第九十六話 『あーてぃふぁくと?』

 取り出された机は、ほんの数センチぐらいの高さしかない小さなもので。その両方に、えんじ色のクッションのようなものが置かれていた。


「それじゃあ、片方の机にその宝石を置いてくれるかな?」


 学園長から言われ、取り出した木の箱。その中からサッカーボールより少し小さいぐらいの、紫色をした宝石の原石を取り出すと、学園長が『ほぅ……』と小さく感嘆の息を漏らした。


「これはこれは……。なるほど、りっぱな宝石だ。これならば、僕の倉庫に入っていても不思議ではない。“これ”を使うにも十分に値するよ」


 うんうんと自慢げに頷いていたのは、ルルル先輩である。……まぁ、先輩の家から貰った物だから、嬉しそうにするのもわからなくはないけど。


「……置きました」

「よろしい。こちら側に集まって、少し下がっていたまえ」


 アリエスに片方の机へ宝石を置かせたあとは、向かい合うようにした奥側に、空の状態の机を置く。そして、その間を遮るように、鏡面の側がこちらへ向くように鏡を置いた。


 鏡には、手前の机の上に置かれた宝石がバッチリと映っている。

 この配置だと、ちょうど手前の机の像が、奥の空の机に重なっている形。


「…………」


 ……あれ? なんだか、不安になってきたぞ?

 思っていたよりも、粗いというか、安っぽいというか……。


 そんな自分の予感をよそに、学園長が鏡の上に手をおくと――


「鏡が光ってます……」

「決定的瞬間っ!」


 淡い青みのかかった光が、鏡全体を包んだ。


 ルルル先輩がパシャパシャと写真を撮ってはいるものの、見た目としては、それ以外の変化は特にない。自分以外の全員が期待に満ちた視線でそれを眺めているのを、どうにも冷めた目で見ざるを得ない。


「それでは、この鏡を外します」

「…………」


 そして、何もないままに光が収まって。学園長が鏡を取り外すと――向こう側にあった空の机の上に、そっくりそのまま、こちらの机の上にある物と同じ宝石が置かれていた。


『おぉっ!!』と一同から声が上がる。


 ……手品かっ!!

 思わず、そう突っ込まずにはいられなかった。


「なんでも複製できるんです!?」

「等身大で鏡に全部映る大きさだったら、なんでもね」


「魔法具すげぇな……」


 制限はあるのだとしても、文字通りなんでもアリである。

 流石は学園長のコレクションってことか……。


 ヒューゴが、アリエスの抱えた二つの宝石を見て、唖然としていた。


 アリエスの方はというと、ちらりとルルル先輩の方を見て。その視線に気づいた先輩は言葉を発さず静かに頷いてウインクした。


『宝石が二つになったけど、これは先輩に片方返した方がいいんじゃない?』

『いやいや、一度あげたものなんだから。気にせず使っちゃって』


 みたいなやりとりが交わされたのだろう。きっと。


「これがあったら、金なんてがっぽがっぽなんじゃね?」

「お前ぇ……」


 俗にまみれ過ぎだろう。いや、自分も考えなかったわけじゃないけど。


 それでも――こういった便利アイテムを悪事に使うと、何かしら酷いことが起きるのが相場なんだ。知ってるんだからな!


「はは……。そういった使い方をさせるわけには、いかないかな」


 そう苦笑しながら、机をごそごそと片付ける学園長。

 

「これ……どんな魔法なんですか?」とアリエスが尋ねると、まさかの『さぁ?』という返答が返ってきた。『さぁ?』ってなんだ、『さぁ?』って。


「この世の中には、原理の分かっていないものなんて星の数ほどあるものだよ。天才と呼ばれた者たちが、日夜研究を進めていても、ね。これも、その一つさ」


 そうして、自分のたちの目の前に鏡を持ってくる。

 

「こういうのは、俗に“アーティファクト”と呼ばれている」


「あーてぃふぁくと?」

「……アーティファクト」


 その単語は聞いたことがあるぞ。


 ロストテクノロジー。オーパーツ。そしてアーティファクト。

 これらは遠い昔の時代に作られた、特別な道具たちの総称。

 ……どれも、ゲームで見聞きした知識だけど。概ねこんなところ。


「そう。いずれも原理が分からないし、どこから発生したのかも分からない。宿っている魔法は、発動して初めて判明する。そして中には、“奇跡の力”と呼ばれるぐらいに強力なものもあってね。悪用すれば、いとも簡単に危険な結果を呼び込んでしまう代物なんだ」


 学園長の説明は、自分の知識とだいたい同じようなものだった。

 使用の条件については、ものによってまちまちらしい。


「この鏡は、複製するための魔力を外部から得ることはできない」

「……? それでは、学園長がいま使ったのは?」


「自然に内部に溜まっていくんだ。僕はその魔力を使用しただけだよ。けれど、期間が長く、せいぜい使えて一年に一度。やはり、なにかと扱いが難しいものばかりなのさ。わかったかい? ヒューゴ・オルランド君」


 少し強調した感じでヒューゴの名前を呼んだのは、先程のがっぽがっぽ発言があるからだろう。それに気づいたヒューゴは、『……スンマセンっした』と頭を下げる。


「でも同じ物が出せるなら、そりゃ奇跡だよな。すげーぜ!」

「……僕は、その呼び名はあまり好きじゃないのだけどね」


 …………? 呼び方なんて気にすることか?

 どこか引っかかったが、別に大した問題でもないだろうけども。


「別に隠すわけじゃないから言ってしまうけど――もともと、あの倉庫はそういった物を保管するためのものでね。いや、物質的には常に隠しているんだけど。何重にも防衛手段を張って、簡単には持ち出せないようになっている。君たちに見せたのも、あくまで表層の部分だったからね。生徒たちへの賞品用の、少し珍しくて、力の強い道具だけが置いている部屋さ」


 ちらっと見ただけでも『凄そうなものばかり』という印象だったのに、あれで表層と言ってしまう


「それでも、珍しいことには変わりがないから、この鏡で増やしてから渡すつもりだったんだけどね。……学生大会のときのキリカ君は、別の物を要求したから、特別に今回の賞品で使うことができたわけだけど」


 ――ありがとうキリカ!!


 自分も当初は石を割ろうと思ってはいたが、結果としてはこうして宝石が二つ。

 考えられる内では一番良い結果に終わったのだから、感謝するしかないだろう。


 そっと心の中で合掌。今度、なにか差し入れでも持っていこう。


「それじゃあ、アリエスちゃんを中心に並んで並んで! 一枚撮るよー!」


 というわけで、今日の用事はこれで全て終了。この写真は大会の優勝の記録として、【真実の羽根】の部屋に保存されるらしい。


 鏡を収めた学園長も入れて、五人が横一列に並ぶ。

 そうして、ルルル先輩に写真を撮ってもらい、解散となったのだった。

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