第百三十八話 『見てやるっつってんだよ』

 学術試験テスト……!? もうそんな時期だっけか!?


 しかもあと五日……。ネタ集めというか、七不思議の真相究明だなんて。そんなことしている暇無いんじゃないか?


 いや、万が一ということもある。にはるん先輩も、もう授業を受ける必要のない“研究生”だ。自分が受けるのならまだしも、そうじゃない試験の日程なんて、勘違いしていてもおかしくない。


 慌てて【知識の樹】へと戻って、アリエスたちに尋ねてみた。


「お前ら試験のこと聞いてたか!?」

「ちゃんと寮に戻ってから勉強してるよー。ねー?」


 くっそう!!

 やっぱり、にはるん先輩の気のせいでも勘違いでもなかった。

 テストは本当にあったんだ!


機石魔法科うちは毎回、実技と筆記の半々だから。筆記がダメでも実技で点取れるし」

「わたし達の科は前回が筆記で――その前が実技でしたよね? ヒューゴさん」

「おう! 前回はギリギリだったぜ!」


 試験内容は科というか、先生によってまちまち。

 筆記試験のみの時もあれば、実技試験のみの時もある。


「でも……お前ら全然勉強してないよな!?」


「だって、二年になって余裕も出てきたし。それに、人前で試験勉強だなんて見苦しい真似しないって。こういうのは、前々からコツコツやるもんなの」


 なんだよその変なプライド……!

 それのせいで俺は凄く焦ってんだぞ……!


「私も……普段の授業だけで、いつも合格点は取れているので……」


 ちくしょう。ハナさんもそれなりに余裕があるらしい。


 うちのテイラー先生の場合、その時の気分で内容を決めたりするから対策が取りにくい。実技ならまだ希望があるが、筆記となると予想がつかない。


「ヒューゴも知ってたんだよな!?」

「俺は……勉強しなくてもなんとかなる! 前回が筆記だったからな!」


 ……もう死亡フラグにしか見えなかった。ダメだこいつ。


 実技、筆記ときて、また実技が来るとたかをくくっている時点でダメだ。実のところでいうと、お前が一番焦らないといけないんだからな? 


 前回の試験だって、実際は赤点になるところだったらしいし。ミル姉さんが学園に乗り込んできたのを止めに行ったから、ほんの少しだけ加点されたとか。


「あああぁぁぁ……」


 なんでみんな、こういう時に限って目の前で勉強してないんだ。


 ――残された期日はあと四日ほど。ロランたちに見せつけてやる七不思議のネタ探しも、軌道に乗り始めた〈クラック〉の修行も一旦休みだ。


 付け焼き刃、一夜漬け。なんとでも言えばいい。向こうがどういった形で来るのか分からない以上、準備は幾らしてもし過ぎるなんてことはない。


 そうして、その日は徹夜で詰め込んでいたのだけれど……。






「……『この一年での成長を見せてみろ』って、完全に思いつきですよね?」


 教室の中は、テイラー先生と自分の二人きり。

 時は試験日当日。今まさに、試験が始まろうとしていた。


 ――試験の内容は実技試験。内容の方は、いま口にした通り。自分たち定理魔法科マギサの生徒に伝えられたのは三日前だった。徹夜した翌日のことで、肩の力が抜けたのは言うまでもない。


『普段授業を受けるだけで、何もせずダラダラを過ごしてるような奴はこの学園にゃいねぇだろう? 自分が一番得意としていること。おのれを“己たらしめる何か”を今回の試験で見せてみろ』


 授業が始まって開口一番に告げられたのがこれだった。


 ――己を“己たらしめる何か”。一番得意としていること。

 様々な魔法を覚えてきたけど、それが該当するのかと言われると微妙だ。

 鍵開けならそれなりに得意だけれども、成長を見せるのには違う。


 となると、現在進行系で成長していることを見せつけるには――自分にしかなれない自分を見せるには。〈クラック〉が一番だと思った。


 というかこれって、むしろ――


「……まさかとは思いますけど、俺のためにこんな試験内容に?」

「――ぷはぁ。んなわけあるか。俺が“面白そうだ”と思ったから、そうしただけだ」


 酒瓶から口を放して、手をひらひらとさせる。生徒にとっては大事な試験だというのに、この先生ときたら通常運行だ。


 試験の形式は先生との対面式。生徒は順番に入っていき、先生の前で“それ”を見せる。合否の判断は完全に先生のさじ加減。……既にグレナカートやキリカは、先に受けて合格している。


「――まぁ、お前が新しい技の修行を始めたんで思いついたんだが。……ひっく」


 やっぱり俺が原因じゃねぇか!


 とはいえ、この世界には学習指導要領なんてものはない。どんな試験をやろうとも、先生が良しとすればそれでいい。ようは、この世界で生き抜く力が身についていると判断されればいいんだし。


 ……結局は、『学園を出た後にどう生きていきたいか』なんだよな。


 前世で普通に男子高校生をしていたときが懐かしい。ただ学校で出される課題をこなして、いつ使うのか分からない知識をただ溜め込んで。ただ言われるがままに大学へ進学して、ゆくゆくは社会人になるものだと思っていた。……そうはならなかったけど。


 未来の目標を持って学生としての生活を送るだなんて、ひと時も考えはしなかった。高校を卒業して働くと言っていた同級生もいたけれども、そいつ等には卒業した後の目標や目的があったんだろうか。


 こんな剣と魔法の世界にきて、そんなことを考えるのもおかしな話だ。


「……俺はこの先、何になるんですかね?」

「……今からそれを見てやるっつってんだよ」


 自分はとにかく“あの家”とは関係の無い世界で生きたかった。他人から財を奪わず

。命を奪わず。傷つけず。疎まれず。憎まれず。ただ平和な世界で、普通の学園生活を送りたかったわけで。


 まぁ、意図しないところから突然に解決したわけだけど……。


 これからは学園を出てどこにいくにしても、自分の命を守るぐらいの実力があればいい。魔法使いを相手にするときのために、〈クラック〉も使いこなせるようになりたい。


「そぅら、どれだけ成長したのか見せてみろ。……ひっく。言っとくが、身体のことじゃないからな?」


 それセクハラだぞ、オッサン。


「陣を盗むのだよ。どうなったんだ?」

「……何か適当に魔法陣を出してもらっていいですか? それほど複雑じゃないのでいい――っ!?」


『いいですから』と言い終わる前に、先生は魔法陣を出していた。

 ただ一つ、予想外だったのは――


「よしよし、それでいい。使、お前がそれを止めれば合格だ」


 そう言って、右手の先に浮かび上がった陣から、水流が溢れ出したことだった。


「待っ――」


 とっさの判断。本能的に呼吸を抑えた。


 鼻の奥まで突き抜けるような、濃くて甘い匂い。その元凶である液体が、上方に吹き出され、天井まで届き、辺りに撒き散らされる。こいつは……。


「酒かよ……!」


 これほどの酒気が溢れる中、数十秒もいれば酔いが回ってしまう。そしたら魔法陣を奪うのに集中すらできなくなる。


 刻一刻と状況が悪くなってしまう前に、慌てて先生が出した魔法陣に触れる。


 単に水流を放出する魔法に加えて、水を酒に変化させる魔法。二重になっていて、構造としては難しい方だけれども、お手上げというわけでもない。


「〈クラック〉……!」


 魔力が流れる始点に集中して、こちらの魔力を一気に通す。支配権を奪い取り、魔法の行使を一気に中断させたい――けれども、


「何だよこれっ!?」


 守りが堅いのとは少し違う。こちらの魔力を通すことができたのに、魔力の流れが止まらない……!?


「第一段階は上々だ。けれど止めるなんて勿体ないだろ、なぁ?」


『次はどうする?』と言わんばかりにニヤリと笑う。


「お前も浴びるように酒を飲んでみろ! いいや、酒を浴びながら飲んでみろ! この世のものとは思えない、最高の気分になれるぞ!」

「俺は……未成年ですからっ!!」


 これだけ浴びてしまっては、元も子もない気がするが。だからといって、飲むわけがないし。飲まれるわけにもいかない。


 ……どうする。どうやったら止められる!?


「少し手間はかかるけど――」


 魔法陣の書き換えとまではいかないけれども、一部分だけに集中して魔力の流れを抑えることはできる。……大丈夫だ。にはるん先輩に教えてもらった、陣の構造を理解するのと同じ。


 魔力の経路を辿り、弱い部分、重要な部分を突く。


「閉じろ……閉じろォ!!」


 蛇口をひねるようにして、魔力の流れを生み出す陣の外円の出力を絞っていく。酒に変える方は、触るだけでも時間がかかるので無視だ。水の勢いを抑えることに集中する。


「はぁ……っはぁ……!」


 滝のようだった水流が、徐々に勢いを落としていった。


 通常なら少しの魔力を流し込み、支配権を奪うだけで済むはずだったのに。こちらからも大量の魔力を流し込んだおかげで、息も絶え絶えだった。


「少し時間がかかったなぁ。まぁ、俺が手を出してたからなんだが」

「いくら試験だからにしても酷すぎる……!」


 最悪の場合、ぶっ倒れるかもしれなかったんだぞ。


「せっかく酒でいっぱいだってのに、水で薄められても困るしな……ひっく」


 ……だからかたくなに、そっちの魔法を守ってたのか。とはいえ、水流だけになったとしても、どんどんと体力は奪われていくわけで。どちらにしろ、いい迷惑だった。


「ま、ここまでできりゃあ及第点ってところだろ。応用も利く。あとはどんな魔法にも、迅速に対応できるかどうかだな」

「……と、いうことは?」


 だんだん意識が甘い匂いに侵食されつつある中で、なんとか尋ねる。


「――今回の試験は合格だ」


 さっきので満杯になった酒瓶をぐびりと煽って、満足そうに笑っていた。


「面白さで言えば、間違いなくお前が一番だ」

「こっちは全然面白くないんですがねっ」


 ……全身が酒でずぶ濡れ。少しだけ頭痛もしてきた気がする。

 試験に合格はできたものの――これじゃあ最悪だ。

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