第十三話 『お人形遊びか?』

「血……」


 ゴゥレムをけしかけてきた時点で分かっていたことだけど――やはりあいつが‟蒼白回廊”の原因、というか犯人か。


 廊下にゴゥレムを忍ばせておいて、通りがかった生徒に不意打ちをしかけ、この広間に放り込んで。……自分の巣に引きこんで、チューチュー体液を吸う蜘蛛っていたよな?


「ちょうどいいわ。ただ血を取るだけじゃつまらないし、遊び相手が欲しかったのよ。……どちらにしろ、ここであったことは忘れてもらうけど」


「……忘れてもらう?」


「血を抜いて朦朧もうろうとしている時ほど簡単にはいかないでしょうけど――ま、なんとかなるでしょ。上手くいかなかったら、その時に考えるわ」


 ただの情報収集のはずが、まんまと被害者の仲間入りになりかけていて。数時間後には全員まとめてベッドの上だなんて、たまったもんじゃない。


「これじゃ、にはるん先輩のこと笑えねぇな……」

「ま、まだ抜かれるって決まったわけじゃないからっ!」


「――? その盤上で互いの駒を取り合う、王様が取られたら負け。もちろん、貴方たちが駒になるのよ。拒否権はないわ」

「この上で……俺たちが?」


 ――この白黒の盤の段階で薄々と感じていたけれど、やはりチェス盤だったか。どこの世界でも、このツートンになるのはお決まりらしい。


「そうね……私の駒はこんなところかしら。圧倒的過ぎても面白くないし、やっぱり同じような戦力でやらないと、面白くないわよね」


 ――そう言って、新たに用意されたゴゥレムは四体。


 持っている武器がそれぞれ異なっている、西洋の鎧のようなのが二体。恐らく木製の、鳥型のものが一体。そして――自分がアリエスの爆弾を使って吹き飛ばしたのと同型の、大型のものが一体。


「貴方たちは四人、こちらの駒は四つ。これで対等でしょう?」


「……おいおい、何体出てくるんだよ」

魂使魔法師コンダクターが同時に動かせるのはよくて二体までだから、手強いのはそれだけだと思うけど……」


 流石、読書家を自称しているだけのことはあって、自分の専門分野以外の知識も豊富なようで。こういった時のアリエスの説明はありがたい。


 向こうに聞こえないよう、声が大きくならないよう注意しながら、この状況を打開する案を考える。


「二体に集中して戦えばいいってことか?」

「ただ、それはあくまでも直接操る場合の話。事前に組まれている動きによっては、全部襲ってきたりも……」


「……絶望的じゃねぇか」


 大量の雑魚を相手しながら、‟あの動き”で攻めてくる奴が二体? そんなのどうやって相手をしろって?


 ……どちらにしろ、殴り合おうというのは土台難しい話のようだった。


「あ、遊ぶって言ったって、私たちはこんなの初めて見たし――」


「あらそう、それなら無条件で負けだわ。それでいいの?」

「負けだなんて認められるかよ! やらないなんて言ってねぇだろ!」


 自分もヒューゴに同意見だった。この状況、向こうの気分次第でどうとでも転びかねない。それなら、まだ“ゲームに勝つ”という道が残されている間に、勝負に乗る他ないだろう。


「……俺は、少しなら知ってる……かもしれない」

「……テイルさん?」


 正直、少し触った程度だけれど……ここは自分が出るしかない。この様子だと、アリエス以外の二人もさっぱりみたいだし。


「駒の動き方は?」

「その剣を持ったゴゥレムが縦横に三つまで、その錫杖を持ったゴゥレムは斜めに三つまで。それで――」


 ――女からそれぞれの駒の動きについて説明を受ける。……自分の知っているものと多少は違いがあれど、ルーク、ビショップ、ポーン、キング。ナイトとクイーンは無しか。


 さて、この手札でどう戦えばいい?


「――さぁ、始めましょう」


 そうして、まさかの異世界でチェス勝負が始まったのだった。






「戦闘が始まるのは、私から接触させた時だけでいいわ。さ、あなたの番よ」

「……戦闘?」


 ……ん? なんだって? いま聞き捨てのならないワードがあったような気がするんだが?


「場所が重なったら戦うのよ。当たり前じゃない」

「マジかよ……」


 相手のキングを倒せば勝利、というのは言っていたけれども――そのルールはなんだ。もはやチェスというよりは、戦略シミュレーションじゃねぇか。


「……大丈夫? テイル」


 ……どうする。どうすんだこれ。


「……なるべく、ハナさんとは接触させないようにする。けど、万が一当たることがあれば、すぐに降参するんだぞ」

「は、はい……」


 戦闘能力で言えば、『ヒューゴ>自分≧アリエス>>ハナさん』といったところ。とはいえ、戦い方による相性もあるんだろうけど。


 ……分の悪そうなユニットを前に出す、なんてことはゲームの中だからできたわけで。駒の取り合いが前提のゲームで、このルールは地味にキツイ。


「……ヒューゴ、半分は任せられるか?」


 向こうの編成を見るに、大型のゴゥレム以外は自分でも相手にできるだろう。

 ……それでも、一番の火力を持つヒューゴに頼る部分が大きくなるはず。


「しっかたねぇな。遠慮しなくていいぜ、俺が全部返り討ちにしてやる!」


 パシンと手を打って、サムズアップする了解の意を示すヒューゴ。


 ……半分でいいって言ってんのに。まさか本気で四体全部を相手にするつもりじゃないだろうな? 全駒する必要はないんだぞ? キングさえ取れば終わりなんだから。


 それでも、これでおおむねの方向性は決まった。ヒューゴ、アリエス、ハナさん――全員に目配せをしてから深呼吸をする。思っていたのとは程遠いけれども、これもある意味グループでの戦いなんだろうか。


「……ヒューゴは二つ前へ」






 ――戦局は序盤も終わった頃。


 ハナさんを下がらせ、ヒューゴを前へ。アリエスと自分はヒューゴをカバーできる位置に。敵のゴゥレムの特徴を観察しながら、動きに合わせて少しずつ準備を整えていた。


 そして――そろそろ向こうが仕掛けてくるだろうという段階で、新たな問題に苛まれることとなる。


「さぁ、どうするのかしら。さぁ、さぁ!」

「……もう少し待ってくれ」


 向こうから仕掛けられ、それを返り討ちにした場合は相手の一手損。当然、こちらがそれだけ有利になるので、そうなるのが一番なのだけれど――戦っているのはただの駒じゃない。傷つき、体力に限りのあるヒトなわけで。


 いかに本人がやれると言っていようとも、そうそう連続で戦わせるわけにはいかない。様子を見て、自分が代わりに前に出る必要もあるだろう。


 ――それに、あの大型のゴゥレム。あれだけは注意を払っておかないと。下手をすると、あれ一つに全滅させられる可能性もある。……向こうも意識しているのか、あれだけは取らせないように位置を調整しているし。


「……ねぇ、まだ? まぁーだー?」

「うるせぇなあ!! まだ三十秒も経ってないだろうが!」


 なんだよコイツ、人のプレイ中に急かし過ぎだろ!


 ――毎回こちらの番になる度に、この調子だった。この吸血鬼、自分から勝負をふっかけておいて、全然マナーがなっていない。


 なんだよ、生粋のソロプレイヤーかよ。


 こうして自分たちに無理矢理勝負を仕掛けてきたというのも、他に相手をしてくれる奴がいなくなったからなんじゃないだろうか。


「ヒューゴは三つ前に。そのゴゥレムは除外だ」

「おうよっ!」


 ヒューゴが前に進むと共に、その先にいたゴゥレムが盤外へと出ていく。


「あと三体です!」


 大型のゴゥレムはルークの役割をしていて、それを考えながら距離を取っている。となると、ここで動くのは残りの二体のうち――


「ここからが本番よ!」

「――来るぞ!」


 ヒューゴから斜めの位置にいた鳥型のゴゥレムが、翼を大きく広げて真っ直ぐに突っ込んでいった。素材は木製――炎の妖精魔法を扱うヒューゴには、有利な相手ではあるけど……。


「任せとけって――おぉ!?」


 やはり直接操っているからか、動きが早い――!


 直線的な動きだけども、ヒューゴの鎚を攻撃をするりと躱して。自分にはまだ見える速度だけれども、半ば一方的にヒューゴの赤みのかかった肌に傷がつけられていく。


 ……ここは采配を間違えたか!?


「危ないと思ったら負けでいい! 無理をするなよ!」

「なにふざけたこと言ってんだよ。まだ、なんにもカッコ良いところ見せてないんだぜ? このまま黙って退場なんて、俺は絶対に嫌だね!」


 鎚を握り変え、足を止めるヒューゴ。大きく振るうのではなく、飛び込んでくる相手に合せて爪の一撃を防いでいく。


「見てろよ――レイ・ケイズ! クー・リムリス・リコルク!」

「妖精魔法の詠唱――」


 小さな魔法陣が、ヒューゴが構えた鎚の前で少しずつ数を増やしていく。これまでのように、自身の強化や直接的な攻撃のためではないように見えるけど……。


「リム・アドリ・エ・ヴァンス、ブラン・リードォ!」


 詠唱が終わると共に、その小さな魔法陣群が辺り一帯の空間にばら撒かれた。その数、およそ三十近く。向きもバラバラに配置されたそれが、赤く輝き――


「ちょっと!」

「きゃっ!」

「危なっ!」


 次の瞬間、一斉に細い炎の柱が湧き上がった。それは縦横無尽に組み合わさり、アリエスの上着の袖を焦がし、ハナさんのスカートの裾を焦がし、自分の髪の毛を焦がして、不恰好な網を形成していた。


「はっ、動いて当たらないってんなら――」

「くっ、つまらない小細工を――」


 突如現れた炎の捕獲網に対応できず、突っ込む鳥型ゴゥレム。


「動けなくすりゃあいいんだろぉ!!」


 動きを鈍らせたその隙を、ヒューゴは見逃さず鎚を大きく振り上げ――直上から振り下ろされた、渾身の一撃が芯を打ち抜く。


 軋んだゴゥレムの身体が、勢いよく地面に叩きつけられ、跳ね、そしてバラバラと四散していった。


「さっすがぁ!」

「先輩みたいには……上手くいかないみたいだけどな……」


「…………」


 どうなることかとは思っていたが、蓋を開けてみればあっけなく。残るはキングとルークのみ。大型のゴゥレムが残っているとはいえ、向こうがこちらのキングを取りに来る前に包囲を済ませてしまえばいい。


「まだ続けるか? 既に俺たちの勝ちは――」


 ――その瞬間。部屋の四方にある扉のうち一つが、爆音をあげて部屋の内部へと吹っ飛んできた。


 その奥から出てきたのは、とても見覚えのある赤い長髪。そして琥珀色の瞳。……ヴァレリア先輩の姿だった。


「先輩!? どうして……」

「夕方には帰って来いって言ったじゃないかぁ!! もう夜だよ夜! 寂しいって言ってんだろ、暇なんだよぉ!」


 この緊迫していた状況のなかで、どうすればこんなに気ままに振舞えるのだろう。先輩の魔法がいくら凄くても、目の前のゴゥレムの軍団は別格。グループ室でのハイテンションでどうにかできる相手でもないってのに。


「んで……そこのチンチクリンにやられたのかな?」


 そう言って、椅子に座っている彼女を指さす。


「――ッ!」


 盤上に残っていた西洋鎧のゴゥレムが、先輩へと飛びかかる。


「せんぱ――」

「動くなっ!」


 部屋の主の言葉と共に、マス目の境目から柵が飛び出す。ちょっとやそっとで抜けられるような高さではなく、どうやら逃げ出そうとしたプレイヤーを捕らえるためのものらしい。


 不意打ちのように襲い掛かるゴゥレムへ、何事もないかのように火球で撃墜する先輩。その余裕の表情は崩れることなく、もはや嘲笑すら浮かべていた。


「お人形遊びか? お子ちゃまにはお似合いだな」

「~~~~っ!」


 先輩の挑発に苛立ちが限界に来たのか、女は勢いよく立ち上がり手を広げて名乗りを上げる。それに呼応するように――広間の入口という入口から、ワラワラとゴゥレムが現れたのだった。


「《特待生》‟百騎兵団”! クロエ・ツェリテアの前でよくも、そんな舐めた口を!」


 クロエと名乗った女が指揮者のように腕を振り上げた瞬間、部屋の両脇にあったゴゥレムが彼女の指示で一斉に動き出し、ヴァレリア先輩へと飛びかかっていく。


 上で戦ったときのように、単調な、予め決められた動きをしているのが殆どの中で。自分たちが戦っていたような複雑な動きをしているのが一体、二体……三体、四体!?


「アリエス! 同時に操れるのは二体までって言ってなかったか!?」

「そんな……嘘でしょ!?」


 自分はそこまで詳しくないため実感はないが、アリエスにとっては信じられない出来事らしい。柵に齧りつくようにして、目を見張っていた。


「先輩! 俺たちはいいから逃げてくださいっ!」

「う、後ろ! 危ないです!」


 そんな状況にあって、まさに絶対絶命。自分たちは一体でも苦戦していたのに、それが四体とあってはひとたまりもない。全員が口々に叫ぶ中で、ヴァレリア先輩はそれでも呑気に頭を掻く。


「あー、知らなかったんだっけ。そうだった、そうだった! 言うの忘れてたよ、うん。ごめんな――」


「――――」


 ――その目が、あの琥珀色が、輝いたように見えた。


 次の瞬間、大量に囲んでいたうちの数体が突如、猛火を上げて崩れ落ちる。新たにゴゥレムが群れから飛び出ては、また次の瞬間には火柱に貫かれて。圧倒的な数の差のはずなのに、ただの一体たりとも先輩へと到達できずにいる。


 炎が立ち昇り、真っ赤に照らされた広間の中で――


「――《特待生》。ヴァレリア・フェリウスだ」


 先輩は、ニヤリとした笑みを浮かべていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る