第十六話 『いつも酒の話をしていると思ったら大間違いだ』

「――知っている奴もいるだろうが、一応説明しておくぞー。定理魔法の最大の特徴はだなぁ、使う魔法の傾向を自分で選べるということにある」


 ――この学園へ通うのに学費が必要という衝撃の事実を知った翌日。自分は、授業中にも関わらず頭を抱えていた。もちろん、授業が難しすぎて、ということではない。


「……まずい。こいつはまずいぞ……」


 いや、そりゃあ学園だって、慈善事業やってんじゃないのだし。維持していくにも、資金が必要だってことは分かる。じゃあその資金とやらは、いったいどこから入ってくるんだと。


 小学生じゃないんだから、学校を通うには金が必要だってのは分かってたはずだったのに……くそう。入学した経緯自体が突然のことだったおかげで、頭からすっぽりと抜け落ちていた。


 家を飛び出してきた以上、大金なんて持っているはずもないし。金のやりとりなんて、道具やらなんやらを買う範囲でしか考えてなかった。いくら剣と魔法の世界だっていっても、そんな都合のいいことがあるわけがない。


「もちろん、好みや相性などもあるだろうが、魔法陣の組み方次第で様々な用途の魔法を使うことができる。属性という点で考えた場合、妖精魔法との決定的な違いは分かるよな? ――キリカ・ミーズィ」


「また私ですかっ!?」

「そりゃお前、一番前の席に座ってりゃそうなる。ほら」


 もしかして俺、このまま学校を辞めないといけないとかないよな……? いやいやいやいや、学園長だってそれを承知で入学の誘いを出したんだろうし。


「よ、妖精魔法は契約している妖精の属性しか使えないです」

「おう、そうだなぁ。妖精との契約が不可欠で、魔力を借りている形で魔法を行使する。他の属性の魔法を使いたいのなら、他の属性の妖精との契約が必要になる」


 意を決してヴァレリア先輩に聞いたら『《特待生》は学費なんて免除にキマッてるだろ? んふふふふふふ』とか言ってたし。なんかいろいろとキマッてたし。


 選択肢を間違えてんじゃねぇか俺! いや、本当にどうすんだ俺。


「つまり、だ。何が言いたいのかと言うと、妖精魔法を行使する場合は、そもそも使われる魔力の段階で結果が決まっているんだが――定理魔法の場合、素の状態の魔力を陣に組み込まれている式で変換しているわけだから、どんな形にもなり得るわけだ――テイル・ブロンクス、俺ぁそんなに難しいこと言ってるか?」


 ――やばい、名前呼ばれたっ。


「あぇ!? ……あ、はい! いや、大丈夫です!」


「……一度変換した後の魔力は、消費されるまで別の形にはならない。この場合の変性は不可逆だ。どういうことか分かるな?」


 ……変性? なんだったっけ。昔、どこかで聞いたような……。理科? 科学だっけ? タンパク質の話? あれ、でもあれってどうにかしたら戻るとか――


「ゆ……ゆで卵……?」

「……なに言ってんだお前。卵は嫌いじゃないが、酒のツマミの話をしてんじゃねぇんだぞ。俺がだなぁ、おい、いつも酒の話をしていると思ったら大間違いだ」


 いや、嘘つけ。その片手に持ってる瓶はなんだ。

 なんでいつも酒を片手に授業して許されてんの。


「で、話を戻す。他の奴の真似をするのも重要だが、そこから一歩先を行くなら自分なりの魔法を見つけることだ。どうせ頭ン中に入る魔法陣なんてたかが知れてんだから、これといったものに絞るのが重要だぞ」

「…………」


 ……授業はいつの間にか、自分に合った魔法選びについての話へと進んでいた。ここまでは基礎の基礎。少し応用に入って、一人一人に合わせた魔法の使い方を覚えていく必要があるらしい。


 熟練した魔法使いに必須な技術、つまり魔法陣の生成をするにも、頭の中で咄嗟に思い描ける必要がある。そして、それには限界があるということだった。


「たくさんの種類を使えた方がいいんじゃねえの?」


 教室の後ろ右隅に座っていた男子生徒――たしかヴァルター・エヴァンズとか名乗っていただろうか。その態度のデカい男子生徒が、机に足をかけたまま質問を投げかける。


「選択肢が多すぎるが故に失敗することもある。よくて片手で数えられるぐらいが、普通の奴の目安だ。そっから先を無理して憶えようとして、いざという時に使えなくなったら意味がないだろ?」


 数だけ増やして、咄嗟に何を使えばいいのかの判断がつけられなくなってしまうよりは、少数を極めて臨機応変に使いこなした方がずっといい、とのこと。


「見た情報をそのまま出すのと、自分の中で作り上げて出力するものじゃ、難易度も変わってくる。ただ単に数だけ覚えたところで、練度が伴ってねぇと意味がない。――そういう意味でうちの科の生徒でヤベェのって言ったら、あのウサギだなぁ」


「……え?」


 もしかして、にはるん先輩のことですか? あのヒト、やべぇ奴なんですか。


「お前らが知ってるかどうかは分からんが、ありゃあ頭が良すぎだ。あんなのの真似なんて間違ってもするなよ、耳の穴から脳みそがはみ出ても知らねえからな」


 アリエスが言っていたけど、学年でも一、二位の知力を誇るとかなんとか。人――というか兎は、見た目によらないって本当だったんだな……。


「ま、それでも、だ。魔法陣の描き方については、あらかた頭に入れておけよ。全く見覚えのない陣が出て来て対処できませんでした、じゃあ笑えねぇぞ」






「……はぁ。散々だった……」

「おっつかれー」


 どうせまた各学科棟へ戻るため、食堂でグループのメンバーと集合。それぞれの授業でなにがあったのか、ダラダラと話をしていた。


「今日はやっと戦闘訓練だったんだぜ。……うめぇな、この団子」


 妖精魔法科ウィスパーの方では、学園の敷地外にある自然区へと出ていたらしい。こっちでは、まだ基礎部分しかやってないってのに。


「コイツ、なんと詠唱ナシで魔法を使えるんだからやべぇよな。それでも『魔法で生き物を傷つけたりしたくないです……』とか言って見学してたけどよ」

「ホント!? ハナちゃん、それって凄いことなんじゃないの!?」


 妖精魔法の詠唱というのは、その都度、妖精の言語を使って交渉をしているようなものらしく、細かい魔法を使おうとすればするほど、長く、複雑なものになってくるらしい。


「私は……小さい頃から妖精さんと一緒にいましたし。私がお願いすると、力を貸してくれるんです」


 話によると、逆に妖精との意思疎通がちゃんと行えていれば、極端な話なら一言で済むという、なんともアバウトなものだった。


 そう言えば、授業で先生も言っていたな……。『魔力を借りた状態で魔法を行使する』って。なんだろう、飯屋に入って『いつもの!』って頼むような感覚か? さっぱりわかんねぇ。


「――そう言えば、テイル」

「……ん?」


「あのさ、学費の話なんだけど――」

「……っ!」


 ――忘れてた。なんだか普通に、魔法について考えてるのが楽しかったせいで、すっかり失念していた。そうだよ、学園で学べるか学べないかの瀬戸際だったじゃねぇか。


「ちょ、ちょっと学園長室に行ってくるから、お前ら先に食っててくれ!」

「あ、待ってって――……もう!」






「おやおや、誰が飛び込んできたのかと思えば、黒猫でしたか。――テイル・ブロンクスくん」


 目的の人物――学園長は、大きめのゆったりとした椅子に座っていた。何処にでも現れるというから、学内を走り回ることになるかとも危惧していたのだけれど……タイミングが良かったのか?


「どうしたんだい? そんなに慌てて」

「あの……学園長、学費のことなんですけど……」


「……ん、それほど高くないはずだが、それでも難しいのかな? 確かに申請してくれれば、多少は待つこともできる。――ただ、一般の生徒として受け入れられた以上、そういう特別扱いをされるのは嫌なんだという認識だったんだけど」

「……え?」


 学費ですよね? 自分の知っている金の価値とは当然違うだろうけど、それでも前世では、三年間で百万だとか二百万だとかそんな話を聞いた気がする。


「具体的に言えばこれぐらいかな――」


 そう言って提示された額は、確かに手の届きそうなレベルだった。学園に通うのにこれしか必要ないのか? そう考えると、ルルル先輩からの依頼の報酬が破格なものに思えてきた。


「先生方には場所と道具を貸しだしている形だからね。むしろ彼らからの資金で学園を持たせているぐらいさ。生徒である君たちにとって、楽に出せる金額ではないけれど、それこそ掲示板で、いくつか依頼をこなしていけば問題はないだろう」

「…………」


「……まさか、遊ぶ金を得るために用意されていると思っていたのかい?」

「い、いえいえ! そんなことないです!」


 ……それでも、稼がないと金は増えないわけで。どう動くべきかの目標が生まれたのは、大きな前進だった。今から《特待生》になれるか聞いてみようか、なんてことを一瞬でも考えていた自分を殴ってやりたい。


 いやぁ、やっぱりダメだよな。これからよろしく! 苦学生の道よ!


「――ただ、普通は入学前にある程度まとまった額を出して貰っているんだよね。一部の例外はあるけども、君の場合はさらに特殊だ。元々、《特待生》としての誘いも出していたわけだし—―」

「……わけだし?」


 もしかして……。もしかして、学費の一部免除とか……?


「特別に学園外の依頼を優先的に斡旋してあげよう!」


 くっそう!! 心のどこかで期待していた! そんな自分が恨めしい!


 掲示板へと貼り出される前に、報酬の大きい依頼をこちらに流してくれるってことだろうか。たしかに、よっぽど難しそうなものなんて掲示板に無かった気もするし。それでも些かの不安は残る。……本当に大丈夫なんだろうか。


「あ、あと――」

「は、はい!」


 ……お!? きたか!? やっぱり信じてたよ学園長! 一度下げてから上げるだなんて、なかなかにくい事してくれるじゃねぇか!


「――勝手に修復されるからって、私の大切な学園をあまり壊さないようにね」

「あ、はい……」






「あら。テイルさん、おかえりなさい」

「おせーぞ、テイル」


 最大の問題は解消されたはずなのに、足が重い。そうか……学業とバイト(?)を両立させないといけない側なのか……。


「どうだった? あのさ、学費の話なんだけど、別に心配するほどの額でも――」

「……学園長に聞いてきた。学内にいながらでも、なんとか払える額らしいな」


 よほど沈んでいるように見えたのか、アリエスが心配そうな声をかけてくる。事実沈んでいるんだけど、なんだかこう……憐みをかけられると、複雑な気持ちになってくる。


「問題はどうやって稼ぐか……」

「学外からの依頼も斡旋してくれるとは言っていたけど、それを待つだけってのもな……」


 …………


 ――食堂の外、ここからでも見える依頼掲示板。ちらりと顔を見合わせる。ここで選べる選択肢なんて一つしかないじゃねぇか。いや、俺は一人でも――


「私はお金を稼げるなら大歓迎だけど?」


「成長するには! 実戦あるのみだろ!」

「実践あるのみ、です!」


「お前ら……!」


 自分の都合でしかないことなのに、それでも心温かく協力してくれる仲間たち。おかしいな、なぜか涙が……。それもこれも貧乏がなせる業か。


 ――広々とした食堂の一角で、なんだか変な空間が生まれていた。






 そうして一日の授業が終わり――新しい依頼の消化へと励むため、依頼主の元へと向かう。ヴァレリア先輩が放ったらかしになっている気もするけど、それは学費の問題に、ある程度の目途がついてからだろう。


「……心の準備はいいな?」

「…………」


 声を抑えて、三人に確認をすると、それに応えるようにコクリと頷く。そうして依頼主のいる部屋の扉を開けると――


「なーにーよぉー! やっぱり入りたかったんでしょ、新聞部!」

「ち、違わい!!」


 ――案の定、不本意ながらも熱烈な歓迎を受けたのだった。

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