第百六十九話 『なんとかしてみせるさ』
ハナさんの救出はアリエスに任せるとして――
「あのドラゴンはどうすんだ?」
「……俺たちで倒す! それしかない!」
相対するは、ミル姉さんでさえも圧倒的な力で叩き潰した樹木のドラゴン。この巨体をどうにかしなければ、自分たちに活路はない。自分の魔力を打ち込むのがどこまで通用するか。ヒューゴは最後の頼みの綱。こいつの火力でどうにかならなかったら、もう手の打ち様がない。
「……グレナカート」
ヒューゴの魔法が確実に決まるよう、注意を引く手は多い方がいい。問題は――そいつらが素直に頷くかどうかである。
「今だけは、お前に頭を下げる。頼む、手伝ってくれ」
「…………」
少しの沈黙の後に、剣を抜いた。やっぱり隙を見せた俺たちを潰すことを優先するのか? もちろん、どのように優先順位を決めようがこいつらの勝手だ。もしも、『自分たちだけでドラゴンも精霊も倒せる』と考えたのなら、俺たちと協力するメリットなどないのだから。
「……せめて俺たちを――」
潰すのだけは後回しにしてくれ、と言い切る前だった。
「アレを倒さない理由もない。邪魔になるようなら叩き切る。……今回は、たまたま利害関係が一致するだけだ。勘違いをするな」
「……それでいい。十分過ぎる答えだ」
ルナはミル姉さんと同じで
俺がやらないといけないのは――撹乱。一番やっかいなあのドラゴンの気を引き続けることだ。できれば倒すところまでいきたいが、それには圧倒的に火力が足りない。さっきも言ったが、その役目は俺じゃない。
……頼むぞ、ヒューゴ。
「羽虫が――!」
精霊がヴァレリア先輩のように、分身を見分ける目を持っていないのは助かった。一発一発が致命的な攻撃を躱しながら。ナイフで刺そうにも、刃が通るのは表面だけで。内側は結構な硬さをしていた。ナイフを取られてしまってはいけないので、表面をひたすらにガリガリと削り取っていく。これが効果があるのかは分からないが、やらないよりはマシだ。
ムラサキも相手に魔法陣を刻んでは、燃やしたり爆破したりしているのだが、それも表面だけに留まっている。幾重にも幾重にも重なって、中心部へのダメージとはなっていない。
避けるのはそう難しくはない。周りに足場ならいくらでもある。爪だろうが尾だろうが、数は限られている。圧は凄いが速度は反応できないほどじゃない。……ミル姉さんだって、万全の状態だったらまた違う結果になっていたんじゃないだろうか。
「リーネ・イン・クルズ、アリィズ・レント・ラグス!」
――妖精魔法っ! ヒューゴのでもない。ハナさんのでもない。
そうなれば、残っているのはシエットの氷魔法――!
地面から突如現れた氷柱が、ドラゴンの前足を捕らえた。どんどんと成長していく氷が、肩のあたりまで動けないように固定する……!
ヒューゴ、今だ――
ヒューゴだっていくら回復してもらったとはいえ、魔力に限界はある。マトモに打てるのはせいぜい一発ぐらいだろう。
「いけェー!!」
ドラゴンの巨体に負けないぐらいの火球が撃ち出され、その一発がドラゴンに直撃する。
その体躯を炎が一瞬で包み込み、煙を上げながらのたうち回る。精霊もこれには気を取られたようで。その隙をアリエスたちは見逃さなかった。
グレナカートたちが同時に接近していた。ハナさんを捉えていた檻の、その支柱となっている幹部分をバッサリと切り離して。そのまま転がり落ちていくところを、アリエスが機石銃で撃ち抜く。弾は通常の魔力弾とは違う。糸の罠のときと同じような、魔力で作られた網がハナさんを檻ごと捉えて、精霊のもとから引き剥がした。
そしてそれを受け止めるは――ムラサキ。常人には目にも止まらぬ速さで振るわれた剣が、中のハナさんを傷つけることなく檻だけを切り払った。この間、数秒もかかっていない。即席の連携で、奪還を成功した。
「おしっ……!」
ばっと飛び退くグレナカートが『気を抜くな』と小さく呟いた。
……そうだ。残る問題は、ハナさんを奪われた精霊の対処である。ヴァレリア先輩の助けを期待することはできない。本気でやばくなれば動いてくれるだろう。けど、最後まで自分たちの力でなんとかできることを見せてやりたい。
「魔法使いごときが……。自然を舐めるな――!」
怒りの声を上げて、ドラゴンが再び動き出す。黒こげになっていたのも、表皮だけで、綺麗に剥げたその内側から無傷な部位が顔を覗かせた。
……やばいぞ。ヒューゴのあの炎魔法でも仕留めきれなかった。でも、倒さないといけないんだ。あのドラゴンを倒せば、あとはどうにでもなる。そうなると――もう手段を選んではいられない。
「ヒューゴ……」
「悪ぃ……もうキツイぞ。魔法陣を出すのがやっとで、そこから変換する魔力もねぇ」
「それでいい。お前の魔法を貸してくれ。俺の魔力を、お前の妖精に変換してもらうんだ」
「貸してくれってなんだよ!? そんなのどうやるか知らねぇぞ!?」
「……やるだけやってみてくれ。妖精に、俺の魔力を使えるようにして魔法陣を出してくれるだけでいい」
「魔法陣を弄って、変換するだけならできるかもしれねぇけどよ……。魔法陣は契約書と同じだ。生成した俺にしか制御できねぇ」
「それでも……。なんとかしてみせるさ」
……やるしかないか。一度も試したことのない、ぶっつけ本番の奥の手。これはまだ、誰にも見せたことがないけれど、理論的には可能なはず。
「…………? わけが分からねぇけどよ……それでなんとかなるんだろうな!?」
そう言って、魔法陣を生成する。赤赤とした光を纏った、妖精魔法特有の複雑な魔法陣だ。俺の知識じゃ、具体的な中身はさっぱりわからない。けど――魔力を流し込むきっかけさえ掴めれば、あとはこっちのもんだ。
テレビだってパソコンだってそう。どう作られているのか分からなくても、どういう原理で動いてるのか分からなくても。電源があって、スイッチを押せば誰だって使える。それと同じ――
「――《クラック》!」
魔法陣に手を触れて、魔力を流し込む。端から一気に輝きが広がっていく。所有権を奪い取る――この場合は借りると言ったほうが正しいか。隅々まで自分の魔力を行き渡らせたことで、ヒューゴの手の上にあった魔法陣が、自分の手に移ったのを確認した。
ヒューゴの妖精が目を丸くする(ような雰囲気だった)。
この間だけは――俺の力になってくれ。
「頼むぜ、テイル」
「……あとは俺に任せろ」
身体の中の魔力がジリジリと熱を持っているように感じる。炎の妖精魔法……適性の無い俺が使ったらどんなことになるのかは分からない。そもそも他人の出した妖精魔法の魔法陣を使うだなんて、考えたこともなかった。けど、なんとなく、いけると感じたんだ。
「食らえ――身体の中を浸透していく、炎の魔法だ。木でできたお前にはキツいだろうな……!」
ドラゴンの脳天から魔力を叩き込んだ。陣を通して魔力が炎の属性を帯びる。これの真価は、打撃の威力を高めることじゃない。浸透――魔力が一気にドラゴンに流れ込むことにある。
表面だけ焦がすような生ぬるいものじゃないぞ。
頭の先から、足の先まで、勢いそのままに駆け抜けていく魔力。
さぞかし辛いだろうな。意思があるのなら、だけれども。
「熱っちぃ!! でも――!」
自分の魔力が急速に入っている消費されていくのがわかる。放出された魔力はもう止まらない。内部から熱を帯びて、赤熱していくのがわかる。朽ちろ。燃え尽きてしまえ。まだ使い所は分からないけど……。
これが俺の――テイル・ブロンクスの新しい戦い方だ。
「倒した……」
「あとは
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