第百二十二話 『一緒にするな!』
「……あれか」
ハナさんの言っていた情報通り、林を進んでいくと野盗の拠点らしき横穴があった山肌に直接、ぽっかりと口を開けたような形。
……入り口の外に人影は見えない。六人全員が中にいるのか?
近付いて確認するにも、入り口周りには木は生えておらず、身を隠すことができない。洞窟の中に植物の類もなさそうだし、ハナさんの調子もよろしくない。これまでのように、妖精魔法で偵察――だなんて楽はできそうになかった。
「まずは俺が様子を見て――っ」
一歩踏み出した直後――崖の上から飛び降りてくる影。
「俺たちを狩りに来たのはこいつらか? まだガキじゃねぇか」
「――――っ」
一人、二人――五人か? あと一人は?
「待ち伏せ……!」
「まだ一人どこかに隠れてるかもしれない! 気をつけろよ!」
ゾンビに遭遇したのが偶然だったのか、それとも向こうが仕掛けたものなのかは知らないが、どちらにしろ事前にこちらのことを知られていたのは間違いない。
でなければ、こうして待ち伏せの形を取るようなことはないだろう。
相手の力量を完全に測れていない以上、警戒するに越したことはない。
ざわりと体中に黒い毛を生やして、臨戦態勢に入る。
「っ!? ま、まじかよ……」
「……?」
突然、脈絡も無く、尻込みするように一歩後ずさる野盗たち。
「黒猫の
俺のことを知っている? いや、こんな奴等とはまともに顔を合わせたことなんてないし。なにかと勘違いしているのか。
「畜生……こんなところで終わってたまるかよぉ!!」
そしてなにやら勘違いしたまま、先頭にいた
――なんだ? こいつ……。
あまりにも動きが単調で、遅すぎる。
ゾンビと戦っていたときには、全く比較にならないから気づかなかったけど……。今の俺――対人戦闘とか、だいぶ強くなってる?
魔法で罠を張っている様子もない。ただ、真っ直ぐに切りつけてきただけ。
「こんなもの――」
ナイフを避けて、回り込んで、一撃を見舞うのも簡単だった。赤子の手を捻るのも同然、こんなのでよく野盗なんてできたなと心配になるほど。
……まぁ、比較対象がヴァレリア先輩やミル姉さんであり、その動きに目が慣れつつあったわけだから、仕方ないといえばそうなんだけども。
「残り四人っ!」
「ヴァン・イグノート・ゲント!」
……ヒューゴが一人吹っ飛ばしたから、あと三人か。
それなりに警戒していたのだけれど、どうみたって拍子抜けするような強さだった。警戒していた残りの一人も出てこない。ゾンビももうストックがないのか、一向に姿を表す様子を見せない。
「くそっ……」
「こんなガキに……!」
――今度は二人がかりで襲いかかってくる。向こうは武器を出しているものの、こちらがナイフを出す必要もない。斧を振り下ろしてきた腕を掴み、そのまま一気に捻り上げて地面へ転がす。
一呼吸遅れて飛び込んできた男を躱しざまに、ナイフを蹴り上げて横っ腹に一撃。少し入りが甘いかとも思ったけれど、もんどり打って倒れてそのまま起き上がれなくなっていた。
――二人、一人。残り一人。
残ったのは大剣を持った、サイのような動物の
……全員無傷、アリエスとハナさんにいたっては戦闘に参加すらしていない。
これは――やっぱり自分たちが強くなっているのだろうか。
あっという間に、その場にいた五人全員を縛り上げたのはいいけども、まだ安心はできない。……残りの一人はどうしたんだ。別行動をとっているのか? 洞窟の中にいるのだとしても、今の戦闘音を聞いて出てこないのもおかしい。
「とりあえず――」
「――おい! お前ら、俺たちと同じ
一番最初に飛びかかってきた狐の
「頼むよ! 見逃してくれ!」
「同じ……? 見当違いもいいところだろ」
この期に及んで、何を言っているんだろうか。
「自分たちが生きる為だけに、他の誰かを傷つけるようなお前らとは違う……!」
自分の親や兄弟たちはそうなのかもしれないが、俺は違う。俺だけは違う。ハナさんだって、絶対にありえない。
『そんなものと一緒にするなよ』とナイフを抜いて威圧して、残りの一人を探しに洞窟の入り口へと向かう。
「……ちょっと中を見てくる」
「一人で大丈夫か?」
「あぁ、問題ないと思う。三人は他から襲ってくるかもしれないから、警戒しといてくれ」
入り口周りの警戒は任せて、自分ひとりで洞窟の中に足を踏み入れている。明かりは少なく、中は薄暗くて複数だと逆に動きにくくなりそうだった。
意外としっかりとした補強がなされていて。奥の方には、寝床と食事用のスペースが一緒になった小部屋もあった。そこには確かに六人分の寝袋や、食事の跡が残されており、野盗の人数がこれ以上でも以下でもないことが分かる。
「それじゃあ……残り一人はどこにいった……?」
――そうして、どこかに隠れていないか確認しながら戻り、アリエスたちと合流して顔を見合わせる。
「――どうだった?」
「中には誰もいなかった。そっちは誰か近づいてきた気配とかは?」
こちらの問いに『ううん』と三人が首を横に振る。
それじゃあ、どこに行ってるんだ……?
ここからどうするべきか。この五人だけでも村へと連れて行き、教会に引き渡すべきか考えていたところで――狐の
「なぁ、考え直してくれたか?」
「――おい。お前の仲間があと一人いただろう。どこに行った?」
……見逃すつもりはない。最初は無視しようとも思っていたけども、しつこく繰り返されて、これじゃあキリがなかった。
「聞こえてないのか? 見逃してくれよぉ、同じ
「同じことを言わせるな。俺はお前たちとは違う」
黙らせる為に、胸ぐらを掴み上げる。
「俺たちとは違う? 口ではそう言ってもよ……お前、あれだろ。 “
腹に一発。軽いのを入れてやった。
むしろ嫌な名前を聞いたせいで、ほぼ無意識に殴っていた。
“
「お、俺たちの界隈では有名なんだぜ、てめぇみたいな“裏の世界”に浸かってる奴等のことはよ……。仲間意識なんてもんはない、誰からも嫌われているような、そんな奴等の噂がよぉ……」
男の薄ら笑いが癇に障る。こちらが苛ついているのを、楽しんでいるのか。
「違うっ! 俺を……俺をあんな人殺し共と一緒にするな!」
後ろの方で、アリエスたちが戸惑っているのも気配でわかる。流石にこれ以上不要なことをベラベラと喋らせるわけにはいかないと、自分の本能が告げていた。
「へ、へへ……そうかよ……。まぁ、他の
「なぁ、それなら頼むよ。命だけは――」
「俺たちは……最初から、お前たちを捕らえるだけのつもりだ」
手をかけるだなんて、寝覚めの悪くなるようなことはしない。こうして無傷で捕らえたのなら、なおさらだ。自分達はただの一学生であって、殺し屋でも、正義の味方でもないのだから。
中途半端な力を持つと、逆に危険だというのは誰が言っていただろうか。あまりに力が足りないと、殺すことでしか解決できなくなる。自分たちは、ヒトを殺さないで済むぐらいの実力は手に入れているのだと、実感しているのだから。
「そうかい、それなら教えてやるよ。俺たちの親分はな――」
「……親分? リーダーがいないのか?」
「逃げ出したってこと?」
「そんなまさか」
こいつらが下っ端なのだとしたら、こんなにあっさりと片付いたのにも頷ける。……けれども、リーダーがいないなんて。
その理由を考えている中で、次に男が吐いた言葉は――俺たちの危機感を煽るには十分すぎるほどだった。
「親分は……お前らを雇った村の奴等に、落とし前を付けさせに行ったよ」
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