第百二十話 『……ゾンビぃ!?』

 ――というわけで、宿屋の一階部ロビーで作戦会議。長机がいくつかあって、端の一つを自分達で占領している形だった。他の客もいないことだし、主人たちから文句を言われる心配もない。


「野盗は直接被害に遭った男が言うには六人。いろいろな種類の亜人デミグランデで構成されているらしい」

「私たちでなんとかなるのかな……」


「雇っていた護衛が一瞬で叩きのめされたと言っていたから、それなりの実力があると思っていた方がいいけども――」


 そこらの野盗と、魔法学園で一年間を過ごしてきた自分たち。これまで遊んできたわけじゃないし、過酷な戦闘もなんとか乗り切ってきた経験もある。


 男の話では、野盗が魔法使ってきた様子はないみたいだし……。


 単純な物理戦闘になるなら、ハナさんの妖精魔法で動きを封じればあっという間だ。自分だって、そこらの相手に後れを取るとは思っていない。単純な火力でいうならヒューゴもいるし、全体的なサポートはアリエスに任せればいい。


「魔法を使えるだけ、こちらに分がある。学園長ができると踏んで依頼を受けたんだ、そういうことだろ?」


 キリカやミル姉さんみたいな学園上位を飛び抜けた連中と同じレベルだと、到底敵う気がしないけれども……それは流石にないと思いたい。


 それだけの実力があるなら、こんなところで野盗なんてしているわけがない。――と素直に考えられれば良かったのだけれど……。地方によっては、亜人が迫害の対象になっているところも残っている。実力はあっても認められない。居場所が与えられない。まさに、この村でのアリューゼさんのように。


 俺の家は進んで孤立を望んでいたみたいだけども、野盗をしている亜人なんてのは、そうせざるを得なくなったパターンの方が多いはず。


「俺がまとめてぶっ飛ばしてやるぜ!」

「あんまり厳しい戦いにならないといいなぁ……」


「私は……まだ少し怖いです」


 ラフール神父と話した時に言ったけども、こちらとしては相手を殺すつもりは無い。この世界で甘いことを言っているのは十分理解している。それなりに手加減をしなければいけない場合もあって、難易度は上がるのも分かっている。だけども、自分たちの実力と能力ならば、それも可能だと思う。


「野盗の拠点探しは、十分に日が昇ってからにするか……」


 向こうの方が地の利はあるだろうし、暗くて見通しの悪い中で戦うリスクの方が大きい。それについては、満場一致で賛成だった。


「それまではどうする?」

「私は――アリューゼさんのところに顔を出したいかな」


 アリューゼさん。黒い翼の生えた、寵愛者アンジールの少女。


 情報収集の中での、あれだけの言われよう。村に来たばかりの自分たちでも、それなりの不快感を味わったわけで。昔から住んでいる彼女自身にとっては、相当な精神的負担ストレスになっているんじゃなかろうか。


「……そうだな、そっちも話を聞いてみるか」


 村を離れるつもりがないのなら、それだけの理由があるだろうし。






 ――村の門から外に出て、塀に沿ってぐるりと回る。

 燦々さんさんと輝く太陽の下で、人影が一つ。


「アリューゼさん……」

「あら、皆さん。どうしたんですか?」


 見えてきた小屋の傍で、彼女は作物に水をやっていた。まさかとは思うけど、食料も自給自足でないといけないのだろうか。背中の翼は――前と同じく、ケープで隠されている。


「またお話しようね、って言ってたしね」


 嬉しそうに微笑みながら、家の中へと招かれて。『これ、少し余ったから』と、アリエスは包んでいた料理を差し出す。アリューゼさんの表情が、微笑みから弾けるような笑顔へと変わった。


「わぁ、美味しそうな料理! 本当にいいんですか……?」

「もちろん!」


『あとで温めて頂きますね』としまい込みに行くその背中は、本当に嬉しそうだった。


 そうして――居間のテーブルに着いて、先日と同じように話をする形に。とりあえず先に、こちらの事情を話す。


「――実は俺たち、依頼を受けてこの村に来たんだ」


 この村と他所を行き来する住人を襲った野盗を退治するために、この村へと来たこと。ラフール神父とはそれについての話はしており、村の住人からも話を聞いた事。そして、その所々でアリューゼさんについての誹謗中傷を耳にしたことを少しぼやかして。


「……そうだったのですか」


 別に悲しむでもなく、彼女はそう呟く。


「アリューゼさんは嫌じゃないの? この村で暮らすことが」

「私は……生まれてからずっと育ってきた場所ですし……」


 アリエスは気に入らないのだろう。この村での、アリューゼさんの置かれている状況が。だからこそ、いろいろと提案してみるのだけども、そこで素直に承諾されるようなことはなかった。


「でもさ……ここじゃなくて、別のどこかで暮らす生き方もあると思うの。お父さんと、お母さんと一緒に。他の町に移って暮らすとか――」

「すいません、あの……私……」


 そこで、アリューゼさんが申し訳なさそうに話を遮った。


「…………」


 ……そういえば、一つ引っかかっていたことがあった。


 アリエスの両親の家が、村のどこにあるのか、ということである。ラフール神父と話していた時も、変に煙に巻くような答え方だったし。その時は、アリューゼさんの意思だという風に言っていたけど――


 ――あぁ、そういうことか。


「両親はどちらも他界しているんです……。私が物心つく前に」

「…………! ごめんなさい、それじゃあ私、無神経なことを……」


 流石にこれにはアリエスも、しまったという表情をしていた。ハナさんとヒューゴも息を呑む。……アリューゼさんに血縁者はいない。頼れるものは教会しかない。身寄りのないまま一人で別の場所に移るなんて、無理難題もいいところだからだ。


「いえ、別にお気になさらないでも……。私自身、他に行くつもりなどないのですし、シスターとして生きていくことに疑問を持つことはありません。心配してくださって、本当にありがとう」


 何事もないように言う彼女だったが、アリエスはそれでも申し訳なさそうにしていた。そんな様子を見かねたのか、アリューゼさんは立ち上がりケープを脱いだ。


「それに、この翼で辛い思いはしていますけど……ちょっと近づいてください」

「すげぇ……」


 彼女が広げた翼は程々に大きい。少なくとも1メートル弱はあった。

 話によると、羽ばたいて飛ぶことも可能なのだと言う。


「この辺りなんですが、見えますか?」

「白い……羽根?」


 黒い羽根に覆われた中を、アリューゼさんに言われるままに少しかき分けてみると――そこには、小さな白い羽根が数枚生えていた。こうして近づいて、しっかり見ないといけないぐらい控えめなもので。


 ……それでも。真っ黒いなかにポツンと残された白い羽根は、一筋の希望の象徴のようにも思えた。


「きっと産んでくれたお母さんが、私に残したものだと思うんです」

「…………」


『だから私は、どれだけ辛いことがあっても耐えられます』と笑うアリューゼさんに、これ以上なんと声をかけていいのか分からなかった。






「なんだかなぁ……いやな感じだよな……」

「あんなにいい子なのにね……」


 アリューゼさんの小屋を出たころには、丁度良い時間になっていて。そのまま依頼を解決するため、話にあった村の住人が襲われた場所に向かっていた。


「木々が多くて、地図で想像していた以上に見通しが悪いな」


 村の周囲にある森とは少し、生えている植物も毛色が違って。森での木々が真っ直ぐで細い樹が群生していたのに対し、こちらでは太くて少し丸みを帯びた大樹がまばらに生えている感じだった。


 暗い部分と明るい部分が、まばらに、けれどはっきりと分かれていて。湿った植物の臭いと、温かい陽の匂いが混ざりあった空気の中を、ゆっくりと進んでいく。


「ハナちゃん、どう? 周りに怪しい人の気配とかする?」

「いいえ……怪しいどころか、人の気配も私達以外にはないです。魔物の気配は」


 屋外――特に植物のある場所では、チートじみたことも可能なのが妖精魔法の強みというところだろうか。『妖精=自然が具現化したもの』と学園で一応教えられたけども、これは実質、目の前にある草木全てがハナさんの手足や目となっている状況というわけで。


 地下工房だとか、下水道だとか、そういう場所では制限されていたけども、今では超高性能なレーダーとして大活躍中だった。攻撃はあまり乗り気じゃないまでも、探知も拘束も可能な万能さが輝いて見える。


 敵に回すと恐ろしい、味方にいるとこれほど頼りになる存在はないと、素直に感心する。戦闘で前に立つことはなくても、それぞれの役割で最大限に力を発揮しているし。自分たちの仲間として、信頼しているのは言うまでもない。


「ハナさんが見てくれている以上、突然襲われるなんてことはなさそうだけど……」

「――ちょっと待ってください」


「少し離れたところにある、山の麓の方で何人か動いているようです」


 山の麓に……? 洞窟かなにかを根城にしているのだろうか。


 野盗なんてことをしている以上、そこらの村に拠点を置くわけにはいかないだろうし、雨風を防ぐための場所としてはうってつけだ。


「それじゃあ、気づかれないように近づいて様子を……」


 見よう、と言い切る前にアリエスが全く関係ない方向を指さす。


「……ねぇ、あれ――」

「ん? どうしたんだよ、急に――」


 歯切れの悪く、不明瞭なことを言うなんて。アリエスにしては珍しい、と思っていたのだけれどそれは違った。彼女もなんと言っていいのか分からないんだ。


「人……?」


 アリエスが指した先には、幾つもの人影があった。

 今まで木の後ろにでも隠れていたのだろうか?


「え!? でも、こんな近くに人の反応は……」


 流石のハナさんも困惑している。妖精に嘘をつかれた、なんてことはないだろう。ということは、こいつらが妖精の目を欺いたと考えるのが普通だけれど……。

そんなこと、一般人にできるものなのか?


「みんな、気をつけろよ……」


 どの人も両手は脱力したように垂らしており、片足を引きずるようにして歩いている。身体は傷だらけ――というか、確実に致命傷とみられるような切り傷まであって、歩けるのが不思議なぐらいの状態。


 そもそも、表情に生気が一切感じられない。

 ……あれ。この特徴、なんだか聞いたことがあるぞ。


 なんとかウィルスだとか、アンなんとか社だとか、世界が終わるやつ……。


 いやいや、いる確率もそりゃゼロじゃないけど。

 もしかしてこれって、ゾ――


「……ゾンビぃ!?」

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