第三十九話 『手加減なんてできないから』
――さて、どうしたもんだろう。
ヒューゴとの練習試合も欠かせないけども、そればっかりに時間を費やすわけにもいかないし。
同じ相手だと、その戦法に慣れ過ぎてしまう可能性もある。そもそも、連続で何試合もすると熱でダウンしてしまうから、あまりやりたくないというのが本音だった。
……他の人に声をかけるのもアリなんだが――
「やっぱりここは、ゴゥレムか……」
動かない人形相手じゃ不足なら、動く人形との練習に励めばいいじゃないかと。ここは剣と魔法の世界、ゴゥレムという最適のものがあるのだから。それに加減をしなくていいぶん、思いっきり動くこともできるだろうし。
「あとは……誰に声をかけるかが問題だな」
――――――――――――
……自分の知り合いでゴゥレム使いといえば?
トト・ヴェルデ先輩
ココ・ヴェルデさん
▹《特待生》クロエ・ツェテリア
――――――――――――
「……大会に出るから、私のところで練習するって?」
「頼れそうな人が、今のところ他にいなくてさ」
どの科の生徒も大会には参加できる。定理魔法科や妖精魔法科だけではない。魂使魔法科にも、機石魔法科にも、きっと優秀な生徒はいるだろう。
大会の試合形式が一対一とはいえ、ゴゥレムやリガートの使用は許可されているわけで。複数を相手にする戦い方も、ここで身に着けておくのも悪くはない。
……もしかしたら、ヴェルデ先輩も学生大会に参加するかもしれないし。その邪魔をするのも忍びない。《特待生》であるクロエならば、きっと参加することはないだろうから、練習に付き合ってもらうのも悪くはないんじゃないだろうか。
「なんでアンタの練習に私が――」
「頼むよ、先輩」
どっからどう見てもガキンチョなのだけれど、これでも自分より長くこの学園にいるらしいので、先輩と呼ぶのも間違いじゃないし。
「せ、先輩……?」
「おう、先輩だろ。一応」
当のクロエは、なんだか変に反応していた。
……もしかして、先輩って呼ばれることが今まで無かったとか?
「し、仕方ないわね。アンタの場合、《特待生》みたいなものだし? ここは先輩である私が面倒を見てあげようじゃない」
「……チョロイな」
「何か言った?」
「いいや、なんでも」
そんなテンプレ的なやりとりをしながら、『それじゃあ下に降りましょう』と言って部屋から出ていくクロエに付いていく。学園の裏側も入り組んではいるがちゃんと通路で繋がっているらしく、表に出ないままグネグネとした道を進んでいた。
「【百機兵団】の名は伊達じゃないってところ、見せてあげるわ」
「……そもそも、その呼び名って誰に付けられたんだ?」
「…………」
下へと続く階段(どうやら、チェス盤のある部屋へ繋がってるらしい)を降りながら、雑談混じりに話していたのだけれど――そこで急に沈黙しはじめるクロエ。
「――自称かよ……!」
「自称じゃないわよ。学園長に教えてもらった説明に沿って、自分で便宜上そう呼んでいるだけ。中には自分の持っている力がどういうものなのか、完全には把握できてない子もいるから」
私ように自身の力を把握して、使いこなせる方が珍しいのだと。クロエはそう呟いていた。
少し高いところにある椅子にどっかりと腰かけて、まるで指揮者のように両腕を上げるクロエ。……どうやら、準備万端らしい。
「百人組手、いってみましょうか」
どこかに収納スペースでもあるのだろうか。前に戦った時と同じように、部屋の上部にある窪みなどから、わらわらとゴゥレムが降ってくる。
「言っておくけど、手加減なんてできないから。大怪我しても怒らないでね?」
「上等……!」
一応ナイフは構えておくけど、それはあくまで切りつける為ではなく、向こうの攻撃をいなすため。激しい戦闘の中で、どれだけ今の魔法を使いこなすことができるのか――
「まずは一体から。それから徐々に数を増やしていくわ」
「最大で六体ってわけか」
一体目はギリギリ人型を保っているような、ボロボロの木人形。鎧を身に着けているわけでもなく、ごつごつとした大岩でもなく。端的に言ってしまえば雑魚ゴゥレムである。
「それじゃあ、始め!」
ただ――外見はボロだったとしても、そこは操ってる側の力量と言うべきか。油断していたわけじゃないが、想定していたよりもずっと早い速度で迫ってきたことに少し驚く。
「おぉっと!?」
「見た目通りだと思ってたら痛い目を見るわよ」
ここで出し惜しみする必要はないよな?
振るわれた腕を避け、そのまま胴体部に一撃――魔力を乗せた重たいやつをぶち込んでやる。こいつはカウンターの練習に丁度いい。
繊維が裂けながら折れるメリメリという音。軽々と吹き飛んでいくゴゥレム。やっぱり手加減ナシだと、インパクトの瞬間の感覚が全然違う。……それでもにはるん先輩やヴァレリア先輩の足元にも及ばないのだけれど。
「そりゃあ、お前が言うと説得力があるな……」
「へぇ……どういう意味かしら」
……なんで目がすわってんだ。
「それじゃあ、もう少し難易度を上げてみましょうか!」
前後に現れたのは、二体の騎士型ゴゥレム。細身の鎧を身に纏い、それぞれ一本の剣を携えて。トト先輩とココさんの戦いに乱入した時に使っていた、六体セットのゴゥレムのうちの二体である。
トト先輩やココさんのようにゴゥレムに名前は付けていないらしい。……一口に
「二戦目始め!」
「うおっ――!?」
本物の剣ではないとはいえ、マトモに喰らえば多少の怪我は覚悟しなければならない一撃を、なんとか飛び上がって回避する。
「急にレベル上げすぎだろ……!」
どうやら数あるゴゥレムの中でも、これが一番使い勝手がいいようで、動きのキレが全然違っていた。それが二体だってんで、実戦さながらの厳しさである。
容赦なく前後から襲ってくる剣のコンビネーションに、息をつく暇もない。挟まれているならば、逆に利用してやろうと片側の懐に入ったのだけれど――
「くっ……!?」
容赦なく剣を振り下ろし、密着している側のゴゥレムごと自分を叩き潰そうとしてくる。
振り下ろされる側の兜が衝撃に凹むも、クロエにとっては所詮道具に過ぎないためか、犠牲を
「お構いなしかよ!」
「人とゴゥレムを同じに考えてるようじゃ、まだまだね」
……まったく、愛着ってのがねぇのかコイツは!
剣が止まった一瞬を見逃さず、すかさず魔力の籠もった一撃を叩きつけて、まずは剣を振り下ろしてきた方のゴゥレムを叩き飛ばす。
さっきの木製のゴゥレムのように、木っ端微塵とはいかなくとも――鎧をバラバラにするぐらいの威力は出せていた。
「〈ブラス〉っ!」
残ったゴゥレムが攻撃した後の隙を狙ってくるが、透明化で――
「増えたっ!?」
……透明化できていなかった。やっぱりまだまだ未完成か。
突然のことに驚いたクロエが、近くにいた囮の方にゴゥレムを仕向ける。がら空きの背中に、思いっきりの一発。
「まぁ――」
――鎧が激しい音を立てて崩れたのを確認して、クロエの方へと向き直った。
「ゴゥレムだから、平気でぶっ飛ばせるんだけどな」
どやぁ。あくまでヒト型に対してだけども、撃てば崩れる一撃必殺の状態。こっちはいい具合に仕上がってるんじゃないだろうか。
「……いくらでもどうぞ? まだまだ――替えは沢山用意してあるんだからね」
こちらの息が上がっているにも関わらず、再びゴゥレムが二体踊り出てくる。……どうやら休ませてくれる気は全くないらしい。
「そうかい……!」
延々に続く、ゴゥレムとの組手。結局、“百人組手”とは言っていたものの――
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」
約一時間後、二十体ぐらいを相手にしたところで限界がきていた。
「なぁによ。だらしないったらありゃしない」
……ずっと戦いっぱなしだったんじゃないだろうか。こちらは体力も魔力も殆ど底をついているのに、向こうはまだ余裕を残しているようで。『ゴゥレムを操ること自体には、それほど魔力を必要としないから』と涼しい顔をしていた。
午前中はヒューゴとの練習試合と、魔法の訓練。そして日が落ちてからは、クロエのゴゥレムを相手にひたすら組手。そんな突貫メニューを続けて――
日付はあっという間に大会の前日となっていた。
普通の人型だけではなく、極端に大きなものや鳥型など――クロエのゴゥレムのバリエーションは様々で。確実に動きの幅が出てきたような気がする。
「……ありがとう、だいぶコツを掴めた気がするよ」
「別に。いいオモチャがあったから、遊んでただけだし」
やることはやったし、最後の日ぐらいゆっくり休むことにしよう。
「……頑張りなさいよ。格好の悪いところなんて見せないでね」
『別に見るつもりもないけど』と言うクロエに対して、苦笑いしていた。なんだかんだ言って、気にはしてくれているのだろう。
「――善処するよ」
……明日には、待ちに待った大舞台が控えてるのだから。
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