第百六十八話 『助けてください……!』

「おーだー……?」


 聞きなれない響きではあったけど、その前の『精霊使い』という言葉からして、どんなものかは想像がついた。妖精魔法師ウィスパーの上位互換みたいなもんか。


 ……でも、ハナさんよりも凄い妖精魔法師ウィスパーだって、この学園にならいるはずだ。なのに、その精霊魔法師オーダーとやらが一人もいなかったのは何故だろう。


「――ハナはこの中にいろ。直ぐに終わらせてくる」

「植物の檻……!? お願い、やめてください……!」


 地面から飛び出した細い幹がハナさんを持ち上げ、球状の檻となって彼女を閉じ込める。道具もない、非力なハナさんじゃ自力で外に出ることは困難なようだった。


「まずは邪魔なお前から片付けてやろう――!」


 精霊とやらが両手を天高くに掲げると同時――なぎ倒されていた木々の辺りから、新しい新芽が生えて。映像を早送りにしているかのように、一斉に元より太い樹木が並び立ち始める。


「みなさんっ、早く逃げて……! 私のことはいいから、早く逃げてください!」


 精霊ってあれだよな。一般的(?)な認識でいえば、妖精の進化形みたいな。具体的な違いは分からないけども……。少なくとも別物、上の存在ということは分かる。一目瞭然、別格だ。


「んなこと、出来るわけがねぇだろう……!」

「でも……どうすればいいの……?」


 ただでさえ森の中では強力だったハナさんの魔法だ。それが、あんな敵意むき出しの奴が使ってくるというだけで、状況は絶望的。それでも……逃げるなんて選択肢、あるわけがない。どんな無茶な攻撃が来ても対応できるよう、全員が警戒を強めていた。


「ハッ。大人しく寝てりゃあ良かったのになァ!」


 ――ただ一人、ミル姉さん以外は。


「ヤベェ奴だってんなら、瀕死にしてもう一度引っ込ませてやる!」


 片腕だけの状態にも関わらず、いの一番に飛び込んでいった。勝てる算段があってのことなのか。飛び掛かり、爪を振るい、避けられ――追撃で、これでもかと魔力弾を乱射。ばら撒かれた弾は対象を含めた一帯を蜂の巣に変えていく。


「ハナちゃんに当たったらどうするの!? 危ないじゃない!」

「うるせェ! アタシはまだテメェらの敵なんだぞ。知ったことかァ!!」


 樹木の幹に大きな穴が開き、枝葉は飛び散り。

 そのままミシミシと軋みながら、何本も倒れていく。


 まだこれだけ動けるミル姉さんも大概だ。俺たちやハナさんと戦っている時に、あれだけバカスカ魔力を撃ち出していたのに。まだ余力があったってのが信じられない。本当に壊れるまで戦う気かよ。


「それに――」


 ミル姉さんが呟き、舌打ちをする。……言わなくても分かる。ミル姉さんが攻撃した先――そこにいたハナさんと精霊には傷一つ付いていなかった。新たに出現した強固な植物の壁が、攻撃を阻んでいたのだった。


「…………っ」


 真っ先に危険な気配を感じとったのか、ムラサキが武器を構える。その様子を見て、グレナカート、シエット、ルナと続いて構えた。直後――嫌な予感が正体を現す。


「――“自然”の力、とくと思い知れ!」


 精霊叫びと共に、新たに樹木が生えだしたかと思いきや――それらがまるで蛇のように絡み合い、複雑に形を作っていく。それはあっという間に巨大な生き物へと変貌していく。


「こいつは……」


 巨大な、巨大な――巨大ななにか。

 鋭利な爪の生えそろった手足が。尖った牙の並んだ顎が。

 そして――背には翼が生えていく。


「ドラゴン――!?」


 姿を模しただけ、とも言い難い迫力がそこにはあった。滑らかに首を伸ばした動作は、生き物そのものだ。魔法で動かすにしても、ここまで息遣いを感じさせるものになるのか?


 表皮は大樹のごつごつとしたものに覆われていた。頭には角の代わりに、太い枝が生えていて。味方によっては、鹿のようにも見えなくもない。翼のある部分はぐねぐねと太陽を求めて捻れ曲がった枝と、大量の葉によって構成されている。


 ……もしかして、召喚魔法のたぐいなんじゃ。


「どうしてドラゴンなんてのが出てくるんだよ……!」


「本気を出してきやがったなァ……。偉そうにを気取りやがってよォ!」


 そう言って突っ込んでいくも、どう見たって無茶な戦いだ。機石兵器イクス・マギアと同じぐらいのサイズで、挙動は生き物のそれ。攻撃が通る気がしない。いくらミル姉さんだとはいえ、手負いなのだから尚更だ。


 唯一こちらとしてマシになったのは――ドラゴンの操作に集中しているのか、初めのときのような、無茶苦茶な魔法を使ってこないことぐらいか。


「精霊って、妖精とは違うのかよ? 確かにすげぇ力を感じるけど……」

「あの子さ……なんだか似てない? なんというか……竜に」


 アリエスの言いたいことも分からないでもない。“精霊”である彼女の姿が、どことなく竜に似ているのだ。基本はヒトっぽいとはいえ、頭にはどことなく角のような突起があるし、尻尾だってそう。肌の色が緑っぽいのは、妖精らしくはあるけども……。


「精霊も竜も似たようなもんだよ。どちらも根っこは“世界そのもの”だ」


 ミル姉さんの放った魔力弾を軽々と余所へと弾きながら、兜越しにヴァレリア先輩が語り始める。俺たちも加勢しにいかないとと言うと、『少し待て』と止められた。


「似たもんって……竜が人型になってるとか? もしくは……生まれ変わり?」

「それって、“元”竜ってことか……?」


 自分の中では完全に別物なんだけど。そもそもドラゴン自体がこの世界じゃ絶滅寸前って話だし、“世界そのもの”と言われてもしっくりこない。


「“元”竜……。当たらずとも遠からずってとこだにゃあ」

「……どういう意味です?」


 んっふっふ……と、嬉しそうな声が聞こえる。兜越しでも自慢げな表情なのが分かる。先輩として、後輩が知らないことを教えるのが楽しいようだった。……普段からそんな感じだったら、もうちょっと頼れるんだけどなぁ。


「世界から竜がいなくなったのと、精霊が現れたのは密接に関係しているんだ。竜だって実質は不老不死。死んでも自然へと還り、また自然の力が集まって生まれる」


「それって、殆ど妖精と同じようなものなんじゃ……?」


『発生が同じなのに、別個の種が現れるなんて――』と言おうとしたところで、時の神様――ロアノが話していたことを思い出した。大昔、世界が二つに別れていた時代のこと。ドラゴンと、妖精が、別の世界にいた時代についてのことだ。


『――片方は、人間やエルフやドワーフなどのヒト族グランデが、魔物やドラゴンの脅威にさらされながら暮らす世界。そしてもう片方は、様々な種類の亜人族デミグランデが暮らし、僕たち神々や妖精たちが管理していた世界だ』


 発生する元が同じであろうと、環境が違うのならきっと。生まれて来る時に、違う形を取るのは十分にありえることなのでは。そう考えると、いまの竜の話も納得できないわけじゃない。


「――精霊とは、かつて世界を管理していた竜の力の成れの果て。絶大な力を永遠ともいえる命をもって、ドラゴンそいつらは世界の調和を保っていた。けれど血と肉を捨て、精霊と成ったか。もしくは、妖精に役目を託したか……」


『どちらにしろ、今の“世界の管理者”はあの精霊たちだ』と、ミル姉さん相手に一歩も引いていない様子の精霊を顎でしゃくる。


 水や炎だけじゃない。大地やこの植物群にも。この世界のありとあらゆるものに、精霊というものは存在していて。それぞれが互いにバランスを取りながら、今の世界を維持しているのだとか、そんな難しい話。……神様とはまた違うのだろうか。


「でも……。そんなこと授業じゃ、一言も触れられたことなんて……」

「まず姿。そういう種族なんだよ、こいつらは。書物でさえ、精霊に関してのものはあまり残ってないらしい。人によっては存在することすら怪しいっていう程のものだから、授業で教えられるのもよくやって三年になってからだにゃあ」


 殆どの竜がそうやって姿を消した。『殆ど』ってことは、そうじゃない竜もいたんだろうけど――『絶滅している』と言われるのは、そういうことなんだろう。少しずつだけど、この世界の秘密というか。歴史みたいなものが分かってくる。


「なんだぁそりゃあ……」


 そうやって話しているうちに、戦闘が激化していた。砕かれ、散らされた木っ端がこちらにまで飛んできて。既に残っていた左腕もボロボロである。それに対して、精霊は十分に余力を残しているようで。


「ぐっ……――!?」


 大質量の竜の尾が、横薙ぎにミル姉さんに叩きつけられた。直撃かっ!?

 

 ――何本もの樹木をなぎ倒しながら、吹っ飛ばされていく。風圧がこちらにまで届いてきた。なんて攻撃だ……!


 流石のミル姉さんも、これには堪えたのか……起き上がらない。


「お、おい……やべぇんじゃねぇのか!?」

「やめてください! このままじゃ死んじゃいます!」


「おいコラァ……! テメェらに心配されるほど落ちちゃあいねェぞ!!」


 ――と怒号を飛ばされ、安心したけれども……どう見たって限界だ。これだけ戦えたことが異常だったんだよ。ミル姉さんも再起不能で、『訓練はここで終わり!』と学園長がアナウンスしてくれれば、それで万々歳だったのに。そう思っていても、アナウンスはない。終了までまだ時間が残っているのか。“精霊”は止まる気配が無かった。


「……愚か者め。二度と生徒の顔を拝めないようにしてやる――」


 真っ直ぐに打ち出された木の杭は、槍のように先端を尖らせて飛んでいく。いくらミル姉さんとはいえ、直撃してしまえば大破どころの話ではない。最悪、核となる機石が傷ついてしまったら――? 砕けてしまったら、どうなるんだ?


 ……永遠に動かなくなるのか? それって、死ぬってことだろ?


 これは訓練だぞ。いくら死にそうな目に遭うとはいえ、本当に誰かが死んでしまうだなんて。なんとかして止めなければならないのに――足が竦んでしまった。


 一瞬の判断の遅れ、ミル姉さんを突き飛ばすなりすれば良かったんだ。なのに、圧倒的な力の前に、何も出来ないと思ってしまった。


「ミル姉さんっ!」


 気が付けば【知識の樹】の全員が声を上げていた。いくら俺たちを半殺しにしたって。厳しい訓練をしてきたって。あくまで先生としての立場で、俺たちを鍛えようとしてくれていたからだ。そこに恨みなんて生まれはしなかったし、こんな所で死んでしまうなんて嫌だった。


「間に合え――!」


 俺の身体はどうなっている? まだ動くだろ? ハナさんに回復してもらったこともあって、またマシに動けるようにはなっている。走れ。どうにかして間に合え!


 精霊は本気でミル姉さんを殺そうとしている。うまく助けられたとして、そこからどうする? このままミル姉さんを抱えて、どこか遠くに逃げてしまえば――しかしこの森全体が精霊のホームグラウンドだったら? そこらじゅうに生えている木の一本一本が、彼女の腕のようにも思えた。


 もう全員、勝ち目なんてないんじゃ……。

 そんな考えが頭をよぎりながらも、走っていた。

 到底届かない距離でも、思いっきり地面を蹴って飛びつけば。

 頼む、奇跡よ起こってくれ――と願った、その時だった。


 目の前が真っ赤に染まる。勢い盛んな紅い炎が爆発的に広がり、一瞬で収束した。ミル姉さんのもとへと向かっていた木の槍は、燃え尽きて跡形も残らず灰となって飛ばされた。


「――炎っ!?」


 ヒューゴか……? いや、違う。この魔法は――


「んっふっふ……。見殺しにすると思ったか?」

「ヴァレリア先輩……」


 ――動いた。これまで傍観に徹していた先輩が。


「こういう時のために、私が投入されてるんだからにゃあ。――ま、ミルが助けられる側になるってのは予想外だったけど。イレギュラーの出来事にしては、まだ笑える範疇だよ」


「それじゃあ――」

「いーや。まだお前達の訓練は続いてるだろう?」


 一緒に戦ってくれるのか。と思いきや、ミル姉さんの防御に徹するらしい。


「『どうしなきゃいけないか』ってのは、既に分かっているよな? 私は今回、指示されたルールの中でしか動けない。もう誰かが助けてくれるようなことはない。じゃあ自分達だけでやるしかないだろう」


 俺たちのやらなきゃいけないこと……。


 訓練を合格することか……? 誰か一人でも逃げ切って、時間切れまで待つ……。今の森の状態で、そんなことが可能なのか? それ以前に、ハナさんを置いていけやしない。合格の為だからといって、見捨てるわけにはいかない。


 それよりなにより――


「……ハナさんっ!」

「ごめんなさい……! 私じゃ止められないんです!」


 必死に魔法陣を出しては、打ち消されている。無理矢理に精霊を帰そうとしているのだろうか。妖精魔法師ウィスパーの魔法陣は、式というよりは契約書に近い。一方的に押し付けることができない。


 俺たちの前にいる精霊あいつは、ハナさん以外の全員を潰す気満々だ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……! お願いです! 早く逃げてください!」


 今の状況で一番辛い思いをしているのは、他でもないハナさんだ。

 ここで逃げてどうなる? 一生、心に深い傷を負うことになるんじゃないのか。


 自分の精霊のせいで誰かを傷つけ、周りから人が遠ざかってしまう。その前に、ハナさん自身が誰にも近づかなくなってしまう。


「謝る必要なんてねぇ!」

「無茶でもなんでも……止めてやる。仲間なんだろ、俺たちは」


「――っ! ……お願いします」


 ――もう、あれを倒すという選択肢以外残っていない。

 精霊そんなものを気にする俺たちじゃないってことを、証明してやる。


「たすけて……。助けてください……! みんなと一緒がいいです……。みなさんと離れたくないです……! お願い、助けて――!」


 せきを切ったように、助けを求めるハナさん。これまで、誰にも言うことのできなかった言葉。一人で内側に押し込んで、ただ耐えていたことの反動が出たかのようだった。


「言われなくても――!」


 アリエスがロアーに跨り、エンジン全開で走り出す。

 ――全員、心は同じだ。ヒューゴも、自分も飛び出した。


 自然区でのサバイバル訓練。最後の最後で、とんでもない奴を相手にすることになった。自然の化身、竜の力を持った精霊。管理者だかなんだか知らないが、やってやろうじゃないか。


「これが最後だ、気合い入れていくぞ――!」

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