第百八十話 『そこの穴の上』
「砂漠の下なのに、こんなに広いなんて……」
薄暗い地下へと伸びる通路の中、長い長い階段を降りると――突然に広い空間が広がったかと思えば、人の姿などは一切無く。玄関ロビーのような造りなのだけれど、そこは砂に埋もれているとは到底思えないような場所となっていた。
「これは……明らかに誰かが何らかの目的をもって作り直したものね。たまにあるのよ、こういった魔法使いの工房も」
広大な砂漠に点々とある遺跡を利用して作られた地下工房。
石造りの階段は、延々と下へと伸びている。今いる空間へと出てからは、両脇に手すりもなにもない状態。階段の終わりは見えども、まだまだ遠く。踊り場やそこにある台座などが、途中二か所ほど設置されているのが見えるだけだった。
「まるで浮いているみたいですね……」
「底が全然見えないや……」
少し顔を覗かせて階段脇の底を見ようとしても、光が届いていないため全く深さが掴めない。同じく真っ暗な天井のあたりからは、滝のようにさらさらと砂が落ちていた。
地上から流れてきて、奈落へと続く吹き抜けへと吸い込まれていく。
砂で埋もれていかないのは何故なのだろう。
ここから更に、別の場所へ流れていくのだろうか。
「外からじゃあ規模が分からなかったけれど――ここまでくると、ダンジョンに近い構造をしていると考えた方がいいわ」
『落ちないように、足元を見ながら歩くのよ』とココさんから注意が飛ぶ。階段の踊り場にある、台座に灯った炎で仄かに照らされているだけ。壁にある灯火台も、部屋の大きさが分かる程度で。全体的に光源に
元々はこの地域の
「確かに、ここならゆっくりと実験ができるでしょうね。奥がどうなっているかは見てみないと分からないけれど……少なくとも広さとしては申し分ないわ」
「ということは――」
「ここにもアンデッドがウジャウジャいるかもってことかぁ……」
この工房から拝借したのだとして、全てのアンデッドを既に消費していれば話は別なんだろうけど。ココさんの話では、アンデッドが新しく生成されているのか否かは、なんとも言えない状態らしい。
「テイル君たちが言ってた、セルデンという
「どうだったかな……」
そういえば、どの依頼も屋外で魔物退治や物資調達だったので、ダンジョンと呼べるダンジョンに潜ったことなんかないのでは。でっかい洞窟に潜って宝探しってのも、やっぱり一度は憧れたりするものだけども。
――あ。
「そういえば一年の頃に、廃棄された
何かしら拾い上げられる情報が無いか、探しに潜ったんだったか。メカメカしい
「今となっては、手つかずのダンジョンもあまり残っていないんじゃないかしらね。あまり潜る必要性も感じられなくなっているしね。確かに中に落ちてたりする宝は魅力的なんだろうけど――狂暴な魔物の巣になっていたり、罠が仕掛けられていたりと、外と比べてもよっぽど危険な場所だし」
「ダンジョン……!」
「きょ、狂暴な魔物……?」
「お宝かぁ……」
「罠ねぇ……」
わりと皆好き勝手な想像をして、別々の表情を浮かべていた。ヒューゴとアリエスなんて、少しどころじゃなく表情がにやけている。……なんだかんだで似たところがあるよな、この二人。
『――ともかく、気を付けるように!』と、まるで引率の先生のように人差し指を立てて注意するココさん。流石に『はーい!』と手を挙げるノリでもなかったので、黙って頷くだけに留めておく。
ゲームとかだとちょっと怪我をするだけ、みたいに軽視されがちだけども、現実ではそうはいかない。もともと敵を排除するために用意されているものである。当たりどころが悪くなくても致命傷になる、なんてことはざらだろう。
「頼りにしてるわよ、テイル君」
「そ、そんなに期待されてもですね……」
生まれた家の関係上、罠だとか、そういうのに対して多少は鼻が利く。対処についても、一通りの技術は身に着けているつもりだ。けど……、今まではそういうことも無かったなと。(エレン・ガゼットとの戦闘中のあれは別勘定として)
鍵開けぐらいは今まで何度かやってきたけど、それ以外で役に立ったことが無かったからなぁ……。
ロリココさんが、わざわざこちらを挑発してから奥へと引っ込んだこともある。これで警戒するなと言われる方が無理というやつだろう。自分だって、過去最高といえるレベルで辺りに目を光らせていた。なんせ――
(……さっきから嫌な感じの穴がチラチラ見えるんだよなぁ……)
「ヒューゴ、そこの穴の上、絶対に通るなよ」
ダミーの可能性もあるけれど、触らないに越したことはない。
「え、穴? ――あ、マジだ。何だこれ」
「少なくとも、何かが出てくる可能性が高いな」
通路を左右に区切るように、きっちり真ん中に並んでいた。槍とかならまだ回避のしようもあるが、毒ガスなんかだと目も当てられない。できるだけ離れるように全員に注意喚起をしておく。
そうして、一つ目の踊り場まで下りて。だいたいこの入り口広間の半分といったところだろうか。セキュリティのためなのか、そもそもこれだけのスペースが必要だったのか。理由は分からないままだが、長居する理由も特にない。
「…………ん?」
「どしたの?」
「いや、なんだか……床の感じが少し変な気がしたから」
「そう? なにも気づかなかったけど……」
改めてまじまじと踊り場を見たけども、何もおかしいところはない。いくら眺めたところで、ただの石床である。少し沈んだような気がしたけど、そんな跡も無いし……やっぱり気のせいだったのだろうか。
「そんなことより、あれって扉?」
ここまでくると、一番下もはっきりと確認できるようになる。
左右対称のこの部屋から出るための扉は二枚あった。正面の壁――真ん中が壁に区切られているその中に、左右に一枚ずつ配置されている。別の場所に繋がっているのか、はたまた同じ場所に出るのか。分からないけれども、他に扉は見当たらない。
「……どうします?」
「そうねぇ……」
全員で片方ずつ行くべきか、それとも二手に分かれるべきか。分かれる場合は、どういった分け方をするのか。何が待ち受けているのか分からないのだ。考えなければならないことは山のようにあった。
二つ目の踊り場にも同じような台座と灯火。こちらは一つ目の時とは違って、左右を壁で覆われていた。明かりが拡散しないようになっている。炎はゆらゆらと揺らめき、左右に分かれて台座を横切ると、影もそれに合わせて揺れていた。
「戦力的に考えれば――、皆下がって!」
壁になにか仕掛けてあるかもしれないと、警戒しながら通り過ぎようとしていた時だった。何かが起きる前というのは、必ず何かしらの兆候があるものだ。はっきりとは感じられなくとも、何か違和感を感じた時点で“それ”は確かにある。
「ヒューゴっ!」
「うぉっ!?」
ココさんの声と、罠の気配を感じて。慌ててヒューゴの服を引っ掴み、こちらに引き寄せた。案の定、仕掛けられていたのは、通路の真ん中にあった穴から。光の柱が勢いよく飛び出してきたのである。
「全員、この光に触れちゃだめよ。間違いなく、何かが仕掛けてあるから」
全員無事なのを確認してから、ホッとしたようにココさんが言う。……俺には、アリエスたちを光から遠ざける際に、飛んだ帽子のつばが光の柱に当たっていたのが見えていた。
その光の柱に当たった跡が、くっきりと残るように削り取られたようになっていたのである。実際にそういう効果のある仕掛けなのか、それともそういう風に見せかけているだけなのか。超高温の炎の柱、というわけでもないらしい。
なんにせよ、この場で一番の経験者であるココさんが『触るな』と言っているのだ。この柱自体をどうにかする、という選択肢は取らないほうが良いのだろう。
「でもそれじゃあ……」
「俺たち、分断されたままで進めってのかよ」
光は通路の中心から、自分たちを分断するように出ていた。台座の配置の時点で、左右にバラけるように誘導して。この工房を作った奴の性格の悪さがにじみ出ているようである。
光の柱の向こう側には、ココさん・アリエス・ハナさんの三人が。こちらはヒューゴと自分の二人。戦力的にはどちらも申し分はない。もとよりこう分けるつもりだったのか、ココさんも別段困ったようには見えず。あっけらかんとこう言ったのだった。
「丁度いいじゃない。――このまま行きましょ」
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