1-2-4 打ち上げ編 【余燼】

第六十二話 『打ち上げとかしたいと思わない?』

「戻りました――ってあれ、先輩いねぇの?」


『ちょっと用事があるから先に戻ってて』と言うアリエスと別れ、三人で【知識の樹】のグループ室へと戻ったのだが、中には誰もおらず。いつもどおりにソファに座りながらハナさんの振る舞うお茶を頂きながら待つも、一向に戻ってくる気配はない。


「帰ってこないですね……。先輩もアリエスさんも」

「何やってんだかな」

「先輩、やっぱ先に戻ってたんじゃないか?」


 待ちかねたヒューゴが、勢いよく立ち上がり例の“開かずの間”へと近づいていく。


「お、おい! 絶対に開けるなよ!」


 あれほど何かある毎にしつこく忠告していたのだ。開けたのがバレたら、それはもう恐ろしいことに……!


「な、なんだよ、そんなに慌てて……」


 慌てて止めに入ると、しぶしぶといった様子で伸ばした手を引っ込めるヒューゴ。そうして話し合った結果、ノックだけにしておくというところに収まった。


 ……もし中で寝てたら、それでも相応の罰はありそうだけど。


「……先輩? いるんですか?」


 ヒューゴが何度か扉を叩いてみても、中から反応が返ってくる様子はない。


「やっぱり、どちらかに出ているのでしょうか……」

「先輩……試合見ててくれてたよな?」

「きっとな。嘘を吐くような人じゃないし」


「みんな、おっまたせー!」


 扉の前でぐるりと輪になってうんうん唸る。そんな空気をぶち破るかのように、両手に大量の荷物を抱えたアリエスがグループ室に飛び込んできた。


「あれ? 先輩は?」

「たぶん、まだ戻ってきてない」


「あー……そっか……。うーん、まぁそのうち戻ってくるよね」


 テーブルの上に紙でできた袋が一つ、二つ、三つ、四つ。置いた時に倒れて、中身がこぼれだしたのだけれども、それも不透明な容器であり、実際何を持ってきたのか皆目見当が付かなかった。


「でさでさ、大会の打ち上げとかしたいと思わない?」

「……お、思わない」


 打ち上げ、という単語から概ね事情は察した。けれども、こちとら準々決勝で敗退した身である。祝勝会ならともかく、結果を出せなかった自分がワイワイと打ち上げをする気分にはなれなかった。


「甘い物食べたいとか思わない!?」

「思わない」


 というか、甘い物とかそこまで好きと言うほどでもないし。というよりも、小さい頃から甘い物を食えるような生活なんて送ってこなかったし。


「もう!『みんな頑張ったということで、打ち上げをしよう!』って言うつもりだったのに、なんなのその態度!」

「言ってる言ってる」


「簡単なお菓子だったらここの設備でも作れるし、材料がいいから味は問題ないだろうし。ここで作るのが一番だと判断しました!」


「食堂でよくないか?」

「早速キリカちゃんが占領してるから」


『だから急いで材料だけ貰ってきたんだからね!』と、自慢げに胸を張る。


 キリカのあの魔法を見たあとだと、まるでわんこそばの様に料理を平らげている姿が目に浮かぶ。次から次へと消えていく料理……。その間他の生徒はおあずけ状態か。……えげつねぇな。


 おそらく、近々禁止令とまではいかないが、いつかルールが決められることだろう。このままじゃ、学園の生徒の大半が餓死してしまう未来が来かねない。


「いや、別に今日じゃなくてもいいだろ」

「いーや、絶対にやるの! 鮮度が落ちるでしょ!」


「それにゲストも呼んでるんだから!」

「ゲストぉ……?」


 まさかこの一連のやりとりをしている間、ずっと外で立たせてたのか。


「こ、こほん……お邪魔しますわ」

「シエット・エーテレイン……!」


 ――と、その御付きのメイドが並んでグループ室へと入ってくる。


 試合の時から、いつの間に仲良くなったのかと思っていたけど……今度はなんのつもりなんだろうか。ヒューゴなんて身構えてるじゃねぇか。


「別にもう喧嘩もしてないんでしょ? なら、“ただのクラスメイト”ということでいいじゃない。互いの健闘を称えるにはもってこいでしょ」


「まさかグレナカートたちは……」

「いやぁ、それが誘ってみたんだけどね……?」


 誘ってみたのかよ。やめてくれ。


 黙っているシエットの代わりになるかの如く。アリエスの言葉を引き継ぐように、たしかルナと呼ばれていた水色の髪をしたメイドがおずおずと口を開く。


「あの……グレン様は『そんなことをしている暇はない』と、外へ訓練に出ていかれました。ムラサキ様とシーク様も共にされております」


「お前らは付いていかなくても良かったのか」

「わ、わたくし達は……」


 ……調子が悪いのだろうか。初めて会ったときこそ、ヒューゴに対して敵意があったこともあり、手のつけられないお嬢様というのが第一印象だったが――今では覇気がなく、連れてこられた猫のように遠慮気味に肩を縮こませていた。


 続く言葉が出てこないでいたシエットを庇うように、アリエスが間に割り込んでくる。


「私が無理に誘っちゃったから、ね? 材料はもう用意してあるから、これからお菓子を一緒に作ろうと思ってさ」


 話をしている間にいろいろと準備をしていたのか、丸い皿の上に生クリームを固めたような白いお菓子が綺麗に並べられていた。


「美味そう……もう、このまま食べてもいいんじゃねぇか?」

「ちょっと、まだ触らないでよ。生地は私たちの方で作っておくから、あとは果物の方を自然区の方に行って――」


「……別に一つぐらいならいいだろ?」

「絶対にダメー! 私の目が黒いうちは、指一本触れることは許さないからね!」


 微妙に腹がへり始めていることもあってか、よだれを垂らしかけているヒューゴに『みっともないことしない!』と注意が飛ぶ。自分はこうしてハナさんのお茶を飲んでいるだけでも十分いけるのだけども、ヒューゴは正常な判断力を失いかねないレベルらしい。


「なんだよ! 胸の小せぇヤツだな!」

「――――なっ!?」


「ぶふっ! ――ッ! ゲホッゲホッ!!」

「テイルさんっ!?」


 とんでもない発言が飛び出したせいで、お茶が気管に入ってむせた。


「ゲホッ……ヒューゴ……それを言うなら“懐が狭い”だ」

「……あれ。そうだったっけか?」


 言いたいことは分からないでもないが、アリエスが持っているモノがモノな為、変にクリーンヒットしてしまっていた。意図してそう言ったわけじゃないのだろうとは思う。なんせ馬鹿だから。


 アリエスもそこらへんを汲み取って見逃してくれると―― 


「さっさと行って来い!!」


 そんなことは全くなかった。飛んでくる工具から逃げるようにグループ室を飛びだした時に『……最低ですわね』と、シエットの声が聞こえた。






「……なんで……俺まで行かんにゃならんのだ……」

「ハァ……ちょっと……言い間違えた……ハァ……だけじゃねぇか……」


 途中で立ち止まれば良かったものを、そのまま自然区まで走って行きやがって。おかげで俺まで息切れしかかってるじゃねぇか。


「――さて、ナイフだけあれば十分か。ヒューゴ、森を燃やしちまったら大目玉どころじゃないんだから、迂闊に魔法使うんじゃねぇぞ。あとは――?」


 場所で言えば、自然区を少し入ったあたり。まだ学園の建物が見える程度しか離れておらず、ここではまだ目的の果物なんて見つからないだろう。……というより、なんで自分たちの大会の打ち上げに、自分たちが働かなくてはならないのだろう。


 そんな疑問が浮かばなくもないが……とにかく、魔物が生息しているあたりまで潜っていく必要があるのだし、戦闘には備えておかなければと。呼吸が整うのを待ちながら、持ち物の確認をしていると――頭上から声をかけられる。


「――間に合ったようですね」


 先程聞いた、少し気が弱そうな、それでいて落ち着いた女子生徒の声。シエットと共にグループ室へと訪れていたメイドの姿。背中から四枚――のだった。


「あんたは……シエットと一緒にいた――」

「ルナ・ミルドナットです。お嬢様に『ついて行くように』と言われましたので」


「お嬢様、ね……」


 同じような年頃でメイドになる経緯がよく分からないが、趣味でというわけでもないだろう。シエットの家については特に興味もないし――


「……スカートで空を飛ぶのはやめたほうがいいんじゃないのか」

「――――っ!!」


 バッとたなびくスカートの布を押さえつけて、急降下してくるルナ。


 服装はまんまメイド服。薄い水色の髪は肩まで伸びて、頭のてっぺんにはフリルのついたカチューシャ。胸元に小さいリポンのついたエプロンドレスを身に纏い、スカートは足首の上までの長さまであった。


 地上に降りてきたところで、ようやくその姿をまじまじと観察することができる。正直、飛んでる間は太陽を背にしているせいで、眩しくて直視できなかったんだよな。……別に覗こうとも思わないが。さっさと済ませて帰りたいんだこっちは。


「とりあえず、言われたものを見つけて帰るぞ。一時間ぐらいで戻れば、向こうも丁度いいぐらいになるだろ。……ルナだったな、今の間だけだがよろしく」


「…………」


 友好の意を示そうと手を出したのだが、向こうは握手に応じる気配もない。じっとこちらを睨みつけて、ただそこから動こうとしない。


「……なんだよ。悪いが、全然見えなかったし、謝りはしねぇぞ」


 スカートの中が見えかけたことを根に持ってんなら、お門違いって話なわけで。先に釘をさしたつもりだったのだが、違うと言わんばかりにルナは首を振る。


「……私はまだ、貴方たちのことを好ましく思っておりません」


 ――“まだ”? いったい、なんのことを言っているのだろうか。


「……そうかい。それはいいとして――」


 つかつかと、自分たちを置いて進もうとするルナ。まるで自分一人でも十分と言わんばかりだった。主人のためならば、これぐらいのことはできて当然ってことなのだろうか。……けれど――


「そっちは元来た道だ。目的地はあっち」


 開幕からこんなのでは、先行きが不安で仕方がなかった。

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