第八十五話 『……進捗は?』『……ゼロぉ……』

 誰に対しても等しく、刻々とその針を進めていく。時間ってのは無情なものだなと、こうしてイベントが近くなるとどうしても思ってしまう。


 汗水垂らして修理に勤しんでいるアリエスも、決して例外じゃない。どれだけ頑張っていようと、期限は近づいているのである。


「んむむむむ……」


 一人で唸りながら、ひたすら分解したり、組み立てたり。


「いくら


 どういう役割なのかは分かっているが、どう動いているかがさっぱり分からない。確かこういうのを“ブラックボックス”と呼ぶんだったか。


 それがどうでもいいパーツだったらよかったのだが、どうやら起動に重要な部分らしく。限られたスペースの中に、複雑な機構がぎっしりと詰められているのだとか。幸いと言うべきか、その部分以外はまともに動くだろう、という見解らしい。


 ……兎にも角にも、それの修理が難航していて、同じものを一から創り出すこともできないといった具合。


 どうにか他のもので代用できないか、とアリエスが思考錯誤を繰り返しているのだけれども――そのスペースを大きくはみ出した上に、期待した挙動をしてくれないといった具合だった。


 真似して自作できるだけでも、相当凄い気がする。何かを改造したりするのと、ゼロから創造するのでは、大違いである。


「これで動けばいいんだけど……」

「お、修理完了か!? ハイハイ! 俺乗りたい!」


「はぁ……」


 ……絶対言うと思ってた。

 修理の様子を興味ありげに見ていたから、おかしいと思ってたんだ。


「アリエスのなんだから、一番に乗るのはアリエスだろ」

「いや、別にそういうのは気にしないんだけどさ……。いきなり乗るのは、ちょっとやめておいた方がいいかなぁって……」


 どこかにぶつけて壊したりしたら目も当てられない。


「いきなり全開にしなけりゃいいんだろ? いけるって!」


 魔力の調整とは縁のない妖精魔法師ウィスパーであることが、更に不安を駆り立てる。嫌な予感しかしねぇ。


「仕方ないなぁ……ホントに気をつけなよ?」


「えーっと……ここに魔力を流せばいいんだよな? それじゃあ、いくぞ――おぉっ!? っ!!」


 ヒューゴが機石バイクロアーにまたがり、魔力光が車体を照らした瞬間――その場で急上昇をしたのちに、天井へ激突した。


「ぐはっ……!」

「ヒューゴさん!?」


「わわわっ、気をつけて!」


 重々しい音を立ててロアーが落下する。ヒューゴも白目を剥きながら遅れて落下。なんというか、お決まりの展開だった。


 傍から見ていた自分としては、どこか故障していないかと冷や汗ものだったが、アリエスが言うにはまったく問題ないということだった。


 ……少なくとも、強度については安心だな、うん。


「出力の細かい調整がきいてないみたいだね……あはは……」


 ――といった状態で、修理は難航していた。






「……進展は?」

「……ゼロぉ……」


 ――更に五日後の朝。最近は寝る間も惜しんで修理に勤しんでいるのか、アリエスの目の下には、うっすらとクマができていた。


 ハナさんは自分よりも早く来ていたらしく、あぐらをかいてロアーをいじっているアリエスの横で、ポットからお茶を注いでいた。きっとアリエスの肩にかけられている毛布も、ハナさんが持って降りたのだろう。


「もう……アリエスさん。しっかり休まないと、頭も上手く働かないですよ」

「あはは、ごめんね。でも手は自然に動いてくれるから」


 きっと何度も繰り返したやりとりなのだろう。乾いた笑い声をアリエスが言うように、彼女の両手は視線とは全く関係無しに、どこかの部品を解体していた。


 その横では外殻部分を外されたロアーが置かれている。中の機構がむき出しになっており、これもまた、ぱっとみたところでどうなっているのか分からない。


 中心の機石を核として、それを魔力で動かしながら動力を各部位に伝達していくのだとは聞いているけども。


 隙間から覗くことのできた核の機石には、今は魔力が込められていないためか、光は灯っていなかった。


「……なんかさー。学生大会の時にあれだけ頑張ってるところ見ちゃったらさー。私にもなにかできたらなぁ、って思うじゃない。やっぱり」

「…………」


「準々決勝までだったけど、それでも凄いと思うよ、うん。私は一回戦で負けちゃったしさ」

「アリエスさん……」


 そう自嘲めいた笑いを零されると、こちらも戸惑ってしまう。


「優勝できなかったんだから同じことだろ。決勝戦なんて見ていて勝てる気もしなかったし……俺たちが凄いなんてこと、全然ないぞ」


 どちらかといえば、こうしてアリエスが作業をしていることの方が、よっぽど評価されるべきことだと思うのだが。原型がだいぶ残っていたとはいえ、何も見ていない状態でここまで修復できるのは凄いと思う。


「私が賭け事が好きなのもさ、理由はいろいろあるんだけど……。運に頼る部分があるわけじゃない。天命を信じて、結果を待つっていうかさ。本人の努力とは別のところから、結果が湧いてくるっていうかさ」


「……でも、今回ばっかりはそういうわけにもいかないじゃない? 。目の前でお手本見せられちゃってるんだから、やらなきゃいけないじゃない。ヴァレリア先輩に言われたとおり、本気でやらないといけない時なんだって思ったから」


 結局のところ、結果を出せる者なんて、『やるべきときにやれる奴』だけなのだ。決められた期間に、必要十分な時間と費やした奴だけ。やったけど結果が出なかった、というのはその必要な時間を見誤っただけのこと。もしくは、そもそもの期間が足りなかったのだろう。


 自分だって、大会で優勝するには何もかもが足りていなかった。きっと、この学園に来るまでに積み重ねてきたものが違う。いやいや家業を手伝わされてきた自分と、能動的に自己を高めてきたキリカたちとは。


 これまでの努力と、これからの努力。

 どうにかできるのは、どうあがいたって未来のことだけだ。


 アリエスはその点で見れば、まだ十分に可能性がある。授業に対してはそれほど真面目じゃないにしても、成績は悪くないみたいだし。こうして作業をしている中では、技術だって十分。あとは、何らかのきっかけさえあれば、という感じだった。


「私だって……。こんなんでも、機石魔法師マシーナリーの端くれだからさ。なんとかするから。絶対に」






『今がやるべき時なんだ』と燃えるアリエスの熱にあてられて、アリエスとハナさんを下に残し談話室へと戻る。相変わらずヴァレリア先輩はふらふらしているらしく、いつもの席に姿は見えなかった。


 さりとて、ソファに腰を下ろしたところで特にやることもなく。横になって、深呼吸をしながら天井を見上げる。考え事をするときは、精神を安定させて脳をフラットにするのが第一だ。


「…………」


 今回の大会については自分が参加することも無い以上、何かを頑張らないとという事柄が一切ない。他の選手への取材(という名の偵察)は、ルルル先輩がその手腕によってあっという間に終わらせてしまったし。


 それですることが、仲間が頑張っているのを横で見ているだけ。というのも、なんだかもどかしい気分だった。だからといって、『頑張れ』だなんて応援するのも違うよな。


 お茶を入れたり甘い物を用意したり、身の回りのケアなどは、ハナさんが殆どしている。ヒューゴはボディを磨くための材料やらを調達してきたって言ってたか。やっぱり【知識の樹】の仲間として。それ以前に、友達として。各々ができることでサポートしている。


 ……自分も何かできないか。


 正直、賞品についてはどうでもいいんだ。最悪の場合、今あるやつを割ればいいんだし。――ただ、アリエスがああも燃えているのだから、自分だってリーダーとして、友達としての努めを果たしてやりたい。


 材料や道具、精神面でのサポート。情報収集もたかが知れてるし……。


『せめて仕様書でもあればなぁ……』


「仕様書……仕様書……」


 そんなものが学園にあれば、既にアリエスが見ている筈である。学園の図書室に立ち寄って、ローザ女史に尋ねてみたけれど、どの本も“そんなものがある”という話だけで、細かい説明などは書いていなかった。


 ――かといって、どこに行けばそんなものが見つかるのだろうか。

 それこそ、|機石バイク≪ロアー≫を作ってた工房にでも行かないと……。


 ――――っ!


「……いや、もしかしたら――」


 もしかしたら、今のこの停滞した状況を打破できるのではないか。

 そう考えたら、自然と走りだしていた。

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