただの狼ね」
「なんでもアリかよ……」
片方が片方をカバーする、完全に息の合った動き。そして交わされるで一進一退の攻防。防御と攻撃が同時に繰り出され、そして負傷が負傷にならずそのまま攻撃へと転じる。しかもそれを、人形を操る中で行うのだから。
「今のあなたじゃ、戦いには耐えられない。その身体に合わせたゴゥレムを使ったところで、足りない部分が出てくることは思い知ってるはずなのだけどね」
「そんなこと言って――。アンタだってボロボロじゃない」
戦う手段であるゴゥレムの破壊は、そのまま術者の死に繋がる。ククルィズが動けなくなった今、これまでのダメージが蓄積されているアルメシアだけになったココさんは、ロリココさんの目には後がないように見えるのだろう。
「誰かさんが自分の限界を超える無茶をして、後先考えず我武者羅に戦ってるからじゃないのかしら。そういうの、嫌いなんだけど」
それでもココさんは、余裕の表情を崩すことはない。『ここまでやれば、どちらが優勢か分かるでしょう』と、降参を促す。どうせ一つになるのだからと、拒む理由もないだろうと言うけれども――その一つ一つの言動が、ロリココさんの逆鱗に触れるようで。
「それは――“今の”アンタの考えでしょうが！！」
片方の頭だけになったゴゥレムを操り、ロリココさんは吠える。
「私は違うっ！ ひたすら修行していた頃の私は、諦めるようなことは死んでもしなかった！ 気づいてないのかしらね、忘れたのかしらね！ アンタいつの間にか自分の嫌いな人間になってるってことを！！」
怒りがそのまま攻撃へと反映されているかのように、ゴゥレムが縦横無尽に動きまわる。速度としてはまだついていける部類――だけれども、その爪や強化されている脚力での攻撃が恐ろしい。
「憎い、憎い、憎いっっっ！！ 自分の記憶にすら蓋をして、天才の象徴を守っているだけの今のアンタが憎いっ！ 滲むような努力をしてきた
ココさん自身を庇いながら、四方八方から襲い来る爪や牙をアルメシアが正確にいなし続ける。その衝撃はどれほどのものなのだろうか。未だ涼しい顔をしているココさんだけれども、その手からは糸から伝わったダメージなのか、薄っすらと血が滲み始めていた。
「ココさん――」
「アンタのそういう慢心が、“私たち”を一度殺してしまった！ 何度でも言うわ、
そうして、片方の剣が弾き飛ばされてしまって。
いよいよ後がないというときだった。
「――最後の警告よ。私たちはこのままバラバラの方がいい。一つに戻る必要なんてないわ。死ぬか、帰るか。選びなさい、ココ・ヴェルデ」
まっすぐにココさんとアルメシアを見据えて、ロリココさんはそう告げる。『はぁ……』とため息を吐く。警告もなにも、どちらが追い詰められているのか。はっきりと、負ける気配はないと確信している様子のココさんだったが、しばらく黙ってロリココさんの方を見つめた後に『……よーく分かったわ』と肩を竦める。
「ねぇ。私が大事なことを忘れていたように――アナタも何か、大事なことを忘れているんじゃないかしら。……いえ、知りようが無かったことね」
「この期に及んで何を……。適当なことを言っても結果は変わらないわ」
『さぁ、どっちを――』と急かす言葉を、ココさんは『嫌よ』と遮った。
「何度も言うけれど、大事なことなの」
どちらかを選べと言われ、どちらも嫌だと。一方的に突きつけられた選択肢には応えるつもりなど無いと否定するココさん。まるで会話になっていないことに腹を立てたのか、ロリココさんは声を荒げ、乗っているゴゥレムに襲わせる形で飛びかかっていった。
「――平気で自分の命を投げ出すような奴が！ 今になって大事大事と馬鹿みたいに口に出してるんじゃないわよ！」
「――孫が、いたのよ。私の」
「な……に……？」
突然のことに、ロリココさんが一瞬だけ隙を見せた。それを見逃すココさんではない。首と両前足を切り払い、壁にたたきつけた。そこに乗っていたロリココさんは瓦礫に埋もれ、身動きが取れずにいる中で、ココさんが見下ろすようにして、アルメシアの剣を突きつける。
「トト。トト・ヴェルデ――」
それは――狙ってか、狙わずか。
初めてココさんとトト先輩が出会ったあの時と。
ゴゥレムは違えど、似た構図だったように思えた。
「――“私の”孫よ」
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