第百二十一話 『絶対に噛まれるなよ!?』

「ぞんびってなに!? ねぇ、なに!?」

「へ!? あぁ――動く死体のことだよっ!」


 そうか、ゾンビって呼称じゃないのか。この世界だと。


「これが村に入った時に言っていた、『死体が魔物化する』ってやつか!?」

「たぶんそうだけど……。あれって深い森の中だとか、洞窟の中だとか、魔物がいっぱいいるところで起きるって聞いてたし、こんなところに出てくるなんて聞いたことないけど!?」


 んなこと言ったって、現に目の前にゾロゾロと現れてんじゃねぇか!


「ぜ、絶対に噛まれるなよ……!!」

「そりゃあ噛まれるのは嫌だけどさ! 何で!?」


「なんでって――……」


 噛まれたら感染する――とは流石に口に出せなかった。前世では空想上のモンスターだったゾンビの特徴が、全てこちらの世界のそれと当てはまるとも限らないし。


 とはいえ、どう対処すればいいのだろうか。……たしか、頭を吹き飛ばせば動かなくなるんだったよな?


「もー!! なに急に黙り込んでるのよー!!」

「て、テイル! こいつらぶっ飛ばしていいんだよな!?」


 ……完全に死んでるよな?

 この外傷やらを見ても、生きているとは考えにくい。


「――森を焼かない程度にな!?」

「おおし……リグ・ミット、イン――」


 お前……! 意気揚々と唱えてるけど、その魔法って大丈夫なのか!?

 持っている長手の鎚の先端に魔法陣が浮かび上がる。そ、その魔法は――


「ディジェクトォ! おぉぉらァッ!!」


 ゾンビに触れた瞬間に大爆発。流石に肉片が辺りに散らばることは無かったが、全身が炎に包まれて地面へと倒れた。あれだけの火力に包まれたら、もう起き上がる様子を見せない――かと思ったのだけれど……?


「――全然怯まねぇぞ!?」


 ゾンビは、こちらへ迫るのを止めようとしない。生きているのなら――間違いなく叫び声を上げて、のたうち回るような状態でもだ。……間違いなく死体。痛みを感じていない。自分がダメージを受けていることすら認識していない。


「はっ……はっ……」

「ハナさん……?」


 なんだかハナさんも調子が悪そうだし、どうにかして今の状況を打破しないと……。ただ炎に包まれたぐらいじゃ、足りないのならヒューゴの最大火力で灰にするしかない。他になにかヒントは――


「――《ブラス》っ!」


 魔物なら身体を覆っている魔力だのなんだのがあるはず――と、魔力探知の魔法を自分にかける。目の前に並んでいる、動く死体達。やはり、全身を淡く魔力が覆っているのだけれど――おかしな部分が一つ。


 ……死体の中心、胸の辺りで魔力光が一際強く光っているのが見えた。


 普通の魔物じゃ、こんなことは無かった。思い当たる節といえば……。


「魔物……じゃないぞ、これ……! !」


 さんざん学園で見てきたからこそ、気づけたことだろう。操るための核が埋め込まれている。つまりは、死体をもとにしたゴゥレムということだ。直接操るための糸が見えない以上、自律的に動いているのは確かだった。


 ……野盗の中に魂使魔法師コンダクターがいるのか?


 自立型が襲ってきたのは偶然?

 それとも、こちらの存在に気づかれている?


「さっきは離れたところに人の気配があったんだな、ハナさん!」

「……っ、は、はい! あちらの方角でした!」


 ――どうする。自分だけで飛び出して、術者を仕留めにいくか?

 この囲まれている状況で、三人を置いて?


「撃っても撃ってもキリがないんじゃないこれ……!」

「わ、私も……しっかりしないと……!」


 なんとかこの場のゾンビを蹴散らして、それから術者のところまで行くのに、どれだけの時間がかかるのだろう。逃げられたら追えるのか?


「ハナちゃんっ!? 大丈夫? 無理してないよね!?」

「は……はぁ……! はぁ……!」


 今までとは様子の違うハナさん。怪我を負っているようには見えない。


 それでも、どこか苦しそうなのにも関わらず――彼女は魔法を行使するつもりらしい。ハナさんを中心にして、大きな魔法陣が浮かび上がる。いつものように妖精にお願いするのではなく、彼女の意思で、詠唱を持っての魔法の行使だった。


「――みなさん! 伏せてください!!」

「――っ」


 慌てて身を低くして、頭を下げる。依然として、ゾンビたちに囲まれている状況には違いないのだが、全員がハナさんのことを信じて動いた。そして、ハナさんが詠唱を終えた次の瞬間――


「ターク・メア・ミナス、ベイル・アクト!」


 ――ガサガサという激しい音と共に、巨大な緑の塊が頭上を走り抜けた。

 鞭か何かで叩いたような音が幾つも鳴り、ゾンビたちが軒並み吹き飛ばされる。


 何かの動物……ではない。頭上から降り注ぐ木の葉、小枝。


 葉を大量に茂らせた太い枝が、まるで意思を持っているかのように辺りを薙ぎ払っていた。


「ハナさんの魔法で木を操っているのか?」


 辺りの環境全てが武器となり盾となる。ほんと、条件をさえ整っていればべらぼうに強いな、妖精魔法……。ヒューゴやウェルミ先輩、ヴァレリア先輩たちの魔法を見ても、素の威力が違いすぎるし。


 術者の魔力ではなく妖精の魔力なのも、かなり関係しているんだろう。


「この間に反対側に抜けるぞっ!」


 木々はハナさんを避けるように動いているものの、自分たちは別だった。幸いにも、ゾンビたちがふっ飛ばされた方向は自分の後方。アリエス、ヒューゴ、自分と枝に当たらないように、体勢を低くしたまま安全圏へと脱出しようとしたのだけれど――


「っ!? 上から!?」

「マジかよ――!」


 枝に引っかかり上空に飛ばされたのがいたのか、自分の前方へと降ってきた。足を掴もうと腕を伸ばしてきたので、咄嗟にケリ払い――すくい上げるように空中へとカチ上げたのだけれども、どうにもこれが、非常にタイミングが悪かった。


「げ――」

「ち、千切ちぎ――!?」

「っ!!!」


 死体が腐っていたのだろうか。上半身と下半身が、見事に分かれ飛んでいく。


 枝は薙ぎ払う程度の速度しかなかったし、実際に人が死ぬような勢いじゃなかった。……だから、死体が腐っていたのだ。それしか考えられなかった。しかしそれでも――人の形をしたものが、その身体を大きく損傷した瞬間が、予想以上にショックに映ったんだろう。


「い、いやァ――っ!!」


 大きな悲鳴を上げて、ハナさんがしゃがみこんだ。


 死体が千切れた時――ヒューゴもアリエスも、苦虫を噛み潰したように眉間にシワを寄せていた。見て気分のいい瞬間じゃなかったのは分かっている。


 けれども、ハナさんの……一瞬怯えるような表情を見せたあとの絶叫が、ことさらに過剰な反応にも思えたのは自分だけだろうか。


「ハナちゃん!?」

「大丈夫かよ、落ち着けって――」


 自分も安全圏へと抜けて、ハナさんへと駆け寄る。頭をかかえてしゃがみ込み、いつもはピンと立たせている兎耳は、完全に倒されていた。怯えながら、うわ言のように言葉にならない声を呟いている。


「わ、わた……わたし……。ヒトを……!」


 ……そうか。


 自分は最初から“魔物”として戦っていたけども、やっぱりハナさんにとっては、死体であっても“ヒト”という認識を捨てきれなかったらしい。初めて会ったときからヒトを傷つけることに抵抗のあった彼女だけども、まさかここまでとは。


「――俺たちが殺したわけじゃない。元から死んでいるのを、誰かが操ってたんだ」

「で、でも……」


「このままにしておくこともできない。現に俺たちが襲われてるんだ。どうにかして止めて、埋葬しないと死者も救われないだろ?」


 これで正当性が主張できるとも思わないけど……。せめて自責の念に苛まれることのないように、フォローしておかないと。それに、魔法で動いていた木々が止まりはしたけども――まだゾンビは残っているのだ。


「くそっ――先に全部片付ける! アリエスはハナさんを頼む」


 まともに動けなくなっている今の内に片付けて、安全を確保するのが先決だった。


「ヒューゴ、“壊し方”はゴゥレムと同じだ! 胸の中心に核がある!」


 操る核となっている部分が見えているなら、そこをぶち壊してやればいいだけのこと。ヒューゴには当てずっぽうでやってもらわなければならないが、自分ならば確実に打ち抜ける。


 ……直接触れるのには抵抗があるけども、贅沢は言っていられなかった。


 ――黒い体毛が全身を覆う。必要なのは、速度と精度。拳を打ち込み、魔力を叩きつけて。光が失われ、ただの死体へと戻っていくのが見える。そうして、次々とゾンビを片付けていき――残ったのは死体の山々。


 急いで術者を追う前に、ハナさんの方は――


「ハナちゃん? もう終わったから、大丈夫だってさ」

「は、はい……。取り乱してしまって……すみません……」


 なんとか普通の会話ができるようにはなっているけども、先程の魔法で一気に消費したのか声に力がこもっていない。


「……大丈夫か?」

「も、問題ないです!」


 耳は相変わらず垂れたままで。しばらく魔法は控えてもらった方がいいか……。野盗の拠点のある場所は大体だけれど分かっているし、こちらの存在がバレているのだとしたら急ぐ必要がある。


「……殺してできた死体を、そのまま操るなんてな……」


 一番近くにあった死体に視線を落とす。……服もなにもかもがボロボロだ。肌を覗かせているその身体には、魔法陣とはまた少し違う、紋様のようなものが描かれていた。……死体を操るのには、こんなこともする必要があるのだろうか。


「そういうことができちゃうから、魂使魔法師コンダクターを苦手な人は多いんだってさ」

「あんまり……いい気はしねえよな……」


 学園に所属している魂使魔法師コンダクターでも、触媒として血や身体の一部を使うことはあっても、死体をそのまま使うのは稀な方らしい。


 生物の肉体である以上、時間の経過などで損傷していくものだ。たとえ防腐処理を施していたとしても、それで戦うことなんて、とてもじゃないが勝手が悪いんだとか。


 そう考えるとゴゥレムを使うのは、なるほど理にかなっているのだと思う。


 ……それでもこうして死体を使ってきたのは、なにか理由があるのだろうか。とりあえず、警戒するに越したことはなかった。


「ハナさんはアリエスと離れないように。……このまま進むぞ」

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