2-1-3 黒翼ノ神使編 Ⅱ 【誰知烏之雌雄(たれかからすのしゆうをしらんや)】

第百二十五話 『君たち私より若いのに』

 宿屋で反省会をした翌日。


「というわけで、もう暫くお世話になります!」


 朝一に準備を済ませて、全員で教会へと向かった。もちろん、ラフール神父が起きるまで、教会内の仕事を手伝いたいという旨を伝えるためである。


「――構いません。引き続き部屋を借りられるよう、宿の方には私たちから話しておきます」

「頼りにしてるからね。短い間だけどよろしく」


 サフィアさんとシエラさんのどちらも、快く承諾してくれる。

 断られたらどうしようか。と考えていたけど、杞憂で済んだ。


「それじゃあ、私が軽く案内してあげようかな」


 初日は説明からということで、軽く教会の中を案内してもらった。普段はどういったことをしているのか。外側から見ただけでは分からない部分が山程ほどあったりと、これはこれで新鮮だった。


「えっと、自分たちから言い出しておいてなんですけど、いいんですか?」

「……私たち二人では、手が回らない部分もありますから」


 祈りに来た人の相手の他にも、村での祭事の管理、死者の埋葬、病気にかかった人の治療等々。もちろん、それだけではなく。教会内部の炊事洗濯の類をしないわけにもいかない。


 ……たしかに、この広い教会を掃除するだけでも大変だ。

 シーツ類なども、常に清潔な物を。となると、確かに二人では手が足りない。


 前半部分の“外へ向けて”の仕事は、神父さま及びシスターの役割である以上、自分たちに手出しはできない。――というわけで、主に炊事洗濯の家事仕事を中心に手伝うことになった。






 そうして教会を訪れてから、一時間ほどが過ぎていた。


 シスターたちの指示のもと、様々な雑用をこなして。その間、彼女たちと言葉を交わすことも幾度かあった。


 サフィアさんは初対面の時からそうだけど、普段は寡黙かもくな人で。必要なこと意外はあまり喋らないタイプ。


 それに対して、シエラさんはというと。こちらのことを気にかけてか、よく話しかけてくれた。……どうでもいいことも、わりと口にしていたけど。


「あの……。シエラさん」

「はいはい。なにか分からないことでもあった?」


 昼過ぎにもなると、いろいろと雑談できる余裕も出てくるわけで。一緒に応接室の中を片付けている時に、シエラさんに尋ねてみる。


神告魔法師ディーヴァって、みんな身体に魔法陣みたいなのがあるんですか?」


 気になったのは、神告魔法師ディーヴァのこと。


 学園生活の中では、あまり見ることのできない魔法系統だし。唯一知っている人といえば、保険室のファラ先生ぐらいか。……使っている所を、殆ど見た憶えがないけれど。


 授業では少し触れたぐらいで、実質どういうものなのか知らない。ということもあり、自分にとっては謎の多い魔法だった。聞くならば、やはりここは本職の人にだろう、と考えたのである。


 一応は魔法使いの類だから、そう簡単に秘密は教えてもらえないのかとも思ったのだけれど――『あぁ、そんなこと』と、わりとあっさりと教えてくれて拍子抜けした。


「もしかして、あまり教会には来ないヒト? それじゃあ仕方ないよね」

「まぁ、そんな感じです……」


 ……ここらへんは、まだ一般常識の範囲なのか。


「所属している中で素質のある人は、教会で魔法陣を“紋様”という形で身体に宿してもらうことができるのね。それが一番簡単な方法かな」


「他にも方法があるんです?」

「信仰は自由だからね。教会じゃないところで神告魔法師ディーヴァになる人もいるよ。あまり推奨はされていないけど」


 そういったものは、邪教と呼ばれるものを信仰しているパターンが多いとのこと。どうやら神様もいろいろいれば、教会にもいろいろあるようで。シエラさんの所属しているこの教会が、自分たちのいるこの大陸ではメジャーらしい。


「いろいろあるけれども、信仰している神様の力を紋様を通して借りるってわけ」

「なるほど……」


 きっと妖精魔法と同じようなものなんだろう。神様と妖精を一緒くたにするのも、バチあたりな気もするけど……。いかんせん、信仰にはうといし。神様の存在、と言われてもそこまで信じきれない自分がいた。


 悪いけど前世では無神論者だった、と思う。

 少なくとも、神様の存在を信じて祈りを捧げるようなことはしていない。


 でも――神告魔法師ディーヴァが魔法を使えるということは、神様がこの世界にいるという逆説的な証明になっている、と考えてもいいのか?


 ついでに、別に神告魔法師ディーヴァでなくとも、シスターにはなれると教えてもらった。現にサフィアさんもシエラさんも、多少の護身術は使えれど魔法は使えないのだと。


寵愛者アンジールだけは、生まれた時からその紋様が体中にあるんだって。本来は修行して、少しずつ大きくなっていくものなんだけど。凄いよね」


 きっとそれは、アリューゼさんのことを言っているんだろう。


「シエラさんは……あまり嫌な感じがしないですね。彼女に対して」


 けれどシエラさんのその口調からは、村の住人たちとは違って特に嫌悪感があるようには感じられれなかった。


「私たちは彼女と殆ど話したことがないから。黒い翼のことはちらりと見たことがあるぐらいだし」

「そうなんですか?」


『シスターになった時には、もう塀の外で暮らしていたからね』と苦笑いして。


「神父様は普通に接するようにと村の人たちに言っているけど……。もう殆ど村での決まりごとみたいになっちゃってるから」


 いくらシスターだからといって、そう気軽には行動できない。

 村の住人からの反発も気にしながらと。難しい立場だと言っていた。






「この絵……なんだってこんな所に置かれてんだ?」


 聖堂の一帯があらかた済むと、今度は物置の整理だった。ヒューゴと二人で中に入るやいなや、壁に立てかけてあった大きな絵が目に入ったのだった。


「黒い羽根の女の子……」


 その絵は、黒い翼を背中から生やした女の子の肖像画のように見える。という曖昧な言い方をしたのは――それほど精巧な人物がではなく、抽象画のようだったから。


 アリューゼを描いたものなのだろうか?

 この村じゃ、流石に教会には飾れないか……。


 傍に落ちている白い布を見るに、普段は被せてホコリから守ってあったのが見て取れる。豪華な額縁に収まっていて、豪邸に飾っていても遜色そんしょくはない代物に思えた。


「良い感じの絵なのに、もったいないな……」


 ……シャンブレーの街で贋作作りの館に忍び込んだこともあってか、こういう物を見る目もなんだか今までと変わった気がする。芸術品なんて、あんまり興味はなかったのだけれど。


「ま、掃除だ掃除」


 冠婚葬祭それぞれに使う道具が、棚に仕舞われている。シーツの替えだとかも畳んで置かれているところに、修道服が一着だけ無造作に投げられていた。


「……予備の服かな。どこかに仕舞う場所は――」

「俺もこれ着たら、それっぽく見えるか?」


 黒と白をした、くるぶし丈の上衣。流石にヒューゴがこれを着たところで、どう見たって修道士には見えないだろうなと苦笑していたところで――


「――それは予備ではありません」


「うわっ!?」


 いつの間にか、すぐ傍にまでサフィアさんが近づいていた。物静か、というよりも何をするにも物音を立てない人で。気配が全くないというわけでもないが、意識してないと近づかれても気付けない人だった。


「これは……野盗に襲われて命を落とした、アロイスの物です」


 アロイスというのは、この村の教会にいた若い修道士の名前のようだった。


「それはもう大きな切り傷でした。村で埋葬されたときに、ほんの少し見ただけだけですが」


 村に死体が運ばれたのは、死後数日経った後らしい。時間が経ちすぎると、どんなに力のある神父でも蘇生は難しいと教えてくれた。


 無理に蘇生させようとすると魔物になってしまう。というのは、ココさんが前に言っていたんだっけか。


「…………」

「――すいません……」


 故人の物ともなると、そう軽々と触ってはいけないだろう。サフィアさんに修道服を返そうとするのだけども、初対面の時と変わらぬ無表情で。


「構いません。本部からの支給品ですので、いつかは誰かが着るものです。ヒューゴさんも――あとで返してくださるのなら、どうぞ着てもいいですよ」

「いやいやいや、やめときますっ!」


 いくら無神経なところがあるヒューゴでも、流石にこれには遠慮していた。どうぞと言われても、ここまで聞かされた上で着る方が無茶というものだろう。


「野盗も片付けて頂いたということですし、またしばらくの間は村の皆も安心して過ごせるでしょう。……今日はこれで終わりです、お疲れさまでした。サフィアがお茶を用意していますよ」


 野盗退治の依頼については、拠点まで自分達が案内したこともあって、既に二人とも把握していた。途中で他の誰かに見られた気配も無かったけれども、村の住人たちにも知られているかも、という予感は薄々だけどあった。


 ヒューゴが部屋を出て、自分も出ていこうとしたところで――サフィアさんが壁に立てかけられた絵の上に布を戻していた。


「――神父様も、今日の夜には目を覚まされると思います」


 前触れもなくポツリと呟くものだから、一瞬なんのことかと思った。

 少ししてから、自分に向けて言ったのだと気づいたけど。


「そうですか……良かった」


「…………」

「……サフィアさん?」


 絵の前から動こうとしない。何か考え事をしているようだった。

 何事かと様子を見ていると、無表情のままにこちらに向き直して。


『あの子のこと、よろしくお願いします』と、そう小さく口にした。






 二日目も朝から教会へ。一日目では手の回らなかった部分の掃除などを行う。


「いやー。君たち私より若いのに、なんでもできるのね!」


 引き続き教会内の掃除や、備品や備蓄の管理。壊れた物があればアリエスが修理できるし、家具まわりはヒューゴが持ち上げられるため、大変重宝されていた。


「こんぐらい、家で普通にやってたことだからな!」

「私は……むしろこれしか取り柄がないというか……あはは」


 前日にも増して、『次はこれ、今度はこれ』とあちこちで呼ばれ、二人とも水を得た魚のようである。それを脇目に自分とハナさんも外の草むしりなど、できる範囲で手伝いながら日中を過ごしていた。


「テイルさん、あの……」

「どうした?」


 時刻は昼過ぎ。休憩中にハナさんに呼び止められた。

 どこか遠慮がちな、オドオドとした態度。

 割と長い時間、日の下にいたし……体調が悪くなったとか?


「私、少しアリューゼさんの所に行ってもいいですか?」


「ああ――」

「大丈夫大丈夫。ハナちゃんはアリューゼさんのところに行ったげて」


「――っ!?」


 別にいいんじゃないかと自分が返事をする前に、裏口から出てきたアリエスが勝手に返事をしていた。


「ま、教会のことは私とヒューゴだけでも十分だしね」


 あれ、自分の名前がないんだけど。

 ……あまり役に立ってなくて済まなかったな。


「ありがとうございます!」


 そう言って、嬉しそうに教会を出ていくハナさん。


 自分が『一人でゆっくりと考えたい時だってある』だなんて、適当なことを言ったからだろうか。昨日一日は我慢していたみたいだけれど……。


 よほどアリューゼさんのことが心配なんだろうな。と、その背中を見送っていると――『何やってんの』と、アリエスがこちらを批難するような目つきをしていた。


「……何って?」自分にどうしろと。


 どうやら、この反応が気に入らなかったらしい。

 すぅっと大きく息を吸って。そして一拍置いて。


「別にやることないんだったら、ハナちゃんに付いて行くでしょ普通はっ!」


 ――どやしつけられる形で、俺は教会を叩き出されたのだった。

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