幕間 ~学園長ヨシュアの記憶~
――私が訪れたのは、魔物を総べる種族である魔族の領地境に近い小さな町。
その街はかつて漁業で賑わい、各都市との貿易が盛んであり、そして住んでいる人々の笑顔がまぶしいことで有名だった。
……そう、かつての大戦。人族と魔族による戦争が本格化するまでは。
今となっては、そんな明るさなど残滓もなく。魔物でさえ、ただの通り道としか認識していないほどに
とはいえ、私にとってもこの町は通り道に他ならない。本来の目的はその先、街で一際高い丘の上にある城だった。
地形の問題もあって、街の建物に比べて損傷もない状態であったが、ただただ無機質な、不気味な雰囲気をまとった城。小さなものだったが、城下町が面影をなくした今もなお、まるで辺り一帯を見張るかのようにそびえ立っていた。
最上階のテラスから地下牢まで、一通りの探索し終わって。どこを歩いても、くたびれた調度品と魔物の死骸ばかり。その面影・名残も、内部にはちらほら見つかる。
その中でも一際、栄華の繁栄を表していたのは、大広間にある玉座だった。
「これは……」
玉座にあるのは、白骨と化した死体のみ。ぼろぼろに風化してしまった衣服を見るに、女性だろう。
「情報にあった人影というのは‟これ”のことかな?」
土地にもよるが、死体が動き出すというのはざらに聞く話。アンデッドが棲みついた廃城など別段珍しいものでもない。
しかしこれは……。
埃の積もり具合を見ても、この死体が動いた形跡はない。その情報自体が何かの間違いだという可能性も十分にある。だが、仮にそれが本当のことだとするならば――
「――ふむ。まだ、何かいるようですね」
「さて。あと残っているのはここだけか」
一通りの探索を終え、大広間に備えてあった隠し扉を開く。軋んだ音が小さく響く。大口を開けた先には、闇へと繋がる階段がどこまでも続いていた。
長い年月を経て、多少は見つけにくくなっていたけれど、こんなものを見つけるなど造作もないことだ。
階段を降り切ると、小劇場が姿を現した。何故か舞台の周りのみに照明が灯っており、今のなお舞台が演じられているかのようだった。
――王族たちはここで、こっそりと演劇を楽しんでいたのだろうか。
舞台へと向かって一歩一歩下りてゆく中で、舞台道具がごそりと動いているように見える。動く影は二つあり、大きく、ゆったりと舞台の上を動き回っていた。
「これは――演じている? ゴゥレムが?」
「演劇中は私語は禁止」
「――――」
――やはりいた。無人ではないだろうという確信はあった。しかしそれが……幼い少女だったとは誰が予想しただろうか。
そこには腰まであろう金髪を
何日、何か月、何年間。彼女はどれだけの時間をここで過ごしていたのだろう。恐らくこの城で生まれ、育ってきたであろうことは服や髪の装飾から察することができた。
……玉座にあった白骨死体が母親か。
父親の姿が無いのは分かりきっていた。――ツェリテア領主、あの男ならやりかねない。この子を産ませて姿を消したのか、それともそれより前から? 吸血鬼である彼は、どこに逃げたのだろう。
「君は――ずっとここに?」
――混血の少女は答えない。明らかに他人に対しての拒絶が見て取れた。落ちくぼんだ眼をこちらから外し、舞台へと戻す。
……ゴゥレムの動きから察するに、そろそろ終演を迎えるのだろう。一体のゴゥレムが倒れ込み、それをもう一体が手をとり、助け起こしていた。なんて器用な動きをさせるのだろうか。
「二体のゴゥレムをこれだけ繊細に、なおかつ同時に動かすとは」
また注意されてもかなわないので、あくまで小声で呟いた。
一体のゴゥレムを操るのならまだしも、二体同時。それも人型ともなると、尋常ではない集中力を要する。だというのに、それを目の前の少女は、眉の一つも動かさずにやってのけているのだ。
「素晴らしい才能だ」
思わず感嘆の声が漏れていたのだが、少女は賛美の言葉に反応しない。
――舞台から目を離さない。ゆらりと腕を上げると、舞台袖の暗幕が揺れた。
「…………」
「――なんと!」
……信じられるだろうか。両端から一体ずつのゴゥレムが舞台へと登場してきた。
「三体の同時制御すら、誰も成し得ていないというのに――」
やはり、ここへ足を伸ばしてよかった。
非凡の才能を感じ取りはしたが、もはやここまでとは!
「……君のような存在を探していた」
「…………?」
「食事もいくらでも出てくる。着る服に困ることもない。なにより、寂しい思いなどしなくて済む」
こちらが差し出したその手に導かれるように、少女も手を伸ばした。……ここで最後のひと押ししかないだろう。
「君に居場所を与えよう、生きていくための力を与えよう」
――抗うことなどさせない。そんな無意味なこと、させる筈が無い。
彼女が失ったものはそういうものだ。欲しているのはそういうものだ。私は分かっている。理解している。だからこそ、全て用意してあげようじゃないか。
私はその手を掴み、学園へのテレポートを発動する。もちろん、彼女が操っていた四体のゴゥレムも。城に未練があったとしても、そこは諦めてもらうしかない。
「ようこそ、我が箱庭へ」
――今日から、ここが“君たち”の居場所なのだから。
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