第百八十一話 『ぶち壊せばいいんだろ?』

「私から見ても四人とも、戦闘においてはそれほど不安は無いけれど……それで全てが決まるというわけでもないわ」


 たとえ非力であろうとも、仕掛け方によっては二倍にも三倍にも強力になるのが罠だし。素人が使っていたとしても、人一人ぐらいなら簡単に命を奪えるもの。一つの油断が命取りになるという意味では、普通の戦闘となんら変わりはない。むしろ、常に気を張っていないといけない分、こちらのほうが厄介だ。


 そういう意味では、罠に対処できるのが両方の組にいる形に収まったのは幸いというべきか。つまりは、ココさんと自分というわけだけども。


 罠を起動させないのが第一。

 起動させても回避できるのが第二。

 被害を受けて、最小限に留めるのが第三である。


「いきなり首を刎ねられてしまったら、強いも弱いもないでしょう? まぁ、その状態でも平気なほどの“強さ”を持っているのなら別だけど、そうじゃないのだから。私はそんな魔法使い、一人しか知らないわ」


 首を刎ねられて平気な魔法使いってなんだ。そこまでいくと、もはや魔法使いと呼ぶのも怪しい。気になって仕方のない話だったのだけれど、ココさんは『そんな話は置いといて』とさっさと流してしまった。


「貴方たちはそうじゃないのだから、なおさら気をつけないとね。まぁ……この罠は戦力を分散させるものだとして。奥の罠については細心の注意を払うように。罠を用意した工房の主は、魂使魔法師コンダクター――即死を狙うものはないとは思うけれど……そこは仕掛けた側の性格に期待するしかないわね」


魂使魔法師コンダクターだったら何が違うんだ?」


 そう俺たちに尋ねるヒューゴだけども、こっちに聞いても分かるわけがないだろう。聞くべき相手なら眼の前に――と、誰かが口を開く前に。ココさんが何気なく教えてくれた。


「材料はなるべく形を保っていた方がいいでしょう?」


「あー……」


 なるほどね。いろいろと手間が省けるわけだ。


「それじゃあ、二人共気をつけてね。重要な場所に近づくほど、罠も危険なものになってくるだろうから。アリエスちゃんとハナちゃんは私から離れないように」


 そういって、ココさんの組と俺達の組で別々の扉へと向かう。


 ヒューゴと二人で扉をくぐると、石造りの通路がしばらく先まで伸びていた。ここからでははっきりとは伺えないが、先で二手に分かれているらしい。


「……ヒューゴ、どうした? 先に進むぞ」

「お、おう! ……ここは罠とかないよな?」


 さんざんココさんに脅されて、流石のヒューゴも慎重になっていた。大概はこいつの爆発力が頼りになるけれども、今回ばかりは不用意に動かない方がいいだろう。珍しく自分が頼られているのだし、気合を入れて行こう。


「――今の所は、なにも仕掛けられてない。何か見つけたら先に言うさ」

「頼むぜ、テイル……」






 ――と、神妙にしていたのも最初の十分ぐらいだった。


「全然進んでないぜ! 早くしないと向こうがどんどん奥に行っちまう!」


 罠があるか確認しながら進んでいるので、どうしても進行スピードは遅くなってしまう。多少は分かっているものだと思っていたけれど、ヒューゴにはどうにもじれったく感じてしまうのだろう。


「向こうだって似たようなもんだよ! もう少し大人しくしててくれ!」


 何処を見ても石壁で、向こうの様子がさっぱり分からないのも、焦る原因の一つだった。入り口からじゃ、全体の大きさも分からなかったし。廊下の突き当りにあった分かれ道で、片方が鉄格子に阻まれていたのも閉塞感が増した気がした。


 そして現在は、もう一つの方の突き当りにあった扉を、罠が無いか調べている最中である。――とはいえ、鍵穴のようなものはついておらず、引けばそのまま開くタイプなのは見て分かっているのだけれど。


「この調子だと、物理的な罠は仕掛けてない……。魔法も――かかってないな」


 もちろん、開けるのも自分の仕事だった。ヒューゴには後ろで体勢を低くして見守ってもらっている。万が一何かがあっても、範囲内にいるのが自分だけなら避けられる可能性があるからだった。


「――――っ。……ふぅ」


「開いたか? もういいか? そっち行くぞー!」

「おう、大丈夫だ!」


 自分でも時間がかかっているな、とは思わないでもない。あと何枚の扉があるのだろう。……こんな感じで最後までやっていけるのだろうか。


 そうして、扉を抜けた先にあった部屋は――


「さっきよりもマシだけどよ。なんだか気が滅入ってきそうだぜ」


 天井も自分たちの身長の倍の辺りの高さになっており、スペースはちょっとした小部屋程度には広がっていた。部屋の形はメガネのようになっていて、細い通路の先に向こうにも同じような小部屋があるようだった。


「何もないな、本当に工房なのかよこれ。……まさか、罠だらけとかじゃ」

「……いや、今のところは何も見つからないが……」


 強いていうなら、蛇の頭を象った飾りが壁にあるぐらいか。


 とりあえず、ヒューゴをその場に待機させてこっち側の小部屋だけはしっかりと調べておく。壁、床、天井――石材のつなぎ目に不自然な場所はないか等々。


 先程の蛇の飾りももちろんチェックする。目の部分は赤色の宝石が埋め込まれていた。簡単には取れないようになっているけれど、無理をして取るつもりもない。危険が無いことを確認してから触れてみたけれど、何も反応が無かった。


 あくまで人が使っていた工房なのだから、そこまで理不尽な仕掛けは無いはずだ。でないと、工房の主でさえ罠にかかって死ぬはめになる。そう考えると……一番始めの階段の罠も、重さなどで侵入者かそうでないかを判別するような仕掛けがあったんだろうな。


 物理的ななにかでも、魔法的ななにかでも、必ずそういった類のものがあるはず。それさえ見逃さなければ、罠なんて無いのと同じだ。


「少なくとも、この部屋には無い。あとは扉と――あの細い通路の先だ」


 先に自分たちが入ってきた扉の、右手側の壁にあった扉を調べてみる。罠は一通り調べた結果、無いことが分かった。――けれど、どうやら魔法的な鍵がかけられているようで。試しに〈クラック〉でどうにかできるか試して見たのだが、結局は諦めることとなった。


 残すは細い通路の方だけれども――


「あっちの方は絶対何かしらの罠が仕掛けてあるだろうな……」

「罠って……そんじゃあ俺たち先に進めないじゃねぇか!」


 ヒューゴはそう言うけれども、正確には『罠を作動させずに先に進むことはできない』である。通路は細く薄暗いが、見たところ天井が開くような仕掛けになっていた。


 ……通ろうとしたら上から何かが降ってくるか。

 通路の出入り口が塞がれる可能性もある。

 一気に走り抜けることができれば、なんとかなるだろうが……。


「――行っちまおうぜ。どうせここ以外からは先に行けないんだ」

「でも――」


「いざとなったら全力でぶち壊せばいいんだろ?」


 ……最悪の場合、魔力の消費を考えなければ、その手は残っている。


 ココさんも恐らく即死するようなトラップは無いと言っていた。今確認してみた感じでは、俺もそう思う。問われていない謎解きに挑戦するつもりもない。答えが出てくるかなんて分からないのだから。


「それじゃあ――行くぞ、ヒューゴ。一気に走り抜ける!」

「おうっ!」


 そう言って、全力で走りだした。壁の方にも何か仕掛けていないか確認しながら。危険だと感じたら即引き返させるつもりだ。突入して数秒間、壁には何も無かったのだけれど――


 灯りの当たらない部分に二人共入った瞬間から、異変は起き始めた。


「天井が開いた……っ!」

「なんか前の方、床が上がってきてねぇか……!」


 床――というより、通路を塞ぐように壁がせり上がってきている。


 前も後ろも、同じように上がっているようだった。脱出できるような横穴なんて見つからない。完全に塞がれたら面倒なことになるぞ!


「こいつは……砂が……」

「生き埋めにするつもりだな……!?」


 こうして話している間にもすでに半分。向こう側から入ってくる光の帯が、段々と細くなっていく。まだ間に合わないわけじゃない。……少なくとも自分は。


「だいたい予想通りじゃねぇか。テイル、先に通路を抜けろ! ぶっ飛ばすときに巻き込んじまう!」

「……っ。分かった! 無茶はするなよ!!」


 ――走る、走る、走る!


 石畳の上を全力で駆けていき、ギリギリのところで猫の姿になってせり上がる壁を飛び越えた。元の姿に戻るとともに――振り返る。その瞬間、ちょうど音を立てて、壁が締まりきったのだった。

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