第百十七話 『う、生まれつきなんです』
「へー! 教会なら私の町にもあったけど、同年代でシスターて子とは話したことないかも! いろいろ話とか聞きたいなぁ……別にいいよね? リーダー?」
「またこいつは……」
都合のいい時だけ、リーダーとか呼びやがって。
どうしようか、ここで事前に村の話を聞いておくか? どうせ村は見えてる、というか目と鼻の先だし。ハナさんとアリエスのおかげで、時間にもまだまだ余裕はある。
……まぁ、問題はないか。
向こうが良ければ、だけども。
「……大丈夫ですか?」
「えぇ、心配なさらずに。歓迎いたします」
『でしたら、中へどうぞ』と招かれ、目の前の小屋へとお邪魔させてもらう。
中は最低限の調度品だけが揃えられた、質素な
「すいません、椅子が足りなくて……」
「べ、別に大丈夫っすよ!」
「俺たちは立ってますから」
彼女から申し訳なさそうに差し出された椅子は三つ。ちょうど女性陣の数と同じだし、自分とヒューゴは立って話を聞くことにする。……そこまで長居するつもりもないし。
アリューゼさんはもう一度『すいません』と言い、腰に提げた剣を下ろして壁に立てかけた。武器を持っていない姿は、いかにも一般人といったふうだ。
……身長はアリエスよりも少し低いぐらい。また直ぐに外出する予定なのか、室内だけども羽織っていたケープは脱がないらしい。
「アリューゼさんって、
一種の魔法使いではあるけれど、信仰する神に違いがあるため学園では教えられない、というのは学園長が話していたな。保険医のファラ先生も
「いえ、私はまだ見習いです……。修行中の身ですので」
さらりと揺れた薄水色の髪の内側で、やさしく微笑む。
薄幸、儚げといった様子が第一印象だった。
アリューゼさんも遠慮しながら空いている席に腰を下ろして。
向かいに座るアリエスが、食いつき気味に質問を続ける。
「さっき、教会に従事しているって言ってたけど、そういうのって教会に泊まり込みじゃないのね。危なくないの?」
ついさっきまで通ってきたのだからよく分かるが、森の中には普通に魔物が生息していた。一概に必ずそうとは言えなくとも、教会の外に住むのは珍しいことじゃないと思う。
……けれど、村の外に一人だけ暮らしているというのは――どうなんだろうと、少し首を傾げてしまう。普通に考えておかしいだろう。どうして村の塀の“外”にいるんだ?
「私はその……見習いですけども、戦える力を持っていますから。たまに野盗も出たりしますし、森には魔物も多く棲んでいます。森から一番近いここで、村へと魔物が入り込まないように警戒しているのです」
「それでも、男の人だってみんな戦えないわけじゃないんでしょう? なんで、わざわざアリューゼさんが……」
「それは……少し事情がありまして―――」
アリューゼさんが困ったように眉を寄せながら答えようとした瞬間―――
「――きゃああぁぁ!!」
「――っ!?」
小さな女の子の悲鳴が、外でから聞こえた。
弾かれたように立ち上がるアリエス。自分とヒューゴも直ぐに武器を手に取った。ハナさんも――少し遅れて準備を整える。
「この声はっ!?」
「メアリっ!!」
知っている者の声だったのか、立てかけていた剣を取りアリューゼが飛び出す。
自分たちも追って外へと出ると――
「お……お姉ちゃんっ!」
――村の外壁に追い詰められるような形で、少女が魔物に囲まれていた。
ギザギザとした大きな角、光沢のある外殻。カブトムシのような見た目をしていて、大きさは人の顔よりも一回りほど。一匹だけならまだしも、八匹九匹といれば十分脅威であることに違いない。
今はまだ怪我をしていないようだけど、飛びかかられたら下手をすると致命傷も有りうるだろう。一刻を争う事態だった。
「ヴァン・イグノート・イン・ビード!」
「お願いします、妖精さんっ!!」
「殻が硬いっ……。まずはあの娘を助けるよ!」
アリエスも機石銃で魔物を弾いていく。俺も電撃を撃ちたいけども、女の子を巻き込みかねない。……あれ? みんな結構、遠距離攻撃を使いこなしてんだな?
バイクで一気に突っ込み、アリエスが子供を抱えて魔物の群れから飛び出した。自分も追うように魔物の群れへと突っ込み、直接魔力を叩きつける。
硬い殻で覆われていようが関係ない、飛んでいる所を殴りつけて魔力を打ち込んでやった。一匹、二匹と地面に叩きつけてやると、それから身動きしなくなった。どうやら、十分に通用するようだ。
あとは……少し不安だった左腕の方も、問題なさそうだった。流石はファラ先生印の秘薬。製造法が怪しすぎるけども、痛みも痒みも全く無い。そのまま、目の前に残った虫も始末したところで――
「アリューゼさんっ!?」
戦闘の
「はあっ――――!」
そのまま持っていた剣を横に薙ぎ魔物の身体を真っ二つにした。三体を寸分違わず、甲殻の隙間へと差し込むように刃を入れたのが自分には見えた。
しかし、タイミングがギリギリだったのか、戦闘の一匹の角がケープを留めていた紐を引っ掛けた。ぱさりとおちたケープの、その中に隠されていたのは――
「そ、その羽根――」
「
背中から生えている翼。アリエスの口から出た、アンジールという聞きなれない単語。どこかで聞いたこともある気がするけど――あぁ、一年の時に授業で聞いたのか。
ヒトの親から生まれる女性に、極めて稀に“発生する”種族。……遺伝では無く、人為的でもなく。突然変異で生まれたものだから、発生と表しているとか。
その最大の特徴は――背中に生えている一対の翼。けれど……
「黒い……羽根?」
それは本来の光り輝く翼とは程遠い、墨のように黒い色をした羽根だった。パタパタと動いているので、飾りというわけではないらしい。
自分たちの注目が集まってることから、いつの間にかケープが落ちていることに気づき、しまったという顔をするアリューゼ。
「アリューゼさん……」
「う、生まれつきなんです――」
そう言って、翼を隠すためにケープを拾おうとしたところで――
「メアリ――!」
「あれは……?」
遠くから複数の声が近づいてくる。武器を持っていることから、村の自警団かなにかだろうか。後ろの方にいるのは、服装から教会の関係者のように見えた。
「あぁ、悲鳴を聞いた者がいて慌てて出てきましたが……大事に至らずでなによりです。……メアリ。危険だから、一人で外に出てはダメだと言っただろうに」
周りの男たちよりも位が高い立場にいるのだろうか、道を開けられる形で前へと出てくる。茶色いひげを薄く生やした男性だった。四十代の後半、初老よりも少し前ぐらいか。
声をかけられたメアリは、アリエスのロアーから降りると神父の服の裾にしがみついた。面識があるということは、予想通りグロッグラーンの住民たちなのだろう。
「お姉ちゃんにお花を届けようと思って……」
「メアリ! “あの女”には近づくなと言っただろう! お前も――メアリに何かあったらどうしてくれる!」
「――――っ」
男の怒気に、アリューゼは羽根を縮こまらせる。
その口調は、一人の少女に向けるにはあまりに敵意に満ちていた。どうしてだ? 彼女の話では、教会に所属しているんだろう。……村の住人として扱われていないのか?
「止めなさい、ジェノ。メアリを助けてもらったのでしょう」
「……申し訳ない。少し頭に血が昇っていたようだ」
「メアリは優しい子だね。渡してくれるかな?」
神父はメアリから花を受け取り、アリューゼさんの方へ歩み寄る。地面に落ちていたケープを拾ってから彼女へと被せ、花を差し出すその様子は――少し年は離れているものの父娘のようにも見えた。
「――怪我はないかね、アリューゼ」
「はい、この方々に協力していただいたので。……メアリ、ありがとね」
そう言って、花を受け取った。メアリへと礼を言いながら微笑みを向けるも、ジェノと呼ばれていた男性が、彼女の視線を遮るように少女を後ろへとやった。……なぜこうも、彼女は嫌われているのだろうか。
そして――神父がこちらに向き直る。
「……さて、あなた方には感謝してもしきれない。グロッグラーンに御用と見受けましたが――。私はラフールと申します、村を案内をいたしましょう」
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