第八十六話 『もっとはっきり話さんかい!!』
「――学園長っ!」
駆け足で自分が訪れたのは、学園長室。
……ここに来たのは、いったい何度目だろうか。
この部屋の――ひいては学園の主であるヨシュア学園長が、『やぁ』と優雅に飲み物を口にしながら微笑んできた。
「そんなに慌ててどうかしたのかな?」
そこに威厳なんてものはなく。こちらとしても、用事を伝えやすいのはありがたいが、本当にこの人が山程いる魔法使いたちのトップでいいのだろうか。……いや、むしろ強さを秘めているが故の、この余裕の表情なのか。
兎にも角にも、要件を伝えなければ。
「あの……前に自分達が、廃棄された工房へ探索に行った時に持ち帰った資料――あれを見せてもらいたいのですけど……」
あの中に、
――そう考えてはいたけど、そもそも外からの依頼だったわけで。もしかしたら、既に学園に無いってこともあるんだよな……。
「それなら――解読も一緒に頼まれていてね。幾つかはとても古い言葉で書かれていたんで、キンジー先生に任せているよ。必要なのかい?」
「えぇ、ちょっと知りたいことがあって……。キンジー先生ですね」
キンジー先生というと、
「ふぅむ……きっと、今の時間なら在室しているだろう。訪ねてみるといいよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「あのー……キンジー先生? いますか?」
学園長室を出て、すぐに機石魔法科棟へと向かった。軽くノックをして声をかけてみるも、扉の向こうから返事が帰ってこない。
……どこかに出かけているのか?
学園長は『在室してる』って言っていたよな?
「あのー! 先生ー! 留守ですかー!」
留守だったら返事があるわけないんだけども。
ドンドンと扉を叩いてみると、ようやく中から声がした。
「今は手が離せん! 勝手に入ってくれ!」
「――うわっ!?」
言われた通り扉を開けると、ガリガリという騒音が耳を付いた。
どうやらなにかの作業中らしく、火花が四方に散っている。この騒音の中なら返事がなかったことにも頷ける。
「なんだぁ! さっさと話さんか!」
こちらを向くこともなく、大声を上げるキンジー先生。顔全体を覆うマスクをしていにも関わらず、騒音に阻まれることなく声が響いていた。
白髪交じりで、背の低い。それなのに、ガタイはしっかりしていて腕っぷしが強そうな、絵に書いたようなドワーフ族の老人。いかにも職人気質というような雰囲気を纏っていた。
しかし……きっと脇目もふらず手元に集中しているのはいいが、身長が作業台と合っていない。踏み台をいくつか重ねているので、見ているだけでハラハラする。
「俺たちが工房から持って帰った資料についてなんですけどー!」
「あー!? なんだぁ!? もっと、はっきりと、話さんかい!!」
……手を止めるとか、そういう選択肢はねぇのかな。
「俺たちが! 機石工房から! 持って帰った資料なんですけどー!!」
「あぁん!? 学園長からなにか渡されたやつかのぉ!? それがどうしたぁ!!」
二人して至近距離で大声を張り上げて、バカみたいだった。
まず、学園長の言っていたことが確かなのは分かった。のはいいけども、“なにか”扱いされてんぞ。いいのか学園長。
とりあえず確かめるべきは、目的のブツがあるかどうかである。
「それにロアーの資料って! 入ってませんでしたか!!」
「あるのはある! ――が、まだ解析中じゃあ!!」
――おいおい、渡されてからどんだけ経ってんだ。
「どれぐらいで終わりそうなんですかぁ!?」
「本気でやりゃあ、あと十日! いや、十五日はかかるぞい!!」
ちょっとまて、それだとスケジュール的にどうなんだ。
そこから修理が進んでも間に合うのか?
こちらとしては、できるだけ早めに用意してもらわないと困る。
「もう少し、早くならないですか!?」
「他にもやらねばならぬことが山積みなんじゃ! そればかりに時間を割くわけにもいかん!!」
「それなら俺に!! 手伝えることはないですか!! 依頼という形でっ!!」
「――――」
そこまで言ったところで、先生の手が止まった。と、同時に騒音も止んだのだが、指で耳に栓をしていたにも関わらず、まだ耳鳴りがしていた。
持っていた工具が置かれ、顔を覆っていたマスクが外される。ふっさりとした白いヒゲと、厳しそうな目つきが印象的だった。
「報酬は、数日中にロアーの情報を、ということでどうですか?」
ようやくまともに話ができる。よかった。さすがに喉の方が――
「見たところぉ!!
「大声出す必要ないだろぉ!?」
完全に油断していただろうが!
真正面から大声をかけられて、心臓が飛び出るかと思ったわ。
ちったぁ抑えろよ、元気かっ、この爺さん。
「もう少し、普通の音量で話してくれると嬉しいんですけど……」
「おっと、スマンな」
再び耳で栓をしてガードしながら注意すると、ようやく通常のボリュームで話をしてくれる。なんで、こんなところで苦労しなきゃならんのだろうか。
「……オッホン。見たところ、
「どうしても、その情報が必要なんです」
同じグループのメンバーであるアリエスが、スカイレース大会に出ようとしていること。解析を任されている資料が、自分達が工房から持ち帰ったものであること。忙しそうにしていて、人手が必要なのではないかということ。
こちらと向こうの損得を考えながら、慎重にここへ来た理由を説明をしていく。
「ふぅむ、そうかそうか。なるほど……」
一通り話したところで、先生はヒゲを撫でながら納得した様子を見せていた。
「依頼を受けたいというのなら、勝手にすりゃあええ。明日には必要なものを書き出しておくわい」
『用はそれで終わりか?』と訪ねられ、そこは素直に頷く。
「数日中には難しいかもしれんが、ちゃんと依頼をこなせりゃあ、相応に早い段階で資料を渡してやろう。原本を渡すわけにはいかんから、そこは許して欲しいがの」
――これは交渉成立、ということでいいのだろう。肝心の依頼についても、『必要なものを』と言っていたことだし、お使い程度のものだろう。そりゃあ
「いえ……。こちらこそ、無理を言って申し訳ないです。ありがとうございます」
深く頭を下げて、礼を言った。
「――ふぅ……」
とりあえず、これで首の皮一枚繋がるか……?
まだ、これで確実にうまくいくとは断言できない。キンジー先生の気が変わって、依頼を取り消すこともあるかもしれない。アリエスが仕様書を受け取ったとしても、修理が間に合わないかもしれない。懸念事項はまだまだ残っているけれど――それでもまだ、可能性は
ポジティブに考えれば、アリエスが独力で修理を終わらせる可能性だってあるんだしな! そこに仕様書があれば、もっと短い時間で済ませられるのかもしれないし、改良する余裕だってあるかもしれない。確実に助けにはなるはずだ。
そのためにも、まずは目の前に積まれている問題を、一つずつ片付けないと。
そう自分に言い聞かせて、【知識の樹】へと戻ろうとしたところで――
「明日の朝一に行けば――。……?」
――扉を開けたすぐ傍の廊下に、二つの人影があった。
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