第十五話 『アンタが?嘘でしょう?』

「……なによ、それ」

「なにって、“チェス”の駒だよ。……この前のアレだけど、俺の知っているのとはだいぶ違ったから」


 ――白と黒、十六と十六。様々な形をした、三十二個の駒。あれからアリエスに事情を話して、わざわざ一セット作ってもらったのだ。


 この世界でもトランプやサイコロを使っての遊び(殆ど賭け事のようなもの)はあるけども、ボードゲームの類はないらしく。それならばと、なんとかそれっぽいものを用意してもらったのである。


「周りで遊べそうなのがいないからな。ちょっと相手してくれるか?」


 ヒューゴは言わずもがな、ハナさんもあまり好きそうな感じではなかったし。アリエスにいたっては『私は直感を信じる女だからさぁ』とかぬかしていた。


 もちろん、第一の目的はクロエに話を聞くこと。だけれども……いうなれば、前の世界のものに触れたかったというのも、少なからずあるかもしれない。


「アンタが戦えばいいじゃない。ちょうどいい相手をてがうわよ」

「それが嫌だから持ってきたんだよ!」


 なんでゴゥレム相手に戦うために、こんな所に来ないといけないんだ。一対一って、ただの決闘じゃねぇか。ボードゲームですらねぇ。


「これ、どう動かすの」

「だいたいはお前が知ってるのに近い感じだ。並べながら教えてやる」


 ――白い駒をクロエに渡し、自分は手元に黒い駒を並べていく。


 クイーン、キング。ビショップ。ナイト。ルーク。ポーン。


 駒の数が多いだの、動き方が複雑だのと文句をたれながらも、なんだかんだ言いながら自分にならって駒を並べるクロエ。その姿は、先輩に引きずり出された時から変わらない、十歳児あたりの状態だった。


 ……これと言って罰を受けたような様子は見当たらないけど、やはりいろいろと制限されているのだろうか?


「よし、それじゃ始めようか」


 そうして二人とも駒を並べ終わり、クロエの先手で対局が始まった。


「……《特待生》っての、聞いたんだけど」

「……“私たち”のこと、なんて?」


 カツン、カツンと盤上で駒を動かす度に硬質的な音が響く。


「他者との繋がりを持てなかった者、拒む者、そうせざるを得なかった者。その中でも、学園長に救い上げられた生徒の事を《特待生》と呼ぶって」

「ふぅん。まぁ、おおむね間違いでもないわ」


 どうせ最初は練習だしと、ワザとビショップとの直線状に位置にポーンを進めて。向こうも、駒損が無いと判断して迷いなく取りにくる。似たような遊びをしていたためか、こちらのルールにも慣れるのが早い。


「俺も――最初、《特待生》として入学しないかと言われたんだが」

「アンタが? 嘘でしょう?」


 向こうの戦力が盤上右側に集まったところで、こちらのルークを飛び込ませた。


「……なんで嘘だと思うんだ? ――チェック」

「……? チェック?」


「何もしなけりゃ、そっちの王様が取られるぞってのを教えてんだ」

「なんでそんなことするの。次の手番に黙って取っちゃえばいいじゃない。見逃すような奴が悪いんだから」


「…………」


 ここで『騎士道精神とか?』なんて言うと鼻で笑われそうだから、少しだけ考える。そんなうっかりみたいなことでゲームが終わっても興醒め、消化不良になってしまうから……でもないか。だとしたら――


「……最後までキッチリと追い詰めて、そこで初めて勝ち……だからなんだろうな」


 猶予を与えて、与えて、与えて。最後の最後まで戦わせて、明確な実力の差を盤上に映し出す。……こんな言い方すると、なんだか趣味が悪いような気もするけど。


「そう、それは私好みだわ」


 そう言って、ニンマリと笑うクロエ。……趣味が悪ぃな。


「――で、なんだっけ。あぁ、《特待生》の話だったわね。……アンタが確かに猫の亜人デミグランデというのは珍しいけど、それだけで《特待生》になんてなれないわ」

「……自慢じゃないが、俺だってマトモじゃない生活をしてきたぞ」


 クソみたいな仕事をこなして報酬を受け取る一族。日の当たる世界では生きていけない、影の世界の住人。その中で虐げられながら生きてきたのだ。


「……身に纏っている雰囲気から、それまでどういう生き方をしてきたかは分かるわ。なんとなくだけど。そこだけで見れば十分に素質があるかもね。そういった意味ではこの学園にいる《特待生》も、そんなに邪険な態度でアンタを扱うことはないと思うわ」


 スッと目を細め、声音も少し低くなり。心なしか乱暴に、こちらの駒が取られる。ここにはいない誰かを恨んでいるような、そんな様子だった。


「排斥された者の殆どは、排斥された者としか触れあえないし、語り合えない。ヌクヌクと日の当たる場所で育ってきた奴らが、私たちの抱えてきた物を理解できることなんて一生ないんだから」


「……俺は一般の生徒として生活してるけど」


 《特待生》として入学する選択肢もあったけれども、それでも自分は通常の学生として通うことになったのだし、それでなんとかやれている。


 それに、あのヴァレリア先輩も――と思ったけど、あれはあれで浮きまくってたな……。普通じゃないってのなら、確かに先輩も《特待生》だった。


「アンタは……なんだか変な感じなのよね。混ざっている・・・・・・というか、不自然な……。変わり者なのね、きっと」

「…………」


「ただ、それだけじゃ《特待生》にはなれないはずだけどね。最初に言っていた私たちに対するアレ。正確に言うなら――学園長に救い上げられた生徒が、《特待生》として学園で生活してるのよ」


『でないと、今頃ここは学園じゃなくて孤児院になってるわ』と、ため息を吐きながら。自陣にあるこちらの駒を、淡々と処理していくクロエ。


「……特別な力?」

「――私は半吸血鬼という生まれの上、“ゴゥレムを同時に複数操る能力”に長けてたから拾われたの。物心ついたころには四体、今は六体まで操れるわ」


「ろっ――……!?」


 おいおい、普通は二体が限界って言ってなかったか?


「努力ではどうにもならない領域の、それこそ才能と言うべき能力を持っているのが私たち《特待生》。根本的に‟何かが”違うことが、《特待生》であることの証」


 四体の時点で、アリエスが今まで聞いたことがないと驚愕していたのだから、そうなのだろう。それはまさしく常識外。根本的に何かが違うのだ。……自分にはその“根本”が備わってないせいで、いろいろと苦労してるんだけど。


「私が言うのもなんだけど、はっきり言って化物の巣窟よ。――ただの黒猫が入れる領域じゃないわ」

「…………」


 ……ただの黒猫とは言ってくれる。


 けれども、事実この学園に入っても、周りのレベルの高さに圧倒されるばかりで。特別な力なんて、そんなものは持ってはいないことは嫌と言うほど自覚していた。……誰にも信じてもらえないような秘密は抱えてるけど。まさかなぁ……。


 ――そんな中でも、盤上の戦いは順調に進んでいて。


「――チェックメイトだ」

「今度はなに?」


 結構な攻防を繰り広げた末、なんとか勝ちに持っていくことができていた。そこは年の功というやつだろうか。片や十四歳、片や高校生までの人生を一度過ごしている身なのだ。


「お前の負けってことだよ」

「ここからまだ逆転できるかもしれないじゃない!」


 こちらの駒によって包囲されているキングを、ガッツンガッツン盤上で跳ねさせながら訴えてくる。


「できるかぁ!」

「……私が改良を加えたやつの方が面白い」


 そりゃあ、駒が重なったところで戦いになるなら、まだ勝つ可能性もあるだろうけど……。これはあくまでチェスというゲームなのであって。いちいちイレギュラーが挟まっていちゃ、まともな遊びにはならないだろうに。


「ずるずる戦ったところで、どっちも被害が大きくなるだけだと思うが」


「最終的に勝てばいいのよ!」

「勝負の度にゴゥレム壊してたらキリがねぇだろ」


 未だに広間の隅には、黒焦げになったゴゥレムの山が積まれているし。その反対側には、作りかけらしきゴゥレムが何体か。やっぱり、そうホイホイ使い捨てにできるような物でもない気がするんだが?


 ――そして、ゲームのルールに不満タラタラだったくせして、さっさと駒を並べ直していて。『さぁ、もう一戦!』と、鼻息荒くしていた。


「……いや、今日はここでおしまいだ。もう戻るよ」

「なぁんだ、つまらない……」


 遊び相手が帰ってしまうと分かると、急にしおらしくなって。


 ……そこで上目遣いにこっちを見てくるのは止めてくれ。可愛いとかそう言う以前に、子供を置いて行く罪悪感に襲われるだろうが。


「……また、遊びに来てくれる?」

「あぁ、そいつは貸しといてやるから。なくすなよ」


 ――同族意識を持ってしまったのは、自分も同じだった。






「お金は少し減っちゃったけどさ! ほら、これ見て!」


 そしてグループ室に戻るや否や、新たな頭痛案件が舞い込んで来て。その様子と発言からなにがあったのかは容易に予想が付く。……金が入るなりギャンブルに走るあたり、廃人路線まっしぐらだった。


 ――しかも、訳のわからない景品まで持って帰ってきてるし。


「……ただのサイコロじゃないか」


 紛うことなき立方体で、それぞれの面には、出目を現す模様が描かれている。なんの変哲もない、小さなサイコロだった。


「いやいや、これが凄いんだって。なんとこれ! 知る人ぞ知る、“奇跡のサイコロ”って言ってね?」

「…………」


 あぁ、嫌な予感しかしない。なんだろう、悪質な売りつけ被害にあった人の臭いがプンプンとしてくる。


「へぇ、すげぇじゃねぇか」

「どんなサイコロなんですの?」


『よくぞ聞いてくれました!』と胸を張りながら、デデンとサイコロを掲げるアリエス。その口から飛び出したのは、なんとも案の定な文言だった。


「なんと持っているだけで、すごいまれに奇跡的なことが起こるらしいの!」

「奇跡なんだから、そりゃあな……」


 稀に起こらない奇跡を見てみたいものだ。それを持っている必要があるか?


「あとはね……一定の確率で1が連続で6回出たり!」

「……ほう。一定の確率ってどれくらいだ」


 サイコロを六回ということは、六分の一の六乗? ということは、数万分の一じゃなかったか? それが百回に一回ぐらいになれば、確かに凄い物だと思うけど――


「なんて言ってたっけ……確か五万回に一回ぐらいとか――」

「やっぱり普通のサイコロじゃねぇか!」


 騙されたのだと俺が懇切丁寧に力説するのだけれど、本人は別に気にする様子もなく笑っていた。そういうのを含めて、賭け事ってのは面白いらしく。また、真剣に勝負し合っている以上、嘘は絶対につかないのだと。


 ……確かに嘘はつかれてないけどなぁ。


「やっぱりね、ゲン担ぎみたいなのってあるじゃない。こういうのは持ってるだけで、気持ちの持ちようが変わるんだから」

「お前、現在進行形で損してるんだからな……?」


 気の持ちようだのなんだのとは言っても、ただのサイコロに金を払った形になっているわけで。いらない出費をしている以上、それは無駄なんじゃないかという認識にしかならない。


「いやぁ、でも学費を払う分はちゃんと残してるからねー。私だって馬鹿じゃないんだから、スカンピンになるまでは遊ばないって」


「そりゃあ、無一文になるまで遊ぶなんて余程の馬鹿以外――……」


 ……ん? 今、なんて言った?


「……学費?」

「テイルさん……? なんだかどんどん顔色が悪くなって……」


 自分でも血の気が引いていくのが分かる。背筋が寒い。あれ、あれあれあれ? おかしいな……‟蒼白回廊”の一件は解決したはずなんだけどな?


「……俺、そんな話は一言も聞いてないんだけど!?」

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