第百十八話 『そうも簡単に変わらぬものなのか』

「――では、村へと案内します」

「はい。――……?」


「……アリューゼさん?」


 村の人に先導について行こうと歩き出したのだが、アリューズさんはそこから動こうとしない。教会に所属していると言っていたし、一緒に来るものだと思っていたのだけれど、そんな様子が微塵も無かった。


「アリューゼさんは来ないの?」

「……はい。私にはまだ家の仕事が残っていますので」


 アリエスが声を掛けるも、微笑みながら手を振る。

 その仕草が、どこか悲しそうで。


 ……村の住人の態度も関係しているのか。

 気にもとめずに入り口へと歩いていく彼らに、不信感が募っていく。


「――それじゃあ、また話そうね」


 メアリはまだ心配そうにこちらを振り返っていたが、村の男たちは極力彼女のことを見ようとしない。……いったい何をしたというのだろうか?


 決して人に危害を加えるようには見えない。けれど、本人もどこか納得している様子に、どうにも腑に落ちなかった。


「不便に思えるでしょうが、このあたりにも魔物が出てきますので。小さな村ですから、防衛手段にも乏しいのです」

「はぁ……」


 アリューゼさんの家から、塀に沿ってぐるりと歩いておよそ六、七分。

 延々と同じ様な景色が続いていた。


 確かに、この塀ならば余程の跳力を持っているか、空を飛ぶ魔物じゃないと入ってこれないだろう。村の者を守るための措置としては、なんらおかしいものじゃない。


「あの……神父さま、ですよね。この村の村長は……」

「この町は教会が中心となって管理しているようなものでして。私が代表として、いろいろと仕切らせて頂いています。とはいえ、殆どは形だけで。皆で話し合い決めることが大半ですが」


 実質、このラフール神父が村長のようなものらしい。

 教会の管理下に置かれた村か……。


「さぁ、グロッグラーンへようこそ。出迎えるための屋敷の一つもありませんが、なにとぞご容赦を」


 村の入口にあった門をくぐると、そこには塀で囲まれた小さな村の風景が広がっていた。これまで見た町のような華やかさは無く、人々は畑を耕すなどして生活しているらしい。大きな建物も、村の奥の小高い丘にある教会ぐらいだった。


 そして――教会脇にある大きな墓地が、とても印象的である。


「あの墓地、凄いな……」

「教会のある村じゃ、あれが普通だよ」


 へぇ……。

 今までそんな所で暮らしたことが無かったから、初耳だ。


「亡くなった人を教会で浄化するから、安心して埋葬できるんだしね。よっぽどのことがないと起きないらしいけど、大切な人が魔物になったりしたら嫌じゃない」


 ……死体って魔物になんのか。いわゆるゾンビってやつ?


 そういえば、よくファンタジーの世界で聞くアンデッド的なものを今まで見たことがない。強いていうなら、吸血鬼ぐらいだろうか。クロエに怒られそうだけど。


「……俺のところは火葬だな。やっぱり国の信仰が火の神様だからよ」


 風土による信仰とかでも、いろいろと勝手が違うのか。

 ……まぁ、どこの世界でもそうだよな。確かに。


 ――そうして話している間に、自分たちとラフール神父だけになって。

 促されるままに、教会の中へと通される。


「――――」


 内部は荘厳な空気に包まれていた。真っ直ぐに祭壇へと伸びる身廊には、高い天井の壁に備えられたステンドグラスから陽の光が降り注いでいる。


「……アリューゼさん以外のシスターさんもおられるんですね」


 長椅子に座っている何人かの住人と、それを相手する二人のシスター。


「えぇ、彼女たちには普段から教会内での諸々を任せております。裏へと案内しますので、こちらへどうぞ」


 教会といえば、正面から入って広がる聖堂部分しか見たことがなかったけど……、側廊の先には扉が備え付けられ、その先に進むと細い廊下が伸びていた。案外しっかりとした居住スペースが用意されているらしい。


「神父様たちは、こちらに住まわれているのですか?」

「シスターたちは村に家がありますので通う形ですが、私は教会で寝泊まりしております」


 アリューゼさん以外のシスターは村の中に……。

 やはり、彼女だけが“特別な扱い”を受けていた。

 彼女のことが野盗とは関係ないのだとしても、やっぱり気にはなる。


「救いを求める心には、昼夜など関係ありませんからね」


 彼らを受け入れるための扉は、常に開けておかなければならないと。ラフール神父は柔らかく笑いながら、応接室の扉を開いた。


「――さて、長旅でお疲れのことでしょう。飲み物ぐらいしか出すことができませんが、こちらでゆっくりと腰を落ち着けてください」


 石造りの教会――内壁は白塗りとなっていて。

 木製の長机に、それぞれ飲み物を入れたカップが並べられた。


「旅の道中に野盗に襲われていないようでよかったです。ここらでは野盗が出てきますので……。金品を盗まれたり、怪我を負わされる程度で済めば――」

「あの……そのことなんですが」


 ――どうやら教会に従事しているのは、このラフール神父と二人のシスター、

そして何故か村の外で、一人で暮らしているアリューゼぐらいか。恐らく神父が、学園長が言っていた依頼主で間違いないだろう。


「俺たち、ヨシュアの使いでこの村に来たんです」

「――そうでしたか」


 学園長の名を出したところで、なるほどと納得したような声を上げた。


「どうりで旅をするには少し若い方々だなと。いや、失礼しました。魔法学園に通っている魔法使いでしたら、実力を疑う者もいないでしょう。それならば、私としても協力を惜しみません。すぐに村の宿を手配しておきましょう――サフィアさん!」


 そう言って、シスターの一人を呼び出し、何やら申し付けるラフール神父。


「さて、それならば少しお時間を頂いてよろしいですか。住人が被害にあった野盗について、お話をしておきたいのですが」

「…………。もちろんです」


 他のメンバーにも一応確認をとってから、神父に話を促す。


「こんな世の中ですから、昔から野盗に襲われる等の報告は出ていたのです」


 どこにも野盗がいるようで、当然このグロッグラーンの村も例外ではなかった、というだけの話。剣と魔法の世界じゃあ、これが普通なんだろう。


 だからこそ、生き抜くためのすべを身に付けるために、魔法学園だってあるのだろうし。


「その都度に、依頼を出して退治をしてもらっていたのですが……」

「……ですが?」


 そこで言葉を濁すラフール神父。

 どうやら、今までの野盗とは少し事情が異なるらしい。


「今回は亜人デミグランデの野盗のようで……」

亜人デミグランデの……」


 ……いや、そんなまさか。


 亜人なんて世界中にごまんといる。亜人がまだ白い目で見られる地域があって、ヒトよりも亜人の方がそういった悪い噂を聞くこともある。事実として、一部ではそういう生活をしているのも知っている。だから、考えすぎだろうか。


 ……

 俺の育った森とは、まだだいぶ離れているし、そんな偶然があるわけもない。


「ちなみに、どんな亜人がいたとかは……」

「申し訳ありません、急いで依頼を出したこともあり、細かい情報については……」


 具体的な数はともかく、拠点も分からないとなると、何かあってからじゃないと動けない。……せめて、大体の場所さえ分かれば探しようがあるんだけど。


「まずは被害を受けた人に、直接話を聞かないと始まらないってことですね」

「そうなりますね……。申し訳ありません」


 謝罪を繰り返す神父。自分たちだって、別に責めているわけじゃない。

 ――となると、ここで野盗についての話は終わりか。


「あの……」

「はい?」


 アリエスもそれを察して、口を開く。


「彼女は教会に所属しているんですよね? 村の中ではなく、あそこの小屋に住んでいるのは何か理由があるんですか? それに、彼女の黒い羽根は……」

「……一つ一つ順番に答えていきましょう」


 全てが関係していることですから、と神父は居住まいを正して話し始める。


「――彼女は見ての通り、寵愛者アンジールです。この国で寵愛者アンジールが誕生した場合、教会に預けられるのがしきたりとなっています」


 寵愛者アンジールの翼は『神に祝福された子』の証とされており、神告魔法師ディーヴァとしての適正が高いとのこと。


 そのルールに沿ってアリューゼを教会で引取り、育てることになったのはいいものの、なぜか彼女にだけは他とは違う特徴が現れていた。――黒い翼だ。


「あのような黒い羽根を持っているがために、村では彼女のことを災厄の予兆だと恐れる者がおりまして……。この町で暮らしてゆくのに支障が出るため、一人で小屋に住むようにしているのです」


「そんな……酷いです……」


 黒い羽根を持っているだけで、『神に祝福された子』が『災厄の予兆』か。

 そんなことが許されるのか。事実として許されているんだろうけど。


「それなら、必ずシスターになる必要はないんじゃない? 誰がどう生きるのかなんて、個人の自由じゃない。ここじゃないどこかに、家族とひっそりと暮らすとか……」

「……彼女がそう希望していることですから、私にはどうすることもできません」


 アリエスの提案に、ラフール神父は悲しそうに首を振る。


 ここではない別の町で、正体を隠しながら暮らすのも難しいんだろう。


 あの大きさの翼だと、先程の戦闘の時のように、なにかの拍子に人目に触れてしまう可能性の方が高い。どの村でも、町でも。寵愛者アンジールというだけでも注目されてしまうし、迫害を受ける可能性はついて回るのだと神父は言う。


「ただでさえ、奇跡的な確率で生まれる寵愛者アンジールが、黒い翼を持って生まれてきたのです。本来なら、彼女たちは教会の本部へと送るべきなのですが……。前例が無いということもあり、それもできません」


 ――最悪の場合、教会全体が彼女を排斥対象として見る可能性もあると。


 教会という大きな組織を盾にしてしまえば、いつ彼女に直接危害を加えてくる者が現れるかもしれない。それが一番恐ろしいことなのだと、ラフール神父は続けた。


「例え寵愛者アンジールであろうと、その翼と魔法への適正以外は普通のヒトと何ら変わりません。村人たちには、他の者と変わらず接するように言い聞かせているのですが……。人の意識というのは、そうも簡単に変わらぬものなのかと、心を痛めているのです」


 どこから始まったのかも分からないような、そんな風習。……いや、風習と呼ぶことすらバカバカしい迷信のようなもの。『黒猫が目の前を横切ったら不吉』だとか、『夜にカラスが泣いたら不吉』だとか。そんなのと同じレベルのことで。


 だからといって駆除したり、迫害したりだとか。

 そこまでするような奴なんて、まずいるわけがない。


「……申し訳ありません、このような重い話をするつもりではなかったのですが」

「いえ、こちらこそすいません」


 空気がどん底まで重くなったためか、神父は立ち上がる。


「そろそろ宿の方も準備が終わったことでしょう」


 ……さて、問題の野盗に関してどう動こうか。


 まずは情報収集からだろうな……。気になることもあるし。

 それなりのノウハウは、ルルル先輩に教えてもらったけど。

 初動は早ければ早いほどいい。さっさと動くことにしよう。


「――野盗に襲われた人には、どこで話を聞けますか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る