第五十九話 『誰だって悔しいもんなんですよ』

「あの魔法、ここからじゃ分からないけど、もう発動してるんだよね? 直に受けた数少ない体験者がいるじゃない。とりあえず……餌食えじきになった感想は?」


「エ、エジキって……」


 もう少し言い方があんだろう? ちゃんと脱出したぞ、俺は。


 ――とはいっても、確かにこの中では自分しか食らったことはないわけで。いつの間にかこちらに集中していた仲間たちの視線。少し気まずくなって、『こほんっ』と軽く咳払いする。


「あの魔法陣の中にいる間、全身が重たくなって……俺がそうだったんですけど、地面に倒れている時に使われたら、腕を上げるのも精一杯です」

「へぇ~、そんな状態でよく抜け出せたねぇ」


『あんなの初めて見たんじゃ一瞬で詰んじゃうと思うのにさ、普通』と感心されたけども、こちらとしては『実は初めてじゃないんです』とは言いにくい。


 ……確かに、前世の記憶のおかげで『重力魔法!? マジかよ!?』と驚いただけで済んだのは事実だけどさ。


「テイル君との試合の様子を見ていた限りでは、使った本人もその影響下にあったようですね。まぁ、あと一歩といいますか。私がもし使うとしたら、自分の周囲を覆う防御魔法と同時併用するでしょうが」


「じゃないと相手より先に潰れるもんね」

「うるさいですよ、そこ」


 にはるん先輩曰く、一人で複数の魔法を同時に発動するのは難しいらしい。けれども方法が無いわけではなく、魔法陣一つで複数の効果を出力するようにすれば解決なんだとか。


 ……前提として、それだけ複雑な魔法陣を出すのも、その魔法陣を動かすだけの魔力を流すのも、並の才能では厳しいらしいのだけど。


「オホン。それはそうとして、グレナカート君は現状――術者本人に効果が及ぶのを覚悟の上で魔法を使わざるを得ません。……故に、自身の身体能力よりも低い者が相手の時にしか効果は薄い、というのが一番の難点でしょうかね。事実、今も……」


 にはるん先輩の考察の通り、リーオの一方的な攻勢に見えた。 


 ――グレナカートの剣技を児戯のようにあしらう棍捌こんさばき。虎の子の重力魔法でさえ、さして障害とすら感じていない程の身体能力。


 右へ左へと、重力が増してかかる領域の中で、リーオは棍を振り続けていた。ギリギリ視認しきれるものだったその速度は幾らか減衰しており、今では十分に目で追える程度にはなっている。


「刃と柄で構成されている剣と違い、持ち手の切り替えも自由自在。本来の突きの速度に伸び縮みも合わさって、さぞかし対処し辛いことでしょう」


 ――それでも、変幻自在の名の通り、間合いを掴みにくい伸縮する棍にはまさしく困惑しているのだけれど。


 身体の後ろへと回してから、右腕を軸に二回転。グレナカートが剣で受け、その反動をそのままに左へと回して鋭い一撃。剣が跳ね、体勢が崩れたところで、これでとどめと言わんばかりに大きく振り上げた。


「……甘いっ」


 ――このタイミングなら避けられる。


 絶好の隙と見たのだろうが、あの溜めの間に魔法を使えば――自分の分身なりとも使えば、戦況は大きく変わる。目の前でそっくりそのままコピーされて腹が立ったのも事実。あまりいい気分はしないけれども、自分がアレの立場だったら勝利を掴むために間違いなくそうする。


 だから当然、ここから逆転するものだと思っていた。


「避け……ない……!?」


 自分との試合の時のようにカウンターを狙ってわざと受けたのだろうか。いや、完全に防御しきれずにモロに食らっていた。観客の一部からは小さく悲鳴が上がっている。自分の頭の中では、『何故?』という疑問ばかりが渦巻いていた。


「あのタイミング……ボクでも迷わず回避に魔法を使っていたでしょう。手段をもっていないわけではない彼が、あそこでそのまま攻撃を受けたのは……きっとプライドが邪魔をしたのではないですかね」


「プライド……」


 俺との試合だったから俺の魔法を使ってみせただけで、それを他の試合で利用するのは嫌だったってことか?


「あくまでと、彼は認識しているのでしょう。その場で相手の魔法を利用したところまでは、許容できるギリギリの範囲だったと。ですが、ここであの魔法を使ってしまえば、それは『テイル君の力を借りて勝った』とも取れてしまう。それは彼としても面白くない」


「それって、勝つよりも優先させることなのかなー」

「そういうモンなんだロ」


 渾身の一撃をみまわれ、場内に広がっていた魔法陣が消える。再び剣を構え直したグレナカートが至近距離で火球を放つ。棍で払ったところを切りかかり、鍔迫り合いへと持ち込み、勢いよく弾き合った後、猛烈な乱打が繰り広げられていた。


「……いや、このままじゃジリ貧だろ」


 奥の手だった魔法が通用せず、結局は先程の展開の繰り返しになると思うのだが、にはるん先輩の方はグレナカートの様子を見て『ほう』と小さく声を上げる。


「まだここから策があるようですよ……!」


 自分を含め、他の全員が何を言っているのか理解できない。先輩にしか見えていない何かがあるのか。それを証明するかのように、グレナカートが攻勢に出始めていた。


「押している……?」


 ――グレナカートの剣圧が、徐々に増しているように見えた。下から受け止めるように棍で防いだリーオだが、ぎりぎりと少しずつだが押し込まれている。


「魔法陣の圧縮ぅ!?」


 そんなのできんの!? 俺、知らないんだけど!?


「少なくとも三学年になってからですからねぇ。そもそも、教えられて出来るものでもないですし、“こういうものがある”と話に出るだけです」


『もちろんボクはできますが』と自慢を忘れずに付け足すにはるん先輩。


「極限まで必要な部分以外を削って、なおかつ効果をそのままに。範囲は狭まるものの、それだけ制限された空間に込められた魔法は、本来の数倍の威力を発揮することでしょう。なおかつ、動く対象を狙うのは難しいでしょうが、自身の一部だけを魔法で強化するというのなら話は別です」


 にはるん先輩の話から察するに、あの場ではが数倍の重さを伴っているということで。その一点に凝縮された一撃により、リーオの持っている棍が真っ二つに折れて――


「……いや、違いますね」

「折られたんじゃないって……?」


 折れるように見えた瞬間、魔法光がほとばしっていたような……?

 となると、あれはリーオの意思で行ったことなのだろうか。


「今度はトンファーですか……」


 最初から別の武器を使っていたかのように、構えも何もかもがガラリと変わる。両の手の内には先輩の言ったように、持ち手のついた棒きれが一つずつ。


「な、何を目指してんだ……?」


 動きは先程よりもコンパクトになり、棍の時以上の速度で武器がクルクルと回転する。両腕の自由度が上がっているため、グレナカートからの、魔法によって鋭くなった剣筋も――真正面から受けるのではなく、流すように丁寧に捌いていた。


 その状態でいつ攻めに転じるのかと、一挙一動に集中しながら見ていた中で――


「上手いっ」


 持っているトンファーを一瞬で持ち替え、本来持ち手である部分を鉤爪のように使い剣を巻き込んでいた。そのまま腕をからめ捕るようにして、身体を捻りながら後ろに回り込み関節の制限を利用して腕を固める。


「――後ろに回った!?」

「何をしてるのか全然わかんねぇ!」


 一連の動作が早すぎて、自分でも辛うじて何をしているのか判別が付く程度。接近した状態で、同じように仕掛けられたら対処できるかは怪しい。


 この時点で腕を一本拘束されており、勝負は決まりかと思ったのだが――グレナカートがここにきてまだ動きを見せようとしていた。


「ここから先は何をしても悪手ですよっ……!」

「まさか――」


 不自然にグレナカートの身体が揺れる。音は届かなかったが、ゴキンと、嫌な音がしているような気がした。リーオが拘束を解き、グレンの身体は床へと崩れ落ちる。ざわめきが上がる観客席。自分達もその例に漏れず、それぞれが口元を手で覆ったり、腕組みを解いて目を見開いたりしていた。


「折りやがった……!?」

「うわぁ……いったそぅ……」

 

「……肩の関節を外しただけだナ」

「……俺にもそう見えた」


 ジード先輩の言葉に、自分も肯定の意を示す。ホッと息を吐くハナさんたち。


 この大会……わりと真剣な殺し合いと紙一重になってきた気がするんだが。魔物を相手にしていくならば、これぐらい慣れておかないといけないということだろうか。刺激が強すぎるだろうと感じてしまうのも、“前世”での常識だのを引きずっている証拠だった。


『――しょ、勝負あり! 準決勝、第四試合はリーオ・ガントの勝利!!』

『グレナカート選手はこの後すぐに、ファラ先生から治療を受けてください!』


 痛みに耐えている素振りを見せることなく、片腕で剣を拾い上げ、そのまま鞘へと収めるグレナカート。二人共観客の方を一瞥することもなく、そのまま背を向けてそれぞれの入場口へと向かっていく。


「あっ……そのまま退場するんだ……」


 ……グレナカートの後ろ姿が、ふらりふらりと力ないように見えたのは決して気の所為ではないだろう。


「あのグレンが……手も足も出なかった……」


 リーオ・ガント。同じ定理魔法科の一年生、それでもここまでの差があるのかと、驚きを隠せない。自分の更に高みにいるグレナカートを、こうも易々と下すのかと。


 魔法という魔法は使っていない。ただ、自分の武芸を高めるためにだけに、武器の生成という一点だけに割り振った、魔法使いにあるまじき魔法使い。


 グレナカートの剣技すらも児戯に見えるような。虎の子の重力魔法でさえ、さして障害とすら感じていないような。あらゆる技と言う技が通じない、まさに規格外とも言える存在だった。


「……化け物揃いかよ、どいつもこいつも」


 ここまで勝ち上がった組み合わせもあるとはいえ、準決勝の四人の内三人が定理魔法科、さらに言えばまだ一年生なのである。


 ――たまたま巡り合わせでこうなった、という部分もあるだろう。


 キリカ・ミーズィと当たらなければ、間違いなくにはるん先輩も入っていたのだろうし。ヴァレリア先輩だって途中で棄権していなければ、ここに名を連ねている可能性も十分にあった。


 けれども……これらの試合を見ると、どんな組み合わせだろうと『きっと自分がここまで勝ち上がってくるのは無理だろうな』と意識させられてしまう。自分にはまだ、足りないものだらけだった。


「準決勝でこれかぁ。決勝はもっと凄い殴り合いになるねぇ」

「ま、魔法は……?」


「……あれも“魔法”ですよ。どちらを主とするかは別としても。ボクとしては、認めたくはありませんけどね」


「とっても痛そうでした……。大丈夫なんでしょうか……」

「まぁ、ファラ先生が治してくれるし――っ!? 何の音!?」


 二人が試合場から入場口へと姿を消して数分後――グレナカートの方から『ドォンッ!』という壁を叩いたような鈍い音が鳴り響いた。誰も見ていないところで、怒りを、悔しさをぶつけたのだろうか。


「うわぁ……悔しがったりするんだね、坊っちゃんでも」


 驚きというか、疑問というか。どちらとも取れるような表情をして呟かれたフィーリ先輩の言葉に――自分を含め、大会に参加していた男子四人が居心地が悪そうに顔を見合わせ頷く。


「…………」

「アイツのことは好きじゃないけどよ……気持ちは分からないでもないぜ」


「ま、同じ男子だしナ」

「……? どういうこと?」


 かぶっていた三角帽子を更に深くかぶり直し、『やれやれ』とため息を付くにはるん先輩。その表情は見えなくとも、私にもそんな時期がありました、と言わんばかりにぽつりと呟いたのだった。


「……負ければ、誰だって悔しいもんなんですよ」

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