第百五十六話 『これ以上邪魔をするようなら』
「――さぁて……」
四足の黒色をした“なにか”。……こちらに気付いている。今度はあからさまに障害っぽいが、気配を全く感じなかったのはどういうことだろう。生物の息遣いといったものが、“それ”からは感じられなかった。
「……犬?」
シルエットだけで見れば、スラリとした大型犬っぽくはあるけど……いやに光沢がある気がしないでもない。鼻、口、耳の形や、ぐるるる……と唸っている様子は、犬そのもの。なのだけれど、目ン玉が無いじゃないか。ロボ犬だ、ロボ犬。
なんだったか。機石装置と機石生物の違いについては、一年の頃にアリエスに教えてもらった覚えがあるけども。唸り声を上げてるってことは、機石生物として見てもいいのか?
「噛み付くつもりじゃないだろうな……」
ともかく、こんな森の中に野生の機石生物が棲み着いている――わけがないだろう。誰かが操っているに違いない。つまりは、新たな機石魔法師の登場だ。どこかで隠れて、こちらの様子を窺っているであろう術者に向かって、声を上げたのだが――
「おい、誰が――って……!」
間髪入れず、機石狗が飛びかかってくる。完全にこちらを標的として認識しているらしい。野生動物とは比にならない速さではあったものの、この程度なら身を捻って躱せないこともない。虚しく空を噛むのを横目に、魔力を載せた一撃を叩き込んでやろうとしたのだが――なんと脇の草むらから、もう一匹飛び出してきた。
「二体目……! ちっ……駄目か」
魔法で分身を作り出し、撹乱しようとしても――生物でないためか、効果がない。躱して逃げる自分を、的確に追い続けて。細い体躯を活かして、縦横無尽に襲いかかってくる。
一人で二体の機石狗を従えているのだろうか。片方はひたすら直線的に、もう片方はあたりの樹などを利用して少しラインをズラして、と連携がやらしい。隙を突こうにも、こちらにそういった暇を与えてくれない。
しつこいな、こいつら……!
木の幹から幹へと飛び。宙返りで背後に周り。交互に襲いかかってくる二匹をいなしながら、本体の居場所を探る。――が、どこかから指示を出しているようにも見えない。完全に自律行動か……?
仲間と合流できていない焦りが、自分の中で膨らんできているのが分かる。こちとら付き合っている暇はないのだというのに。
……俺を戦闘不能にするまで追い続けるつもりなら仕方ない。口で言っても分からないだろうから、実力行使を取らせてもらう。
「コレぐらいで俺を捕まえられると思った大間違いだぞ――」
真正面から飛びかかってきた一体に対して、同じく正面から飛び込み回し蹴りを入れた。近接戦闘なら、ミル姉さんの地獄のシゴキで格段にレベルアップしている。流石にまだ、キリカやリーオあたりには及ばないだろうけども……。それでも自分にマトモに一撃を入れるヤツなんて、そうそういないだろう。
「――――」
硬質な表皮をキチキチと鳴らせながら、起き上がろうとする。
……流石に頑丈だな。こっちが一撃入れたぐらいじゃ、バラバラにはならないか。
「これ以上邪魔するようなら、ここで叩き壊すぞっ!!」
「――っ、下がって! ウィーブ、キュエット!」
やっと術者のお出ましだ。どうやら樹の上に隠れて様子を窺っていたらしく。声の主である女子生徒が、目の前に飛び降りてきた。
「お前確か、あのピンク髪と一緒にいた――」
肩には届かないぐらいの、赤いショートヘアー。前髪は目元を出すように、斜めに切りそろえられている。殆ど面識はなかったけど一度だけ――ルルル先輩の卒業のときに、遠目からチラリと見た覚えがある。
「……エレンに会ったの……?」
グルルと唸りながら、ウィムに寄り添うように戻る
――さて、こいつはお友達と合流する気満々らしいが……。
――――――――――――
……どうしようか。
この先、敵対する人数が増えても面倒だ。やっぱり倒しておくか?
今は一刻でも時間が惜しい。こいつも無視して、先に進む。
▷ ……ここはひとつ、話合いで穏便に事を済ませるか。
――――――――――――
あの狗に追われ続けてたら、おちおち合流もできない。かといって、戦うにしてもメリットよりもデメリットの方が大きい。……向こうも話は通じるようだし、無難に交渉してここは乗り切りたい。
仲間の居場所が心配だというのなら、教えてやってもいい。今回の訓練の目的はサバイバル。一定時間生き残るだけなのなら、無理して他の奴と戦う必要もないのだ。
……本当は参加者全員で協力すれば楽勝なんだろうけども、そうはいかないだろう。理想と現実ってのは、いつだってかけ離れている。そう考えれば、まだここで遭遇したのがウィムだったのはマシだった方だろう。
あまり考えたくはないけれど――エレンも交渉のカードになったという点で見れば、決して無意味じゃなかったか。
「お前の相棒なら、さっき会ったぞ。そいつから逃げてきたところだ」
「さっき……? いったいどこに――」
前のめりになってこちらに聞いてくる。さっきまでの警戒心はどこにいったんだ、おい。まぁ、それだけ仲間のことが心配なんだろうけど。その気持ちはわからないでもない。
「あ、ああゴメンなさい。この子たちの鼻のおかげで、だいたいの方向は掴めてるのだけれど、正確な場所までは分からないから――」
あ、ちゃんと鼻は利くのか。
となると、下手に違う方向を言った場合、それが嘘だとバレてしまう。……まぁ、こんなことぐらいで嘘を吐く必要性もないし。あったままのことを言うまでだけれど。
「教えてもいいが、それには条件がある」
「……条件?」
身構えるウィムに『別に難しいことじゃない』と付け加える。取って食おうってんじゃない、こちらとしては面倒ごとを避けたいだけ。後からなら幾らでも相手してもいいが、今だけは勘弁してくれ。
「お前はともかく、あっちは邪魔する気満々だったからな。あれと合流した後は、俺を追って来るな。協力してくれとは言わないが、それぐらいならできるだろ?」
「……あれだけ無茶しないでって言っておいたのに……」
先程の出来事を簡単に話すと、『はぁ……』と溜め息を吐いていた。コイツも同じ考えだったら面倒だったけれども、ウィムの方でもあまり快くは思っていないらしい。いろいろあるんだな、どこの仲間内でも。
「わ、分かったわ。交渉成立――」
とりあえず、向こうも余裕がないのだろう。二つ返事で交渉も終わり。ウィムは無事エレンと合流し、自分もハナさんと合流し。――の、ハズだったのだけれど……。
「きゃあああああっ!?」
「エレン――!?」
やれやれと肩を竦めた次の瞬間。そう遠くない場所から、甲高い悲鳴と共にバキバキと樹が倒れる音がしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます