第七十四話 『……なんでお魚咥えて歩いてたの?』

「――さぁて、どこから回るかな」


 風は出ているものの、空は快晴。絶好の散歩日和である。

 これなら、気分良く探索もできそうだ。


 宿から出て少し出たところで、軽く朝食を取り――周りに人がいないことを確認したうえで、路地裏へと身を差し込む。人一人が通るのがやっとの道幅ではあったものの、猫の姿に変身すればだいぶ余裕のあるスペースだった。


 うろうろするのなら、こちらの方が注目されることも、警戒されることもないだろう。それに一番の利点は――


「――よっと。……っ」


 人の身では難しかろうと、猫の身体ならば足場はいくらでもあること。一足跳びに窓のさんからさんへ、さんから手すりへ、手すりから最後に屋根へ。その途中で、中から外を見ていた子供と目があった。


「この姿で降りる時は、独り言も気をつけないとな……」 


 やれやれと溜め息を吐いて、シャンブレーの街を見下ろす。


 山肌に沿うように建てられた建物の数々――そして、下の開けた部分にまばらに建つ屋敷。更にその先には青々とした海と、その境界線を示す白い砂浜が見える。


 街を訪れた時から潮風が鼻孔をくすぐっていたけれども、なるほど金持ちがここに住みたがるわけだ。悪くない。


 あれだけ複雑に入り組んでいた町並みが、今の自分の目には全く違ったものに見えている。これなら目的地まで一直線、行きたい所に行き放題。見えるもの全てが道だった。






「にしても――本当に迷路みたいな街だな」


 壁の上を通ってゴール!だなんて話を漫画で見たことがあるけれど、まんまそのような感じ。まぁ裏ワザとも言えなくはないが、猫というのは気楽でいい。


 人の姿であちこち移動しようとすると、どうしても回り道を強いられる場所もある。ということは、ルルル先輩と宿へ向かった時にひしひしと感じたことで。


 こうして視界の開けた状態で歩き回ってみると――なんともまぁ、下のエリアがよく見える。屋敷の偵察をした時にも思ったことだが、別に下まで降りなくてもいいんじゃないか? これ。


 今のうちに良さげな場所を見つければ、必要異常に周りを警戒する必要もなくなるだろうし。……これだけ入り組んでいるんだ。人の出入りの無い、向こうからはこちらが見えにくい場所なんて、一つや二つ見つかるだろう。


 遠からず、近からず……。ちょうどいい場所があればいいんだがなぁ。


 ――――。


 結論から先に言ってしまえば、歩き回ること三十分程度で見つかった。街の死角なんて探せば割と簡単に見つかるものである。


 建物と建物の間、細い通路の突き当りによさそうな場所が一つ。山肌から切り出したような場所で、下に降りる階段などはない。少し距離はある気もするけど、屋敷を見下ろせるまずまずの場所。


 ……うん、一応は周囲を警戒するけども、昼からはここを使えばいいだろう。人の立ち寄った形跡などはないし。海風が吹いているおかげで、多少音が出ても聞こえないだろうし。ここで決まりだ。






「…………」


 ひなたぼっこがてら、続けて偵察しながら数十分ほどその場にいたけど――なんともまぁ、全く人の動きがないもんだった。雇われた奴等は退屈で死にかけてるんじゃないだろうか。――とは思うのだけれど、向こうもプロ意識が高いのか、それとも報酬がそれなりのものなのか。ぐるぐると飽きもせずに回っていた。


 はぁ……。特に目立った収穫はナシ。

 まだ時間は余っているけど、そろそろ宿に戻るか。


 急いで戻る必要もないので、帰りは日光から隠れるようにして小道を歩く。しっかりと石畳を敷いていることもあり、足の裏も痛くないし、坂道にさえ目をつぶれば思っていた以上に悪くない街だった。


「……ん?」


「おーし、もう半分だぞー! 気合入れて押せぇ!」

「おめぇもちゃんと引け! 兄貴みたいな立派な料理人になるんだろ! いつまで経っても終わらねェぞ!!」


 坂道の大通りを人が往来していく。店の仕入れをしていたのだろうか。荷車には魚が山ほど積まれていた。流石に重量ギリギリなのか、一人が引いて二人が後ろから押す形である。


「ハァ……ハァ……あっ――!?」


 そのうちの一人、荷車を引いていた男の足が滑り転倒した。おいおい、こいつはマズいんじゃないのか。重力に引き摺られ、そのままずるりと荷車が下がっていき――


「――大丈夫ですか」

「――!? あ、ありがとう!」


 ……手を出してしまった。


 咄嗟に飛び出して、荷台の後ろ側を支えていた。もちろん、人の姿には戻っている。坂道の幅を独占している上に、荷台には山積みの魚介類、なかなかに腕にクるものがあったが――まだ速度が出ていないうちで助かった。


 肉体強化の魔法なんて使えないし。どちらにしろ、魔法使いであることを知られても、あまり褒められたことではない。……先輩には目立つなと言われていたけど、これぐらいなら許容の範囲内だろう。


「……手伝います。一緒に上まで押せばいいですか」

「あ、あぁ! 助かるよ!」


 それからは四人で坂の上まで荷車を運ぶ。自分が加わっても相当重たいのだけれど、よく三人でこの坂を登ろうと思ったものだ。


「危ないところを助かったよ。感謝してる」

「街の入り口で料理店を開いてるからよ、是非食いに来てくんな」


「あと、こいつを礼に――」






 一息ついてから歩いて戻り、宿の前。

 諸事情あって、猫の姿だったのだが――


「あ……」


 入り口から不意に出てきたのはルルル先輩である。てっきりどこかで情報収集でもしてるかと思っていたので、


「あーー!」


 こちらを指さして、大声を上げる先輩。


 なんだ!? なんだよ!!

 それに、人を指さすな。今は猫だけど。


 落とした魚と一緒に抱え上げられ、近くの裏路地へと連れ込まれる。そこでようやく人の姿に戻ったのだけれど、両肩をわっしと掴まれて――


「……なんでお魚咥えて歩いてたの?」


 作ったような笑顔が怖い。どうやら誤解されているようだった。


「あの……料理屋が仕入れた魚を運んでて……」


 ――かくかくしかじか。


 盗まれたと思われても不本意なので、朝に宿を出てから今までのことを簡単にだが説明する。といっても、殆どは散歩していたのだけれど。途中で、屋敷を見張るのにいい場所を見つけたことも合わせて言うと、少し驚いたような顔をした。


「目立たないように、って言ったのに、もう……」


 先輩の両手が自分の肩から離れ、今度は自身のこめかみを指でぐりぐりと押していた。……一応、嘘を吐いていると疑われてはいないらしい。少しほっとした。


「ま、人助けしたのなら仕方ないよね!」


 さっきとは打って変わって、カラッと笑顔になる先輩。きっと、あの時見捨てていたら、責めはしなくともガッカリしていたのだろう。先輩はそういう人だった。


「これ、今日の昼飯に出してもらいましょうか」


 通常なら食事は一種類、店主が作ったものを黙って食べるのみなのだが、食材を出せばそれを調理してくれる。


 そのつもりで持って帰ったのだが――流石に生魚片手に街中を歩くのも目立つので、猫の姿で魚を咥えたまま宿まで歩いてきたところで先輩と鉢合わせたのである。


 二人分にしては少ないだろうけど、それでも無いよりはマシだ。

 食事に一品増えれば誰だって嬉しいもの。こんな世界だから尚更である。


 先程の雰囲気とは打って変わって、先輩も上機嫌なように見えた。

 この切り替えの早さは、先輩の美点なのではなかろうか。


「それじゃあ、ご飯食べたら偵察に行こっか!」

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