おまけ 競争意識と、プライドと。

 アリエスが第三ブロック、洞窟エリアに突入した瞬間から少しさかのぼって。



 ――湖の上は、餌を求めて飛び出してくる巨大魚によって死屍累々。開始前には数十人いた参加者も、第二ブロックから通過者が出た頃には十人あまりにまで減っていた。


 トト・ヴェルデ。ココ・ヴェルデ。アリエス・レネイト。

 今はこの三人がトップ争いをしている。


「残ったブロックはあと一つ……だったかな」


 そう呟いたのは――やむなく遠回りをしていたタミル・チュールだった。


 第一ブロックは森林エリア。乱雑に生えた木々を避けながら、効率的に進むための進路を即座に判断して動かなければならなかった。


 ヴェルデ家の二人は、ゴゥレムを巧みに操り難なく通過。アリエスもこれといった障害を受けることなく通過。


 タミルは途中“なにか”に絡まり、あわや脱落の危機だった。が、アリエスに助けられ――その後、直接木々を飛び移ることで後れを取り戻すことができた。


「湖の上を越えて――残りは洞窟……」


 第二ブロックは湖エリア。海と見紛みまごうほどに広大なその場所は、その深さも誰も知ることなく。巨大な魚系の魔物が数多く生息していた。


 岸で釣りをする程度ならば、それなりに食料や材料としてだったり使える魚が釣れ、娯楽として十分な場所なのだが――この時期は上を通過しただけで、たった今起きた惨状のようになる。


「……どーしよー!? 三人とも短い方を選ぶよね!?」


 湖の上のコースを選択して、無傷で通過することができた三人。

 現実を目の当たりにして、焦るタミル。


 その場その場で直感で行動するタイプの彼女が、普段使わない頭をフル回転させて考える。


「……このままじゃ、追いつけないほど引き離される」


 この状況を打破するには、どう動けばいいか。

 手持ちのカードをどう切れば、自分が勝つことができるのか。


「今の私に扱えるか分からないけど――」


 タミルに切り札が残されていないわけじゃない。

 しかしそれは、彼女自身でさえどうなるか判断しかねる程の代物だった。


「出し惜しみしておける状況じゃ……ないよね!」






「翼の形が変わっていく……?」


 レースの状況を映し出す機石装置リガートのスクリーンを見て、テイルが真っ先に変化に気づいた。


「タミル……」

「おやおや。


 続けて気づいたのは、【黄金の夜明け】のキリカとニハルで。テイルたちに気づいた二人は、一緒に応援を、とわざわざ移動してきたのである。


 コウモリのような薄い被膜を張ってた翼は、徐々に外側に鱗の並んだ骨ばったものへと変化していく。それは風を切るのではなく――力強く空気を掴み、身体を前へ前へと押し出していくためのものだった。


「あれって……」

「ドラゴンの翼――?」


 異世界から転生してきたテイルにとっては、むしろファンタジー世界といえばドラゴンである。その存在は、ある意味なじみ深い。


「……あれ?」


 そう言っても過言ではないものであるにも関わらず――テイルはまだ、一度たりとも生のドラゴンを見たことがなかった。


「……今の時代では、まず見かけることはありません」


 その事実を今になって疑問に思っていたテイルに向けてではないが、『伝説ですからね』とニハルはぽつりと呟いた。かつて存在していたものの、今となってはどこにも姿を見せた記録はないと。


「二百年前、三百年前までは普通にいたらしいですがね。時代によっては、空の支配者と呼ばれていた時期もあっただとか」


 過去の文献には確かに書かれている。それは個人の妄想の産物などではなく、共通の記録として残されているもので。時には生態などについても残されていた。牙や翼などが、極稀に形を残した状態で見つかることからも、その存在は確かなものとされていた。


「歴史の流れによって、姿を消していったとされているドラゴン――彼女はその、半ば伝説とされている生物の血を飲んだことがあるそうですよ」


 他人の秘密ということで、ニハルはそこまで詳しく説明しなかったが、タミルの魔法にも条件があった。


 『その魔物の心臓を食らう』か、数段扱える力は落ちるが『その魔物の血を飲む』の二択。しかし【黄金の夜明け】で自己紹介した彼女は、全く身に覚えがないと言った。


 なんとなくこの学園へと入ってきて、魔物の力を扱う魔法を教えられて。

 そこでドラゴンの力が垣間見えたのは、完全に偶然だったらしい。


 いつ、どのような経緯で、血を飲んだのか。


 学園を出た後は、その血の記憶を辿るための旅に出る。それを実現させるためにも、実力をつけなければと、タミルは目標を持つようになった。


 ひょんなことから仲が良くなったキリカを通じて、【黄金の夜明け】に招かれてたのが彼女の学園でも顛末である。


 周囲の者の優秀な部分、ひたすらに努力する姿を見て、自身も後押しされたというのは、なにもアリエスに限ったことではなかった。


 ――それは、【黄金の夜明け】に所属するタミルも同じこと。同学年のアリエスが首位に絡んできたのを見たのも、彼女に決断させた大きな要因だった。


「私だって……勝ちたい!」


 その速度は、それまでの劣勢をひっくり返すほどに強烈で。

 同じ様に湖外周のコースを選択していた他の参加者をごぼう抜きにしていた。


「今のタミルでは、腕輪があっても最後まで持つか分かりませんが……」

「きっとタミルなら――」


 いつもキリカと一緒にいるために、周りからおまけ程度にしか認識されていない彼女でも。伊達に【黄金の夜明け】に所属しているわけじゃないと、知っている者もいる。


「そんなに凄いんだったら、湖の上もあっという間に飛び越えられそうなのになー」

「どうして回り道を選んだのでしょう……?」


「そ、それは――」


 ふと出てきた質問に、【黄金の夜明けに】先輩の三人が苦笑いする。


「それは?」

「……あの子、水が嫌いなんですよ」






「……完全に塞がれちゃったわね」


 崩れた入口の前で、ふわりふらりとその場で滞空飛行するトトとココ。


 決して狙ったわけではない。途中から、巨大魚の取り合いとなった際に、勢い余って糸が外れてしまったのである。


 最後のブロックの最短コースを進めるのは、これでアリエスだけ。


「先輩たち! お先に失礼しまっす!」


 更には後ろから猛追してきたタミルが、さっさと追い抜いて回り道コースへと入っていった。それを見たココが『はぁ……』とため息を吐く。


「私にも落ち度があったから、助けてあげたけど……そろそろ本気でいかないと駄目みたいね。――トト、あなたはどうするの?」


「……あぁ?」


「今の子にまで先にゴールされちゃったら、私たちのどちらかが上位三位から落ちちゃうけど」

「……別に表彰台になんて興味ない」


 賞品が出るのは一位のみだが、上位三位までは大会後に表彰台へと上がる。実際、ココ・ヴェルデは何位になろうと表彰台へは上がらないものの、四位でゴールしたという事実には変わりのないことである。


 誰かに競うつもりなど、最初から持ち合わせていない。

 本気で参加するつもりはなくとも、適当な結果で終わらせる気は無い。


 矛盾しているようで、決して違わない“誇りの血プライド”が二人にはあった。


「天才ゴゥレム使いの血に、泥を塗るの? あなたにも流れているんでしょう?」

「――笑わせないで。はっきりさせてやる」


 やるからには、勝たないと気が済まない。

 この学園の誰に対しても。その身体に流れている同じ血にさえも。


「私の方が優秀よ」


 ――そう呟いた二人の目に、真剣の色が帯びていた。

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