第百十九話 『結局、あんたらは』

「あぁ、あんた達が神父様の言っていた旅の一行だね」


 ――陽が落ちるまでには、まだ時間がある。


 ラフール神父と教会で別れ、拠点となる予定の宿屋へと向かった。――が、どうやら思ったとおりの辛気臭い村らしい。このグロッグラーンという場所は。


「部屋は、右端とその隣の二つだよ。……あと、ウチでは食事を出していないから、自分たちで何とかしなね」


 ――どうにも芳しくない、自分たちに対する店主夫婦の態度。

 言葉の端々に、なんだか棘があるようにも思える。


 今までいろいろな街を訪れて、宿屋で部屋を借りたことはあった。その中にも、愛想の悪い店主はそれなりにいたけども――これは少し毛色が違う。


「飯が出ねぇって……マジかよ……」


 泊まりだけ、という宿もあるにはある。

 けれども、カウンター奥にある調理場はどう説明するのだろうか?


 もしかして、自分たちに料理を出したくない理由でもあるんじゃないか。そう考えたところで、店主の顔には見覚えがあることに気がついた。


 ……アリューゼさんと女の子を助けた時、神父と共に現れた男たちのうちの一人だ。たしか、ラフール神父は『アリューゼは村人から恐れ、嫌われている』と言っていたけども、自分たちが仲良さそうにしていたのを見ていたからか?


「ふーん……。そういうこと……」

「……アリエスさん?」


 ……どうやらアリエスも、同じ考えに行き着いたらしい。


 馬鹿馬鹿しいとは思ったけれど、だからといって何かできるわけでもない。自分たち以外に宿泊客がいない以上、普段はそれでまかり通っていると言い張られても、確認のしようがない。


「まぁ、俺たちが金を出してるわけじゃないし、文句を言うのはよそう」


 ラフール神父にどういうことか話をすることもできるけど、それで今後動きにくくなっても面倒だしな……。


「――食材を買ってくれば、調理場ぐらいは使わせてもらえますよね?」

「あ、ああ……」


 そうと決まれば、食材の調達と情報収集だ。

 これ以上この場にいても、良いことはありはしないだろうし、眉をひそめた店主たちを尻目に宿を出ることにした。






「――って、この村! 酒場だけじゃなくて、店もねぇのかよ!」

「小さな村ですしね……」


 被害者に直接話しを聞きに行くんだから、酒場に行く予定はないんだがな?


 けれども、ヒューゴの言ったことも、決しておかしなことじゃない。

 店が無いということは、食料を買うこともできないというわけで。


「行商人が来るって行ってたよな……」

「いつ来るか分からないのに、そんなの待っていられないって」


 これだけ畑があるのだから、野菜の一つでも村人から譲ってもらえれば楽なんだけど。宿でのやり取りを考えるに、譲ってもらえるどころか、買うことすら難しいだろう。肉や魚なんて、もっての外である。


「自分たちで調達するしかないな」


 教会で野盗についての話をした時に、神父から地図を受け取っている。この辺り一体の地形が描かれた地図だ。村の周りには森があり、別の方角には川があった。狩ろうと思えば、動物も魚も狩れないこともない。


「野盗についての話を聞くのはどうするの?」

「仕方ない、二手に分かれよう。俺はもちろん情報収集の方だ」


 野盗の被害がこれから出るかも分からないし、並行して進めた方が無駄がなくていい。誰が何をするかのメンバー決めは、割とあっけなく決まった。


「それじゃあ、俺とアリエスで情報収集に回る」

「食材は私とヒューゴさんで採ってくればいいですね」


 自分が行けば川で魚ぐらい簡単に穫れるだろうけど、ヒューゴに情報収集を任せるのも忍びないし。まぁ、必然的にこういうチーム分けになるよな。


 とりあえず、ハナさんが食料調達ということは、木の実の方はまず確定なのは安心できる。……それだけで腹が膨らむのは勘弁してほしいけど。


「肉が食いてぇなあ、とびきりデカイの!」


「無茶するなよ……?」


 このタイミングで、野盗が出てくるとも限らない。……だからこそ、辺りの様子を窺えるハナさんと、万が一でも戦えるヒューゴで動いてもらうんだけども。


「美味しい木の実をたくさん集めてきますね!」


 今日の食事は、あまり期待してはいけないな、と。そう思った。






 そうして、別行動となり。自分はアリエスと共に、教えてもらっていた家を訪ねてみる。まだ明るい時間帯だけれど、外には誰も出ていなくて。入り口のドアをノックすると、恐る恐るといった様子で、薄く開けた隙間からこちらの様子を窺ってきた。


「俺たち旅の者なんですけど、野盗に襲われた時のことを聞きたくて――」

「……さっさと中に入ってくれ」


『……あれ?』とアリエスと顔を見合わせる。


 ゴネるようなら、神父の名前を出すつもりだったのだけれど――思っていたよりもあっさりと中へ通され、肩透かしを食らった気分だった。


 ――けれども、何の障害もなく進むなら、それに越したことはない。テーブルまで案内されたので、余計なことを言わずに神父からもらった地図を広げる。


「……俺が襲われたのはここだよ。山から降りたところだ」


 こちらが何か言う前に、襲われた場所を指し示した。

 これはこれで、なんだか気持ち悪い気もするけど……。


「襲ってきた亜人デミグランデの人数と種類は?」

「……人数は六人だった」


「――種類は?」

「……どいつもコイツも違う見た目をしてたんだ。そんなの分かるかよ」


 。よし。よし。

 ――内心ホッとした。良かった。


 黒猫の亜人デミグランデだけで組織されているなら、分からないワケがないし。……ただ、それが嘘を言っているとも限らない。用心深すぎるかもしれないけれども、事情が事情だ。


「……それは本当に?」

「疑っているのか? 話せることは正直に話したぞ」


「……すいませんね。なんだか、この村の人達には嫌われているようなので。宿屋の主人も嫌な顔をしていたし、嘘をつかれてもおかしくないと思ったんだ」


 目の前の彼も、協力的なように見えるのは表面上だけで、内側には何かしらの意図があるようにも見えなくない。こちらの村での扱いの悪さを話すと、男は『はぁ……』と溜め息を吐いてぽつぽつと話し始めた。


「……わざわざ訪ねてきたってことは、神父さまに聞いたんだろ。それで協力しなけりゃあ、俺が村での居場所が無くなっちまう。宿屋はまぁ……部屋を貸してやるだけで、やるべきことはやったって考えなんだろうさ」


 ――なるほど。


 どうやら、教会の――主に神父に対しての義理だとか、そういったものがあるらしい。教会が村の中心なのだから、そこからの命令は絶対とは言えなくても従う必要があるということか。


「なんでそこまで? 旅の者だからじゃない。……アリューゼを嫌っているから、彼女と話していた俺たちが気に食わないってことですか?」

「…………」


 アリューゼの名前を出した瞬間に、露骨に嫌な顔をした。


「……死神みてぇな女だよ、あいつは。見てみろ、あの黒い翼をよ。あれが凶兆じゃなくてなんだ? あいつがこの村で生まれてから、野盗の被害が酷くなった気さえしてくる」


 別に黒い翼にそんな影響力はないだろうに。

 男の無茶苦茶な言い草に、アリエスが『ねぇ!』と口を挟んだ。


「私が話をした限りでは、人に危害を加えるような子じゃなかったわ。凶兆なんて、全部思い込みでしょ。なんでそんな根拠のないことを言えるの? 相手はあなたよりも一回りも二回りも小さな女の子なのに」


 不機嫌そうに腕組みをして。椅子にふんぞり返って。

 男は不愉快そうに鼻を鳴らす。


 ――口調は荒く。そして早く。

 これまでに溜まっていた鬱憤を吐き出すようだった。


「あんな黒い翼を持ったやつが、神の使いなもんか! 神父さまはお優しいから、教会で保護すべきだって言ってるけどよ、村の住人は誰だって、さっさとどこかに行ってほしいと思っている。普通のヒトとは違う力を持っているんだからな」


 明確なまでの恐れだった。

 ヒトとは違う者が怖い。自分たちとは違う者が怖い。


「俺たちからすれば、寵愛者アンジール亜人デミグランデも大して変わらねぇ。同じようなもんさ」


 珍しい確率で生まれる、なんてことは関係ない。

 生まれ持って神告魔法に適正がある、なんてことも関係ない。

 結局の判断材料は、“違う”という一点のみ。


「野盗に襲われた時の話を詳しく聞きたいんだったな。常人離れした身体能力で、あっという間に取り囲まれてよ。わざわざ金を払って護衛を付けていたのに、一瞬でのされちまった。少し欲を出して、自分の足で金を稼ぎに行ったらこれだ。その日の売上を全部渡していなかったら、その場で殺されていたに違いねぇ」


 命が危うい状況に置かれた、というのは百歩譲って同情できる。

 しかし、それとアリューゼの件は別の話だ。


「俺達とは違う。いつ、何をしてくるか分からねぇ。たしかお前たちの中にも、亜人デミグランデが一人いたよな。耳の生えてる女が」

「なっ……」


 なんでそんな奴を連れているんだ、という口調だった。

 ハナさんが亜人デミグランデだからどうした。


 彼女ほど、人畜無害という言葉が似合うヒトもいない。普段の姿を知っている自分だから、温和なイメージを知っている。とか、そういうのを度外視しても、見境が無さすぎる。


「……結局、あんたらは“そこ”にしか目が行かないんだな」


 もはや呆れてしまうほどだった。

 哀れ過ぎて、言い返す気も起きてこない。


「聞いた話だと、どこかで貴族相手に商売していた男が野盗に襲われて殺されたとか……。このままじゃ、おちおち出かけることもできなくなる。神父さまから報酬が出るんだろ、俺だってこうやって協力してる。なぁ、さっさと解決してくれよ」


「言われなくとも、そのつもりです」


『さぁ、もう帰ってくれ』と、追い出されるような形で家を出る。

 最後に――男のうんざりしたような声が、背後から聞こえてきた。


「俺たちは静かに暮らせればそれでいいのに……ロクなものじゃねぇ」

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