第五十話 『今日はお疲れ様でした』
「――さて、まずはこの場を収めないとですねぇ」
先輩が飛び出した後の会場は騒然としており、観客席もざわつく声一色に染まっているなかで――突然現れたのはなんと学園長だった。
「学園長……」
いったいどこから? というか、いつの間に?
「今の生徒については私が探しに行きます。もうすぐファラ先生も来ますので、ハルシュ・クロロは彼女に任せておきましょう。ローザ先生はこのまま大会の進行をお願いします」
「学園長、あの――」
そう声をかけようとすると、『任せておきなさい』と小さく応えて飛んでいってしまう。学園長ともなれば、空を飛ぶのもお茶の子さいさいらしい。
「はぁ……仕方ないね」
やれやれと肩を竦めながら、未だざわついている観客席を見渡すローザ先生。
「理由はともあれ、ハルシュ・クロロが“禁術”を用いたのは間違いない。反則負けだ。よって――勝者、テイル・ブロンクス!」
そう勝敗を告げても、ざわつきは収まることなく。誰も彼もが混乱したままに、試合が終わる。――いや、この試合が北会場では最後の試合だったはず。
「今日の試合はこれで全て終わりだよ! 全員解散! 勝ち残った者たちは、明日の試合の為にしっかり休みな!」
そこまで言ってようやく、観客がぱらぱらと退場し始める。自分も帰って休んで――と、その前に、グループ棟で先輩に聞きたいことが山程ある。そう思った矢先に呼び止められてしまった。
「……テイル・ブロンクス。あんたには、さっきの試合の状況を聞かないといけない。先にテントに戻っておきな」
「……はい」
――それから、二十分程度して。テントの中に集まった関係者と教師陣。ハルシュは奥の仕切りで囲まれた所にベッドに寝かされており、それに付きそう形でファラ先生が様子を診ている。
つまり目の前にいるのは、ローザ先生と、向こう側のテントにいたのであろう若い女性の先生。名前は知らない。そして――最後に戻って来た学園長、この三人。その隣に先輩の姿は無いのだった。
「さて、試合中なにか前兆のようなものがあったりしたかい?」
「前兆なんて――」
……途中まではなんの変哲もない試合だった。何かがきっかけとなり、ハルシュの懐にあった禁術の魔導書の一ページが発動して……凶悪な魔物が召喚された。さらには、あろうことか観客席からヴァレリア先輩が乱入してきて。何をしたかと思えば、魔物を焼き払ってその場から逃走したのである。
そんな感じの内容を、拙いながらも、要所要所を掻い摘みながら説明していく。
「……ヴァレリア?」
「彼女なら、先程私が話を聞いておいたからここに呼ぶ必要はないでしょう。同じグループに所属している彼を助ける為に飛び出したということですので。強力な魔法を使って消耗していましたので、先に帰しています」
一応、追いついて話をしていたらしい。が、連れてこなかったというのは――いくら“特待生”だとはいっても、無理のある処置なんじゃないだろうか。
それにしても……どこからどう見ても、あれは“助ける為に飛び出した”という感じじゃなかったのだけれど。
「……ハルシュ・クロロが目を覚ましたぞ」
奥からのっそりと顔を出すファラ先生。ようやくか、といった様子で学園長が。そしてそれに付いていく形で、全員がハルシュの寝ているベッドへと寄っていく。
「体調はどうかな。まだ少し身体が重たいだろうが、いくつか質問に答えてほしい」
「あ、あ、あ、あの……僕……」
キョドキョドとして、オドオドとして。試合前のような自信に溢れた面影は無く、今では普段どおりのハルシュに戻っていた。
「――君が持っていた魔導書の1ページ。あれは、この世界とは別の場所にいる魔物を呼び出す危険なものだ。俗に言う“禁術”、“禁書”と呼ばれるものだね。下手をすると、君自身の命が危なかった。あれは、どこで手に入れたものなんだい?」
「ぼ、僕は……試合中に初めて、服の中に入っていたのを知って……」
あの焦り方は演技でもなんでもなかっただろう。おまけに、一番危険に曝されたのは、他でもないハルシュ自身である。中身がどんな物かも知らずに使うような性格とも思えないし、事実を言っているのだと思いたい。
「では、他の誰かに入れられたと?」
「第一回戦の時に私が確認しましたが、その時には持っていなかった。それだけは確かです。仮に入れられたとして、誰にだとか何時だとか、心当たりはないの?」
「クラスの友達と食事をしたり、試合についての話を聞かれたり……知らない人からも沢山声をかけられて、誰が何時だなんて……」
そもそも一般の生徒が所持できるようなものではないらしく、その点からみれば犯人を絞ることは到底できそうにはない。となると、即座にできる対応というと、事前のチェック以外に他ならなかった。
「ふむ……明日の試合では、不審なものを持っていないか厳重に調べておく必要がありそうですね。残った八人の中にゴゥレム使いがいないのも幸いというべきでしょうか」
なんと大会はそのまま続行。これといって具体的な被害も出なかったからか。それとも、魔法学園というのはこういうものなのか。暗に楽観視しているのか。対応できる
「……どちらにしろ、イタズラにしては悪質すぎるがね」
「あ、やっと出てきた」
「おせーぞ!」
「テイルさんも、今日はお疲れ様でした」
アリエス、ヒューゴ、ハナさんの三人。先にグループ棟へと戻っているのかと思いきや、会場出口の外でずっと待っていたらしい。
「もちろん、先輩に話を聞きに行くんだよね?」
「当然だろ」
四人で試合の感想だったりを話しながら、グループ棟へと戻ると――
「ただいま戻りまし――うわっ!?」
「うへ……うへへへへへへ……」
机で寝ている怪しい物体。まず間違いなくヴァレリア先輩である。頭にすっぽりと袋を被っていて、少しホラーチックだった。
「……先輩? あ……大丈夫です?」
一瞬、『頭は』と付けそうになったが、なんとか押し留めた。大丈夫、わざわざ口に出さなくても、この人の頭が少々おかしいのは誰もが知っている。
「すぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁ……すぅぅぅぅぅぅぅ」
「あの!!」
「ふぇ……?」
ずるずると袋を脱いだ先輩は完全に出来上がっていて。視点もどこを見ているのか分からない様子で、あっちにふらふら、こっちにふらふら。
「やあやあ、みんなお疲れお疲れ……ふふふ……ふふふふ……」
いったい何がおかしいのだろう。なんでこんなにおかしいんだろう。ゆらりゆらりと身体を揺らし、いつも以上に酩酊状態。まともに話なんてできそうな感じじゃない。かと思いきや、肩肘突きながらこちらの方を見上げて。
「アリエス、まだまだ本気になれてないんじゃないか? 途中、少し力抜いてただろ? んー?」
「あ、あはは……」
「ヒューゴ、やればできるじゃないか。ちゃんと観てたぞー」
「うっす! ありがとうございまっす!」
「テイル、楽しんでるかー?」
「俺の時だけ雑すぎるだろ」
苦笑いするアリエスと、大喜びで飛び跳ねるヒューゴと。その様子を見ながらお茶を入れるハナさん。どうやら、まだ会話が成り立つ範囲らしい。
「ハナさん、お茶を一杯もらっても?」
「もちろんです、先輩。――どうぞ」
――いつも通りのヴァレリア先輩。これがつい先ほどまで大会に出ていたとは、にわかには信じがたいけれども……。
「謎の美少女魔法使いって何だったんですか」
「何だったって言い方はなんだ。とても傷つくじゃないか」
あっさりと本人であることが確認できた。
――最初、自分達に黙って大会に参加していたのは、真剣勝負で実力を見たいだとか、驚かせたいだとか、そんなところだろうと思っていた。……けれども、その後。自分の試合に割って入ったときの、あの鋭い雰囲気はなんだったのだろう。
「じゃあ……『ごめんな』ってのは?」
「……?」
あの場で声を聞いたのは自分のみ。他の三人が『なんの話だ』と疑問符を浮かべる中で、先輩の返答を待つ。俯き気味に、前髪に指を通すように。正面から前髪を掻き上げるような、そんな前段階の仕草のまま、先輩はポツリと呟いた。
「……んー、テイルともヒューゴとも当たりたかったんだけど、それができなくなったからなぁ」
「明日の試合を勝ち抜けば、当たるじゃないっすか」
ヒューゴの言うことに、アリエスもハナさんも頷く。けれども先輩は、両腕を組んで、椅子の背もたれに体重をかけるようにして座り直すと、それは駄目だと答えたのだった。
「いいや、私はここで自主謹慎だ。派手に動きすぎたってのもあるのかにゃあ」
「なんで!? 先輩、別に何も悪いことはしてないじゃない!」
そこは学園長と話をした結果の判断なのだろうか。顔や姿を隠して参加したのも、“特待生”として生活しているが故のものであるなら、確かにこの先も参加し続けることは難しいのだと頷ける。
「俺を助けに乱入してくれたから……ですか……」
「そこは学園長に言えばなんとか……!」
「――悪いな、二人とも」
正直、残念な気持ちが無いわけではない。できることなら、自分も先輩と戦ってみたかったのだ。練習などではなく、真剣に勝敗を賭けた試合の場で。それはヒューゴも同じのようで、今すぐにでも学園長室へと乗り込みかねない雰囲気だった。
そんな内心を察してか、ヴァレリア先輩は椅子から立ち上がると――
「まー、お詫びと言っちゃあなんだが? 軽く相手してやろうじゃないか」
大きく伸びをして、そう言ったのだった。
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