第百二十四話 『上手くいったとは言えないし、ね』
「追いついた……!」
「けっこう早く走れんだな……」
「魔物が出るかもしれないし、一人で走ってたら危ないよ?」
「み、みなさん……はぁ……はぁ……!」
――村から飛び出したハナさんになんとか追いつき(既に息切れ状態だった。割と無理をしていたらしい)、一緒にアリューゼさんの家へと向かった。
「……家の中か?」
辺りは暗く、人影は見えない。
数分もかからないうちに、家へと着いた。……のはいいけども、そこはぐるりと走って回るのと直接飛ぶので差が出たか。辺りにアリューゼさんの姿は見えず、窓に明かりもなにも灯っていない。
それでも、ハナさんは入り口に駆け寄り、ドンドンと扉を叩いていた。
「アリューゼさん! 開けてください!」
「ハナさん……」
ここまで走ったのもそうだし、普段のおっとりとした性格からは考えられないぐらいに激しく扉を叩き続けている。足元は泥で汚れ、手は腫れるほどじゃないが赤くなっていた。
……まるで自分のことのようだった。
これはもう、“必死”としか言いようがなかった。
良いか悪いかは置いておくとして、誰にだって表の部分と裏の部分がある。人に見せてもよいか。人に見せたくはないか。
自分だって、裏の世界の住人として育ったことを殆どの人に言ってはいない。もっと言えば、元々は別の世界から来たのだということも。
だから、ハナさんにも人には見せない一面があって当然。自分もヒューゴも驚いていた。そして、普段から一緒に行動しているアリエスでさえ、こんな彼女の様子は初めてだったみたいで。
このままでは良くないと、そっと近づいて声をかけていた。
「ハナちゃん……。そんなに叩いてたら、アリューゼさんが何か言ってても聞こえないよ? 少し落ち着こう、ね?」
「アリエスさん……でも――」
そう騒がしくしてたら、出るものも出てこない。アリエスにそう諭されるも、どうにも納得がいかないようだった。
とはいえ、既に日が暮れかけているし、ずっとこうしているわけにもいかない。本人の意思と関係なく引きずり出すなんて論外だ。『少し時間を置いてから来よう』と口にしかけたところで――
「みなさん……」
微かにだが扉の向こうから、アリューゼさんの声が聞こえてきた。
「――っ、アリューゼさん! 私達を中に入れてもらえませんか?」
ハナさんがそう尋ねるも『すみません……』という返事。暗く沈んだ、悲痛な声だった。扉越しのために、なおさら聞き取りづらい。いったい中ではどんな表情をしているのだろうか。
「今は……誰とも話したくないんです……。私のことは、しばらく一人にしてください……」
――拒絶。穏やかな口調だったけども、それはハッキリとした拒絶の意思だった。誰とも話したくない。誰とも顔を合わせたくない。『お願いします』と彼女は震える声で言った。
「……アリューゼさんだって、一人でゆっくりと考えたい時だってあるさ」
「……分かりました」
本人にこう言われては、引き下がらざるを得ないだろう。『また来ます』と扉越しに伝えるハナさんは、気が気ではなさそうで。村へと戻る間にも、何度かチラチラと振り返っていた。
それからは教会のシスターさんたちに同行してもらい、拠点の方で拘束しておいた野盗の受け渡しを行った。しばらくは地下室に閉じ込めておき、付近の大きな街にある教会に引き渡すらしい。
「……数日後には、余所から専門の者が到着するはずです」
髪は黒のボブ。淡々と話し、静かな雰囲気をしたサフィアさん。
「うちみたいな小さな村に置いていたら、どうなるか分からないからねぇ。特に今は、神父様も眠っていらっしゃるし」
明るい茶色の髪をしていて、気さくな話し方をしているのがシエラさん。
サフィアさんの方は、ラフール神父と依頼の話をしている時に一度近くで目にしたぐらいか。年齢は自分達よりも少し年上? 容姿や性格は正反対、という印象の二人だった。
そしてその二人の話によると、犯罪者の処分については教会の方でいろいろと兼ねているらしい。
いくら剣と魔法の世界とはいえ、無法地帯とは違う。盗みも殺しも犯罪であり、然るべき場所で裁判が行われるのだと。大きな街ならば、逮捕、拘留、裁判、懲役と一連の流れが執り行われるのだと教えてくれた。
……そういえば、ルルル先輩は裁判官になりたいとか言ってたような。
「――大昔だったらともかく。今は亜人だからといって、直ぐに処刑をするような場所は殆どないと思うよ」
「殆ど……」
先程のシエラさんが言った、『小さな村に置いていたら、どうなるのかわからない』という言葉の意味。閉鎖的な村であれば、
「……心配しているようなことは、まずないわ。あの男たちが送られるのは大きな街だし、教会を通しているから」
その後の野盗たちの処遇がどうなるか、だなんて自分の考えることじゃない。ただ――できることならば、“正しい天秤”の下で、平等に裁かれるといいなとは思った。
「……で、どうするの? これから」
日は完全に落ちて、夜――教会から帰った後は、宿屋の
シスターさんたちが注意喚起でもしたのか。時刻がもう遅かったからか。村に戻った頃には人っ子一人出歩いていなかった。
「どうするって言ってもなぁ……。とりあえず、神父さまが目を覚ますのを待つしかないだろ?」
「……今回の依頼については、上手くいったとは言えないし、ね」
「…………」
アリエスの言葉に、その場の空気が少し重たくなる。
悪い部分を“見なかったこと”にしない、はっきりとした性格。なあなあで済まさず、反省して次回に活かそうという話。なんだかんだで、ウチのチームはバランスが取れていた。
「……分かってるさ」
リーダーであるハイエナ男に一時的にでも逃げられたあげく、村で重要な立場にいる神父さまが大怪我を負ったわけだし。報酬の話とかそういう前に、謝罪の一つでもしなければならないだろう。
結果として野盗を一人残らず捕まえて(リーダーだけは死んでしまったけど)、今後しばらくは被害も収まるはず。しかし、過程としては最悪の一歩手前だったわけで。
「自分達の安全も大事だけれど、周囲に被害を出すのもナシだ。……魔物相手とは違う、ヒトを相手にした依頼だったけど、俺の詰めが甘かった」
前の地下工房では自分たちの身が危険に晒され、二度目の間違いは犯すまいと思っていたんだがなぁ……。それを踏まえて、自分達で十分勝てると踏んで乗り込んだけれども――周りに、それも依頼主に、被害が及んでは元も子もない。
被害を最小限に抑えようと焦って動いたけど、もう少し慎重にするべきだったか……。そう簡単にはいかないもんだな、こういう依頼ってのは。
「俺たちが正面から戦ってたら余裕だったぜ……!」
「すみません……私がもっとしっかり見ていれば……」
「まぁ、難しい判断だったよね。実際、八割方は上手くいってたんだしさ」
数日の間待つ必要はあるけれども、ココさんたちが来ればもう少し広く警戒しながら動くこともできた。例のゾンビについても、専門家(?)なわけだから、なにか発見があったかもしれないし。
「次からは、慎重に動くことも考えておかないといけないな……。そのせいで教会の方にも迷惑がかかったんだし」
神父さまが動けない間は、教会の仕事も滞るわけで。『手伝いでもしながら待つのはどうか』という提案には、みんなもそれで問題ないと賛成してくれた。
「…………」
「テイルさん? どうかしましたか?」
目を覚ました神父さまと話して、それでこの依頼も終わり。でも――ここまでで、頭の片隅に引っかかっていることが幾つかある。
「いや、少し変だなと思ってさ……」
たとえば、野盗をシスターさんたちと共に教会へと運ぶ時――別の道を通ったわけでもないのに、林の中のゾンビたちが跡形もなく姿を消していた。
魔物だって大概の場合は死骸が残っているものなのに、どこに消えたのだろうか。あの状態じゃあ魔物に食われたとも考えにくいし……。
それに、野盗のリーダーだけが村へと復讐に行ったのも腑に落ちない。自分の生まれを知っていたのを加味しても、全員で迎え撃った後で村を襲うのが自然じゃないのだろうか。
「まぁ、言われてみればそうかもねぇ……」
「私は……よく分かりません……」
「たまたまなんじゃねぇか?」
思ったことを話して、返ってきた反応は三者三様。
肯定、否定、どちらともいえない。
自分も、確信を持って言っているわけでもなし。違和感があったというだけなので、話そうか迷っていた内容でもあるし。ここで答えを出せるとも思っていないので、やっぱりここでは保留としよう。
「そろそろ、ココさんとトト先輩が来てもおかしくない。できたら、その時にでも話してみるか……」
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