第三十四話 『これに一発ぶち込んでみ?』

「学生大会……です?」

「あー、言ってたねー」


 授業も終わり、食堂で駄弁りながら料理を頂く。今日は例の“攻めてる料理人”だったためか、テーブルには複雑怪奇な料理が並んでいた。


 ……麺類の具としてイカ(だと思う生物)の足を入れるのはいいんだけどさ。なんでメインの麺よりも具の方が多いんだよ。なんで麺より細いんだ。なんで麺より長いんだ。もうこれ、足がメインなんじゃないか?


「俺は絶対に参加するぜ! テイルも出るよな?」

「ん? あぁ……俺も、出なきゃいけない事情ができたし――」


「へぇ、出るんだ」

「うわ、出てきた!?」


 ハナさんとアリエスの間から、ひょっこりと頭を出してきたのは――誰かと思えば【真実の羽根】のアルル・ルード先輩(愛称、ルルル先輩)だった。


「先輩も参加するんですの?」

「んー、私はグループの活動を優先かな。大会の準備の方ね」


 ――そう言いながら、手帳でパタパタと扇ぐようにして。明らかに、その手帳に興味を持ってくださいと言わんばかりの態度だった。


「……その手帳、なんです?」

「ふっふっふー。気になる? これねぇ、【真実の羽根私たち】がかき集めてきた、参加するだろうって生徒の情報なんだけど――いくつか依頼もこなしてくれたし、大盤振る舞いしちゃおうかなーって!」


「……マジで? けっこう分厚くないっすか?」

「――それでも、二、三年生のデータが殆どだけどね。一年のもあるけど、そこは有名な子ぐらいかなぁ」


 ぱらぱらと捲られるページの一枚一枚に、名前などの情報が記されてあった。ニハル・ガナッシュのページなんて、デカデカと『取材済み!』と書いてたりして。……得意気に質問に答える先輩の姿がありありと浮かんでくる。


「好きな食べ物だとか、苦手なことだとか。あとは……

「…………!」


 一対一の模擬戦闘というルールの中では、そういう情報って結構重要なんじゃないのか……!? これさえ分かれば、にはるん先輩にだって――


「先輩……ありがとうございます! ――って」


 ページの半分ぐらいに渡って書かれていて。にはるん先輩に限っては、数が多すぎてなんの参考にもならない。


 薄々分かってたよ! ちくしょうめ!


 それでも、他の人ならばまだ希望があるんじゃないかと、後のページへどんどん捲っていく。“三年生”の項目だったのか、だんだんと“二年生”という名前も増えてきて。その中で見つけた、トト・ヴェルデという名前。


「へぇ……三体のゴゥレム……」

「二つはあの時見たやつだねー」


 “ルロワ”と“マクィナス”は、ココさんを学園へと連れて来た時に見たけど――残りの一体、“アルヴァロ”ってのもいるらしい。あの時ココさんが言っていた、虎の子の“スロヴニク”と同型なのだろうか。


 ざっと眺めてみたけど、知らない名前が大半。……まぁ、殆ど交流を持つこともないし、それが当然なんだけど。その中で、“一年生”のページにどこかで見たような名前が。


「……“リーオ・ガント”?」


 リーオ、リーオ……つい最近聞いたような気がするんだけど……。


「あぁ、定理魔法科マギサの子ね」


 ……クラスメイトだった。そこまで来て、そんな奴いたなと思い出す。


「テイルくんの方がよく知ってるんじゃない?」

「いや……全然」


 教室では自分とは逆方向の最後列に座っており、始終腕組みをして難しい顔をしている奴だった。人付き合いが嫌いなのか、他の人と話しているところなんて見たことがない(自分も人のことは言えないけど)。


「さっきから気になってたんですが……この88って書かれているのはなんです?」

「よくぞ気づいてくれました! これはねー、優勝予想を点数で表してるの」


「…………」


 にはるん先輩のページに戻ってみると95点だった。トト先輩は80点。パラパラと頭から終わりまで通して見ても、90点台は片手で数えるほど。全員が三年生である。つまり88点ともなれば、それに近い強さを有しているということで。


「一年で優勝候補って……どういうこと?」

「この子、得意な魔法が少し変わっていてね。魔法で武器を作って戦うタイプなのよ。身体能力だけで上級生をねじ伏せたのを、ヤーン先輩も見たって」


 魔法使いなのに超武闘派なのかよ……。


「上級生をねじ伏せるって、かなりの問題児なんじゃ……」

「いや、教室ではそんな感じはしなかったけど――」


 ……誰が裏で何してんのかなんて、分からねぇもんだなぁ。


「これぐらいなら、よく――はないけど、たまにあることだから」

「なんて学園だよっ!」


 闇討ち仕掛けて血を奪う吸血鬼だったり。

 廊下の窓という窓を割ったゴゥレム使いだったり。


 そこに頭の中では“New!!”とかいって『上級生をボコボコにする』という項目が追加された。ような気がした。


「ろくな奴がいねぇなぁ、もう!」


 もうちょっといい方向に驚くような内容がないのか、更に先のページを捲っていくのだけども。ここ


「学内での情報しか集まらないから、どうして空白であることが多いのは仕方ないことなんだけど――」


 同じ一年のページでも、キリカ・ミーズィのページは名前と好きなことぐらいしか載っていなくて。……つーか、“食べ歩き”ってなんだ。


「――この麺の存在を否定するかのようなイカ足がね、じつは麺の存在を最も必要としているわけだからね――」

「眼鏡! 眼鏡が曇ってるから、キリカ!」


「あ、いた」


 噂をすれば影というべきか。いま思えば、食堂でちょいちょい姿を見ていたような気がするけども。キリカ・ミーズィが美味しそうに料理を頬張っていて。


 ルルル先輩はその姿を見るなり――『私も応援してるから、頑張ってね!』と言い残して、キリカの取材へと向かったのだった。






「学内大会! そうかそうか……」


 食事を終えた自分たちは、グループ室へと戻って。いつものように気怠げにしている先輩に大会のことを話すと、『もうそんな時期だったか』と年寄りのようなことを言い始めた。


「先輩は参加したことないんです?」

「出ちゃうと優勝しちゃうからねぇ、あははは!」


 机をバンバンと叩いて大笑いしていた。何がおかしいんだ、というよりも今はハイになっている時だったらしい。


 そういえば、ヴァレリアの先輩の名前は無かったけど……。《特待生》だから、ということもあるのだろうか。なんせ、怪しいお香に依存しっぱなしの危ない人だからなぁ……。


「――で、テイルとヒューゴも参加するんだよね」

「アリエスさんは参加されないんです?」


「んー……私は……商品がお金だったら考えるかなぁ。“ロアー”の修理もあるし」

「もしかしたら、この中の誰かが優勝するかもしれませんね」


 小さく笑うハナさんに応えるかのように、ヒューゴが『そうと決まれば練習あるのみだぜ!』と意気揚々に練習場へと降りていく。


  ――そういや、この中の誰かと当たる可能性もあるんだよなぁ。


「……何か、練習用の人形みたいなのって、ないですかね」


 まぁ、その時はその時か。透明化についてはもう少し陣の形成に時間をかけるとして、教えて貰ったもう一つの魔法――例の魔力を通す打撃も練習しないと。


「そこらへんに投げてあるのがあるだろう。ほら」


 端に積んであったガラクタの山から、カンフー映画に出てきそうな木でできた人形を取り出す先輩。魔法で立たせるのかと思いきや、立て掛けて立たせておく台まで出してきた。


 ……なんでここで魔法じゃないんだ。


「とりあえず、これに一発ぶち込んでみ?」

「それじゃあ、お言葉に甘えて――」


 この技を教えてくれた時、にはるん先輩はなんと言っていただろうか。


「……叩きつけるんじゃなくて、通すように――ふっ!」


 拳をまっすぐに打ち込む。

 鈍い打撃音と同時に、手首からコキリと軽い音がする。


「~~~~っ!!」

「なぁにやってるんだかねぇ」


 やばい、手首痛めそう。


「ようは直接魔法を打ち込む感覚でやればいいんだろ……! 今度こそォっ!」


 初めて使った基礎魔法の時と同じ感覚で、タイミングを合わせてやってみるも、拳が当たったところで破裂音がしただけで、人形は吹っ飛ぶことはない。


 ……むしろ撃ち出した魔力が弾けた衝撃が、直に拳に当たって痛い。これじゃ、自分にリスクが大きすぎる。


「……ちくしょう。全然上手くいかねぇ」

「なるほどなるほど……」


 一通り見たはずだし、にはるん先輩にもらったメモにも目を通した。もやしっ子ってわけじゃないんだけどなぁ……。ただ、腕力なんて気にしたことなかったし……。


「んーふっふっふっ……。迷える子羊よ!」

「猫だよ!」


 思わず噛み付くようにツッコミを入れてしまった。


「ここはひとつだなぁ、先輩がお手本を見せてやろうじゃないか! ……いいか? よぉく見てろよー?」


 先輩が『ほっ!』という短い声と共に、素早く拳を出す。全く全力を出しているようにも見えないのに、当たった瞬間に重い音がして人形が吹っ飛び、部屋の奥の壁に叩きつけられた。


「――すげぇ」

「先輩まで……」


「あー……。いちいち拾い行かなきゃならないか……」


 ぶつくさ言いながら、練習場の奥まで人形と台を拾いに行っていた。確かに、魔法陣もなにも使わずに、ただ魔力を操るだけの技で。なにもにはるん先輩だけの専売特許というわけじゃないらしい。


 ……そんな技を軽々と使って見せた先輩は、戻ってくるなり『やれやれ』と首を鳴らしながら、なにやら魔法を使い始めた。


「ふっ飛ばして逐一取りにいくのも面倒だろう? 重くしておいたから」

「……重く?」


 見た目からは何かが変わったようには見えないけど……。


「ヒューゴよぅ。ちょっと試しに、金槌で思いっきり殴ってみ」

「……いいんすか?」


 こくりと頷く先輩を見て、槌を留め具から外し、大きく振りかぶる。


「――オラァ!」


 横薙ぎの、腕を引く力と遠心力が合わさった全力の一撃。それが人形の胴体に思いっきり叩きつけられ――ズンッというサンドバックを叩いたときのような重い音がした。……人形は微動だにしていない。


 ……マジかよ。前にレンガの壁ぐらいなら砕いてたよな?


「んふふふ……。魔法使いだからといって、肉体を疎かにしてたんじゃダメだからなぁ。なぁ、テイル。ちゃんと飯食ってるか? 運動もしないとダメだぞ?」


 実家のお父さんかよ。

 いや、まだ高校生だったし、一人暮らしもしたことないけどさ。


「ま、こいつで好きなだけ訓練するといい」


「先輩! 俺もその練習したいんで人形出していいっスか!」

「駄目だ。やめとけ」


 ――即答だった。残念そうに『ええぇぇぇ……』と不満を漏らすヒューゴに、先輩はやれやれといった様子でぽりぽりと頭を掻く。


「んー、なんというかだねぇ。妖精魔法師ウィスパーは、この技との相性が悪いからねぇ」


 妖精を介して魔法を使う妖精魔法師ウィスパーは、こういった“魔力を通す”という行動に少なからず慣れていないらしい。逆に、定理魔法師マギサは当然として、機石魔法師マシーナリーも同様の“魔力を通す”が基本となるため、やろうと思えばできるということだった。


「でも先輩はできてるじゃないですか」

「私は特別だからな」


 大概、そんなセリフを吐く奴に限って――と言いたいところだけど……。先輩は《特待生》だったはず。その“特別”の意味も、そのまんまなのだとしたら。


「特別……」

「特別暇してるから、身につけようと思えば、なんでも身に付けられーる!」


 ……暇しとるんかい。

 そんな積極性のある暇人、見たことも聞いたこともねぇよ。


「ヒューゴはその前にやることがあるだろう? 妖精魔法ってのは、“どれだけ力を貸してもらえるか”だ。もう少し、妖精と話し合う必要があるんじゃないのか? そこらへんはハナの方がよく分かってるだろうから、今日はいろいろと教えてもらえ」


「わ、私です……!?」

「おっしゃ! 教えろ! 今すぐにだ!」


 ヒューゴがハナさんを引っ張って、練習場の端へと連れていく。わりと真剣に、話を聞くつもりらしい。そして手の空いているアリエスはといえば――


「私はまだ参加するか微妙だからねー。“ロアー”も弄り足りない部分があるし」


 こちらも『横で眺めておくだけにしておくー』と隅に寄って、ごつい機石バイクロアーをカチャカチャ弄り始める。


 ……なんだ、この疎外感。


「――そんじゃ、私は寝るから」

「……?」


 そう言って人形に手を添え、先輩が最後にもう一発。

 魔力を込めた一撃で、人形を叩くと――


「ヒェッ!?」


 室内の空気が震えるほどの衝撃が広がった。

 自分だけではなく、その場に居た全員が目を見張っていた。


「……起こすなよー?」

「わ、分かりました!」


「こーれでもまだ、少し吹っ飛ぶかぁ。ま、重ねてかける必要もないかにゃあ。あと十日、どれだけ詰められるか見ものだねぇ……」


 ……ヴァレリア先輩は、そんなことを小さく呟きながら。

 グループ室へと戻る階段を、ゆっくりと上がっていったのだった。


 パンドラ・ガーデン学生大会。開催まで――


 ――あと、十日。

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