2-3-1 ヴェルデ編 Ⅱ 【才能と魂】

第百七十二話 『砂漠に行くわ』

 ――天才ってのは、たしかにいる。絶対にいる。この学園にも、ごろごろしている。自分とは土台からして違う、ってのは少し話しただけでも感じるものだ。


 その筆頭に、にはるん先輩がいる。定理魔法科マギサの先輩で、兎の亜人デミグランデで、そして最強クラスの魔法使い。自分にもいろいろ教えてくれた、何かと頼れる先輩だ。


 どれぐらい凄いかというと、まるで無尽蔵かというぐらいに威力の高い魔法をバカスカ撃てる。魔法を発動するまでの時間も一瞬。魔物の大群だろうと、簡単に叩き潰してしまえるだろう。


 とまぁ、そんな感じの人がどの科にもいるのがこの学園なのだ。


 もう一人、代表的なのは魂使魔法科コンダクターのあの人だろう。生徒ではないけれど。そう、天才ゴゥレム使いと名高い、ココ・ヴェルデその人だった。その天才が、ちょうど目の前にいて、腰に手を当て仁王立ちしている。


「突然だけど、砂漠に行くわ」


 ……本当に突然だった。周りには誰もいない。


 授業の合間に移動しているところを、引き止められてしまったのだから当然だ。で、ココさんが砂漠に行くのはいいとして。それを自分に伝えた意味とはいったい。


「……そうですか、頑張ってください」


 砂漠かぁ、行ったことないなぁ。やっぱりこの世界の砂漠も暑いのだろうか。まぁ暑いだろうな。砂漠ができる原理自体は、どの世界も変わらないだろうし。


 そんなことを考えながら、きびすを返そうとしたところで――服をぐいと掴まれてしまった。小さな身体のどこにそんな力が。思わずつんのめってしまった。


「……なんです?」

「貴方たちも行くのよ」


 あぁ、なるほど。

 やっぱ天才って、何考えてんのかよくわかんねぇな。


『なんで』とか『どうして』とか。そういう過程を全部すっ飛ばして結果に行きやがんだ。本人はそれでいいんだろうけど、それじゃ周りは『?』だ。もちろん、自分を含めてである。――故に、少しずつその思考をひも解いていく必要があるだろう。


「……砂漠ってどこにあるんです?」

「南の大陸にあるわ」


「……なにをしに行くんです?」

「私の魂の欠片を回収しによ」


 ――あぁ、そういえばそんな話をしていたっけ。そうだった。ココさんが学園にいる目的を、すっかりと忘れていた。魂使魔法科コンダクターの特別講師という立場がすっかり板についていたものだから、つい。


「にしても、なんで砂漠にあると? 暑くないですか?」


 流石に勘で言っているわけじゃあるめぇ。どこかから依頼でも舞い込んできたか。


「暑くても、あるなら取りに行かないといけないでしょ。場所についての確信というか、なんというか……感覚で分かるのよね。どこにあるのかが」

「マジですか」


 でしょ、と言われましても。

 僕らにも、ほいほい付いていける場所には限度があるんですよ?


「まぁ、ぼんやりとだけどね」


 ほぼ勘のようなものだった。本当にそんな感覚がするのだろうか。魂の一部を失ったことなんてあるわけがないので、さっぱりその感覚が分からない。そうなると、尚更付いて行く理由が薄いのだけれど。


「で、俺たちが同行する理由は?」

「ちょっと、その砂漠地帯周辺で変な噂を聞いてね」


「――噂?」






「――というわけで、砂漠に行くことになった。ココさんからの依頼だ」


 とりあえずお願いして、その話を一旦【知識の樹】へと持ち帰った。もちろん、直ぐに決定とはいかないだろうけど、ちょうどメンバーが揃っていたので丁度いい。


「えー、砂漠っ!? 暑いよ!? 砂だらけだよ!? そりゃあ、テイルは猫だからさ……。砂がいっぱいで、嬉しいだろうけどさ……」

「トイレじゃねぇよ」


 セクハラで訴えるぞ。コノヤロウ。


「あの……私、砂漠って見たことがないのですけど……」

「あのね、ハナちゃん。砂漠っていうのはね――」


 植物も殆ど存在していなくて。水気もないせいで、砂だらけで、とにかく暑い。……確かにいいところが一つもない。そんな話を聞かされて、ハナさんも少し怖気づいてしまう。


「きっと……私も苦手です。砂漠……」

「まぁ、無理は禁物だなぁ……」


「俺は平気だぜ! ――で、何しに行くんだっけ?」

「ココさんからの依頼だ! 魂の欠片を回収に行くんだと!」


 それからは、『どうして砂漠に欠片があるのが分かったのか』だとか『なんで自分たちが行く必要があるのか』だとか、矢継ぎ早に質問攻めにあう。


 あー、うるさいうるさい。そのやり取りは全部済ませたんだよ。


 自分がココさんと話した内容を、あらかた伝え。それから全員に、依頼を受けることについての了承を取り付けた。


 ココさんとトト先輩には、グロッグラーンで助けてもらった借りがある。それ以前にも、回収作業を手伝って欲しいと声はかけられていたし。そうそう無下に断るわけにもいかないだろう、という話。


「ちなみに、回収しに行くとして……どれぐらいかかるの?」


 …………。


「あー……。それは聞いてなかった」


 ――ということで、もうココさんの元へ直接話を聞きに行く。


「まぁ、だいたい移動で丸一日使うし……全部で五~七日程度ね。流石に十日もかかることはないと思うわ。特に問題が起きなければ、だけれど。……全員準備はいいかしら?」


「ココさんには借りがありますから。あとは学園長に外出許可をもらって――」

「――うん、まぁ許可するよ。行っておいで」


「――っ!?」


 知らないうちに学園長が背後にいた。あれ、最初からいたか? いなかったよな? 誰も全く気が付かなかったのか……!? ヒューゴたちに視線で確認しても、ぶんぶんと首を振るばかり。


「あの別の大陸が目的地らしいですけど……」

「何か問題が? 引率にココさんがいれば十分じゃないかな」


 今までも神出鬼没だったけれども、今回は特に心臓に悪かった。

 ……油断も隙もねぇな。


「なにはともあれ、これでやっと出発できるわけね!」


 そうして、船旅の許可も出たということで――さっそく今回の目的地に向かう。依頼があったという砂漠の町グラヴィットは、遠い南の大陸にあるらしい。まずは手始めに、船に乗るために最寄りの港町であるパルミーツへと出発した。






「そういえば、トト先輩は一緒じゃなくて良かったんですか?」


 パルミーツへと向かう道中。馬車でもだいたい一時間弱はかかる中、ガタガタと揺られながら話をして時間を潰す。


「えーっとねぇ……。今回はトトがいると面倒そうだから……」

「面倒っていうのは、依頼に絡んだものでしょうか……」


「砂漠の町なんだけれど、最近は野盗が頻繁に出てくるらしいのね。その野盗っていうのが、魔法使いらしいのだけれど――」


 詳しい話は分からないけれど、『嫌な予感がした』というココさん。どういう意味の『嫌な予感』なのかは分からないが……。念の為にというのなら、喜んで護衛しようじゃないか。


 精霊に殺されかけた経験だってした今なら、大概の魔法使いだって相手にできる気がしていた。要人の護衛だろうが、国落としだろうがなんでもござれだ。……流石に言い過ぎか。


「…………」

「……?」


 不安とも困惑ともとれないココさんの表情。


 そんな様子に首を傾げる自分たちを乗せて。

 馬車はゆったりと、森の小路を進んでいくのだった。

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