第九十三話 【ごめんね無理させて】

 ――洞窟の中はそこまで複雑じゃなかった。


 たまに大小様々の横穴が開いてたりして。間違って飛び込んだりしないよう、誘導用の明かりも灯っているし。迷って帰ってこれなくなる、という事態には、よっぽどのことがない限りならないと思う。


 あと気を付けないといけないのは、洞窟内での障害物。天井から床までまっすぐ伸びた柱は、左右に避けて。ツララみたいに伸びている鍾乳石に引っかからないよう、高度は上げすぎないように。


 思っていたよりも広い空間だし、速度も出せそうなんだけど――困ったことに、機石バイクロアーの調子がそこまで良くなかった。


「頼むよ、頼むよー。いい子だから、もう少しだけ保って」


 あんだけ岩がゴロゴロと落ちて来る中を、無理矢理に通り抜けた代償がこれだった。私自身が怪我をしても、気合で我慢できるけど――この子はそうはいかない。


 内申では焦りながら。おっかなびっくり、出力を上げていく。


「どんどん奥へと行くけど……。どれだけ進めば出口に出るんだろ」


 最初は『独走状態だよねっ!? やりぃ!』ぐらいにしか思っていなかった。……けど、たった一人でこの閉塞感の続く空間を飛び続けていると、ほんの少しだけ心細い。


 機石装置リガートで中を照らしているのが功を奏しているのか。湖のときみたいな、信じられないぐらい危険な魔物が出てこないだけ、まだマシなのかな。






 ――そうして。どれくらいの時間を飛び続けたのか。実際はそうでもないのだろうけど、丸一日飛び続けているんじゃないかってぐらいの疲労感。自身の感覚がおかしくなりそうだった頃に、やっと外の明かりが見えた。


「やっと出れたぁ!!」


 出口は流石に崩れていなかった。当たり前だけど。


 まず一番に気になるのは、レースの状況。前方遠くを窺ってみるけど、そこに誰かいる様子もない。ということは、私が先頭なのだろうか。回り道のコースではどうなっているのだろう、と見てみると――


「――っ。 ココさんとトト先輩……!」


 緑色の髪と、鳥型のゴゥレムが二セット。凄い速度でこちらへと迫ってくる。二人の他にあと一つ、もっとよく見て確認したかったけれど、そんな暇は無い。


 ――飛べ、飛べ、飛べ! もっと、もっと早く!!


 これでもわりと出していた方なんだけど、更にほんの少しだけ出力を上げる。さっきまでは少し揺れているぐらいだったのが、ガタガタと音を鳴らしての振動に変わり始めた。


 ……お願い、もう少しだけ!


 トト先輩も、ココさんも、あの調子だと完全に本気になっていた。

 喧嘩しながらじゃ優勝できないと、そう判断したのかな。

 ……焦り。きっとそう。私も同じものを感じている。


「――見えたぁっ!」


 まだ距離は遠い。でも、小さいけど確かに。

 あれは、自分たちがスタートしてきた場所だった。


 ぐるっと一周、自然区の中を回ってきて、その終点が近づいている。

 後ろからはグイグイと追ってきているに違いない。逃げないと、全力で。


「ごめんね無理させて……。でも、もう少しだけ頑張って――!」


 無理なのは十分に分かっている。部品の方が耐えられなくなる程の魔力の放出。いまこの場にじっちゃん先生がいたら、ゲンコツの一つでも落ちてくるに違いない。


 ……ごめん。ごめんね。まだ、私の無茶に付き合ってもらうから。

 この大会が終わったら、うんと大切に整備するから。だから――


 だから、この瞬間だけは、決して諦めないで。


「私は……負けるわけにはいかない!」


 腰のベルトに取り付けているホルダーから、工具を二本取り出す。いつも整備に使っている、部品と部品の間を繋ぐ魔力を遮らないように調整された、機石魔法師マシーナリー専用の工具。


 一見ヘラの様にも見えるけど、持ち手から先端にかけて特別な鉱石が付いていて、持ち主の魔力を伝えることができる。先の方が軽く曲がっているそれを――車体を覆う外殻と外殻の隙間にねじ込んだ。


 ……大丈夫、ここから先は直線一本。障害物も全く無い。


 内部を守る必要はもうないのだから、ここから先は防護用の外殻なんて重しにしかならない。


 ――工具にも過剰に魔力を流し込む。


 部品を繋いでいた魔力を、そのまま一思いに引き剥がした。まずは後方から。そこから一枚ずつ丁寧に、なおかつスピーディに。左右に一枚ずつ残して、それ以外の全ての外殻を順番に剥がしていく。


 落ちた部品は……先輩たちならきっと、避けてくれるはず。


「――はぁ……まだ、もうひと踏ん張り……」


 ドクン、ドクンと。心臓の鼓動だけが、脳内にこだまする。

 他の余計な音が消えて、極限まで集中を高める。

 私の頭の中だけ、時間の流れが違うかのようだった


 ……もう最低限浮いて、前へと進む推進力だけ得られればいい。そのために必要なのは、魔力を流し込むためのハンドルと、動力を伝えるための機石と経路バイパス。力が分散しないためには、


 ――限界まで解体する。


「――――っ」


 工具を持ったまま、車体の前方へと手をのばす。


 大丈夫。自身の身体の一部のように触れてきたものだ。

 幾度となく分解して、幾度となく組み立ててきたものだ。


 どこをどういじれば、外すことができるのか。

 なんだったら、目を瞑っていてもできる。


「くっ――」


 ガクンッと車体の前半分の高度が落ちた。ロアーを浮かせている二つの機石のうち、前のものを外したのだから当然だ。落ちた機石は、そのままその場に置いていかれる。


 このままじゃ、ずるずると高度が下がって、最後には地面に落ちてしまう。

 今の状態を最大限に活かせる形に変えないと。


 ――急いで、核の機石に片手をそえる。


「大丈夫。大丈夫……。これも本で何度も見た。後ろからの力の角度さえ調整すれば、いけるはず。……そんなに難しいことじゃない」


  まずは、羽根で風を掴むことが第一。


 リガートってのは、内側はぎっしり詰まっているけど、外殻との間は空間だらけ。その外殻がなぜ落ちないのかっていうと――機石から発せられている魔力で、外れないように部品をまとわせているからで。


 これから、その魔力を調整していく。

 ――もちろん、機石に書き込んでいる魔法式を直接書き換えて。


 まずは、外した部分に通すはずだった魔力は、全て切断。左右の刃を後ろへ向けて地面と水平に展開。少しずつ角度を調整して、ふわりと揚力を得る位置を掴んだ。


 飛空艇の翼となんら変わらない。小さい頃に憧れた物語の少女の様に、私も空を飛ぶことを夢見ている。機石という新しい技術が現れたからといって、その夢が薄れる理由にはなりはしない。夢のカタチは変わらない。


 ――飛べぇっ!


 ごっそりと部品を外して、ギリギリまで軽量化は済んでいる。

 あとは後部の機石の出力だけで、前へと押し進んでいかせてみせる。


 翼の位置、角度を維持する魔力だけを残して、残りを後部の機石に全て集約させた。ロアーの速度がグンっと上がる。悲鳴のような音が耳に入った。


 ……無理なのは分かっている。でもね――


「私だって、機石魔法師マシーナリーの端くれなんだから!!【知識の樹】の一員なんだから!! これぐらいはやってみせる!! じゃないと――」


 左手で後部の出力の方向を変えながら、右手では機石の魔法式を書き換え続ける。


「応援してくれたみんなに、合わせる顔がないじゃないの!!」


 この子を完成させることができたのも、頼れる仲間がいたからだ。

 これだけの後押しがあったのだ。信頼されていると分かったのだ。

『負けちゃった』と笑って済ませることなんてできない。


「アンタのことは、誰よりも分かっているから――」


 トト先輩とココさんが、左右に並んだのが分かった。あれだけ距離があったのに、もう追いつかれてしまった。持ちうる魔力の全てを注いで、最高速度で飛んでいるのに。今は並んでいても、このままではすぐに抜かされてしまう。


 ゴールはもう、目と鼻の先なのに――


「だから――……っ!」


 ……馬鹿だなぁ。本当に私ってのは、馬鹿なやつだ。

 今度こそ、自分の力で勝ちを掴み取るって言ったのに……。


 結局、


「もう少しだけ、気張んなさいよぉ!!」


 後先考えない魔力の放出。跳ねる車体を、強引に制御する。


 この身体がゴールに届けばいい。それさえ叶うのならば、このまま意識を失っても構わない。私の背中には、何人もの期待を背負っているのだから。なにがあったとしても、ここで負けるわけにはいかないのだ。


 魔力を流し続ける身体にも限界が来ていた。全身がきしんでいくのが分かる。これまで感じたことのない程の痛みが、身体の芯を走り抜けていく。


 痛い。痛いけど……。


「この腕が千切れたって――!」


 ――これが最後の最後。魔力を急激に失ったことからくる症状により、徐々に薄れ始める意識の中で――それでも、最後の一絞りの魔力を核の機石へと叩きつけた。


 回路の端々で、一層強く光がほとばしる。


 ほんの数秒――いや数瞬でもいい。ここで限界を超えないでどうする――!


 両腕の感覚が無くなりかけたその瞬間――車体の後ろ、視界の端で。

 まばゆい魔法光が目に入った気がした。

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