第四十八話 『案外、単純なことの方が』

「先輩……あんな格好でなにやってんだ?」


 ローブで身を覆い、兜で顔を隠してはいるが間違いない。いつも後ろで纏めていた髪が中でどうなってるのかは分からないが、印象的な赤色だけは兜からはみ出していた。


「あれで正体を隠してるつもりなんでしょうか……」


 自分の知っている形とは少し違う、面長の兜の中ではいったいどんな表情をしているのだろう。もしかして、秘密で参加して驚かせようとしていたのだろうか。


 ハナさんの言う通り、あれで自分たちにバレていないと思っているのだとしたら、相当なものだと思う。


「もしくは、他の人に正体を知られたくないかのどちらかだろうね」

「正体を……」


 それは、“特待生”という立場にいるからだろうか。むしろ、普段からのあの態度だと、誰だって顔を隠したくはなるものだろうけども。


「さて、とりあえず話を試合のことに戻すとして。炎の妖精魔法師ウィスパーに対して、水の妖精魔法師ウィスパーだ。妖精魔法師ウィスパー同士の戦いでは、相性が大きな要素を占めている、というのはヒューゴくんの試合で観た通りだよね?」


 ヒューゴシエット。確かに、あそこは炎によって場内を埋め尽くしていた氷をリセットしていなければ、逆転はとてもじゃないと無理だった。


 持っている魔力の量なども、もちろん無関係ではないのだろうけど――それでも属性の相性というのは決して無視することはできないのだと、ヤーン先輩は教えてくれる。


「炎と水……って、それじゃあ先輩が不利ってことです?」

「戦い方にも寄るのだろうけど、そう考えても間違いではないね」


「……相手のトーリス・エヴァンズってのは、どんな奴だったんだ? アリエス」


 午前の部でちょうど対戦相手だったアリエスならば、向こうがどんな戦い方をしていたのか、よく分かっているだろう。これまでヴァレリア先輩の魔法を観てきた上では、大概負けるようなことはないだろうけども、一応聞いておくに越したことはない。


「どんなって……水を弾みたいに撃ち出してきたり、広げて盾にしたり――あとは、大きな水玉で相手を包んで窒息させようとしたり……」


 見た目に寄らず、魔法の応用の幅を利かせているんだな……。


「って、窒息ってやばくないか。下手すると反則スレスレじゃねぇか」

「ねー。で、爆発で水を吹き飛ばそうとしたら、私自身が場外に飛んじゃって……」

「あの時はハラハラして見ていられませんでした……」


 けっこう冗談で済まない展開だったらしい。……で、そんなにヤバイ戦いだったのに、何事も無かった感じで俺らの試合を観に来てたのかよ。


「さてさて。この試合、どう見たものだろうね……」


「それでは、第十一試合始め!」

「どんな相手だったとしても、先輩は負けねぇ! 頑張れせんぱ――あ……?」


 試合開始が高らかと告げられ、トーリスが魔法陣を展開した時には――既にヴァレリア先輩の魔法が発動していた。足元に広がった、直径二メートル近くの魔法陣。立ち上る炎の柱。


 ――試合開始とほぼ同時。詠唱を行った様子もない。

 、魔法を使う一連の動作を終了していた。


はっえぇ……」


 速度は言わずもがな、威力も桁違いで。それこそ、にはるん先輩と同じかそれ以上だった。学生の枠に収まりきらない実力を持っているのは、三年の指導過程カリキュラムを終えて学園に残り続けている“研究生”故か、それともやっぱり例の“特待生”故なのか。


「――――。……勝負有り! 勝者……謎の美少女魔法使い!」


 それには監督役だったローザ先生も、少なからず驚いていたようで。(やはり少し嫌そうな色を含めたまま)第十一試合の勝者の名前を呼んだ。


「これはこれは……。君たちの先輩にも取材をしておかないと、後でアルルに怒られそうだ」

「私、先輩呼んでくるね!」


 全くの無傷だったし、そのままテントに戻ってないかもしれないと。勢いよく席を立ち、試合を終えた先輩を迎えにアリエスが走っていく。


「うちの先輩も、目立ちたいんだか目立ちたくないんだかよく分かんねぇな」


「試合が始まる前にも言ったけど――案外、これが一番効果的なんだと思うよ」

「どういうことです?」


「顔を隠すのは、人の記憶に残りづらくなる為に非常に有効といえる。まず人を見るときは、なによりも顔からだからね」


 それから、背格好、手、足へと細かい部分へと目がいくのだと、ヤーン先輩は続ける。


 前世での記憶を辿るとすれば――犯罪者を追うのに、似顔絵だとか、モンタージュだとか、顔の特徴を一番に聞くのはあまりに当たり前のことで。逆に、顔だけはしっかり隠すのはそういうことなんだろうなと、自然に納得していた。


「その人だけの特徴がそこにあるのなら、判別するための大きな要因となるのだろうけど――殆どの場合では、そんな断片的な情報から他の人と区別をすることなんてできない」


 結局のところ、自分たちも背の高さと髪の毛の色、炎の妖精魔法という情報で判断してるに過ぎない。


「案外、単純なことの方が真実を隠すのには向いているんだろうね」


 ……確かに。単純なことの方が、真実を隠すのには向いている。というのは、自分たちも実際に体験したことがある。“特待生”たちのいる区画への入り口が、魔法で隠されたものではなく、ただ大きな鏡で塞いでいただけだったことだ。


「あれだけスゲェんだから、印象に残りそうなものだけどな……」

「こういった大舞台だからね。一人の容姿よりも、試合の内容の方が頭に残ってしまうのは当然のこと。さっきのヒューゴ君の様に、熱い試合があれば尚の事、ね」


 高学年になればなるほど、自身の技が練られていく、磨かれていく。それは、これまでの試合を観た限りでは確実なことで。白熱した試合――互いの実力が拮抗しているのは、たいがい一年生同士の試合なのである。


「……おし。それじゃあ、そろそろ自分の試合も始まるので行ってきます」

「応援しているよ。頑張って、テイル君」


 試合がどのように運ぶか、なんてのは、十分な実力を身に付けてからでいい。まずは勝つことだけに集中しないと。そう半ば割り切って、試合会場へと向かう自分に――ヤーン先輩からの声が投げかけられた。






「あっれぇ……。やっぱり見つからないや」


 ――観客席から一旦階下に降り、試合会場へと入る廊下の中で、キョロキョロと見回すアリエスの姿があった。


「あ、テイル。先輩、そっちに行ってなかった?」

「いいや。……見つからなかったんだな」


 あの先輩も、見ていない所で何をしているか分からない節があるからなぁ。


「どこ行ったんだろ……」

「あの先輩のことだから、そそくさと観客席に戻って見てるんじゃないか?」


「んー、そうだよねぇ。これから試合だよね、頑張りなよ、リーダー!」

「あぁ、ヒューゴに続くから見ておけよ」


 そう言ってアリエスと別れ――テントへと向かいながら、次の試合について考える。相手はハルシュ・クロロ。第一回戦の試合を観た限りでは、決め手となっていたのは『対象を追い続ける火球魔法』と『術者と対象を入れ替える魔法』の二つ。


 火球については、分身した時にどうなるのか出たとこ勝負ではあるが、入れ替わりについては殆ど考える必要もないだろう。


 ――なぜなら、至近距離で位置を入れ替えたところで、殆ど意味を成さないからである。拳が当たる距離に入った時点で、こちらが有利なのは揺るがない。


 これについては、向こうも承知済みだろうから、奥の手を出すならそのタイミングになるのだろうか。……なんにせよ、警戒にしておくに越したことはない。


「――ゲホッ……!?」


 相変わらず煙てぇな……!

 

 いったい何本吸っていたのだろうか。保健室ではここまで酷くなかった気がするけど、今ではテント中の空気が煙たくて仕方ない。あてつけに地面に這いつくばっていようか。


「順調に勝ち進んでいるようでなにより。午前中の試合の傷も治っている、概ね良好、という所だろう。好きに楽しんできたまえ」


 ちらりとこちらの様子を確認すると、あとは机の上の本に視線を戻すファラ先生。午前中は生徒の情報を確認していたのだが、今ではただの読書に変わっていた。


 ……やる気が微塵も感じられねぇ。


 半ば呆れながら、テントから出る。準備は既に終わっているようで、すぐさま自分の名前が呼ばれて――


定理魔法科マギサ一年、テイル・ブロンクス。定理魔法科マギサ一年、ハルシュ・クロロ。二人とも、場内に」


 そこには、やる気満々なハルシュの姿があった。

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