第九十四話  『カッコいいとこあんじゃん』

「来ましたよ、テイル君」

「……はい」


 モニター越しに観戦して見ていた中では、参加者は半分以下まで減って。森林、湖、洞窟を抜けて、いよいよレースも大詰め。取り付けられている手すりを握る手にも、自然と力がこもる。


 先頭を飛んでいるのは、トトさんもココ先輩も差し置いての、まさかのアリエスだった。


「途中、ボロボロになってたから、一時はどうなることかと思ったけどよ……」


 ヒューゴの言う通りだ。洞窟の入り口でなにやらマシントラブルが起きたのを見たときは、一同ヒヤヒヤして見ていた。


 それでも第三ブロックを抜けたときに一位まで来たのは、ショートカット万々歳。けれど、そのまま悠々とゴールできるかと言われれば、そこまで楽観視はできない状況だった。


「もしかしてこれ、優勝するんじゃねぇか!?」

「いや、よく見ろ。追いつかれるぞ……!」


 洞窟の中を飛んでいたときよりも、確実に速度が落ちていた。それに引き換え、先輩たちはさっきから最高速を維持し続けている。どんどんと距離を詰められていくなかで――


 アリエスが腕を一振りすると、ごろんと前機石タイヤが落ちた。


「っ!?」


 地面で数度跳ね、ごろごろと地面を転がる。

 突然のことに、自分を含め、周囲の何人かが息を呑んだ。


「おいおいおい! あれで飛んでんだろ!?」

「ア、アリエスさん!? 壊れ――」


「いや、あれは――?」


 いきなり外れて……じゃない。

 アリエスのあの挙動、自分で外したんだ。


 軽量化……にしては、真っ先に外す部品じゃないだろ。

 それだけじゃない? まだ何か手があるのか?


 ――とか考えているうちにも、次々に外装も剥がれていく。とてもじゃないが、機石バイクロアーは既に原型を留めていなかった。


 形を変えたそれは――バイクというより、戦闘機?

 いや、模型飛行機フライヤーがいいところか。


 格好良く言えばネイキッドな状態に変わったロアーは、ごっそりと部品をパージし、軽量化したボディを後部の機石の出力だけで推進している。素人の自分が見ても、機石の許容を超えた状態で動かし続けているのが分かった。


「…………!」


 ハナさんなんて、不安で顔を覆ってしまっている。

 そんな彼女に、にはるん先輩が声をかけた。


「彼女はまだ飛んでいますよ! まだ終わりじゃないです!」

「だけど――」


 ――あんなもの、飛んでいるとは言い難い。緩やかに高度を下げながら、滑空しているに過ぎない。そもそも、あれだけ急激にバランスが変わっていて、いまだ宙にあり続けているのが異様だった。


「もともと二つの機石で制御していたものが、一つに減ってるんですよ!?」


 ありえないだろう、とキリカが声を上げる。


「それは――なかなか面白いことをしているみたいですよ……!」

「…………?」


 まだ少し距離があるし、こちらからは影になるのではっきりと確認できないが――右手は、ロアーの中心部にある機石のあたりに添えられているように見える。まさか……!


……!」


 得意なのかは分からないが、アリエスは過去にそれをやってみせたことがある。地下工房の時に、機石銃の弾の性質を別のものに変化させた時だ。


 けれど、その時とはまるで状況が違うだろう。


 まさかリアルタイムで魔法式を書き換えながら、ロアーを飛ばし続けているのだろうか。この一瞬一瞬の中で? どれだけの集中力と技術があれば、そんなことが成せるのか。


「これはジードも舌を巻く思いでしょうね……」

「でも……全然、先輩たちとの間が開かないぜ」


 ――それでもなのか。

 それでも、アリエスとココさんたちとの距離は離れない。

 見る見るうちに追いついていき、ついには横には並んでしまう。


 自分たちの座っている席よりも、少し後方の位置。

 ゴールはもう、アリエスたちの目と鼻の先。


 そして、そこはアリエスの声が聞こえるには十分な距離だった。


「もう少しだけ、気張んなさいよぉ!!」


 左右両手から、まばゆく溢れ出す魔法光。それは幾つもの経路を辿り、出力の全てを請け負う後輪の機石に流れ込んでいく。色は淡い空色から、目も眩むような白色のものへと変わっていた。


「なんて無茶を――!」


 にはるん先輩の驚嘆する声。自分も知らないうちに、額に嫌な汗が流れるていた。

 ……んじゃないのか。


 これまでのロアーの機石の光り方とは違う。一線を越えてしまったような、そんな危うさがひしひしと感じられる。一度だけ、同じような輝きを見たことがあるような……どこだったっけか。


「…………。あ゛――」


 そうだ。あれは、クロエと初めて戦った時の、偶然使うことになった


 出力を単独で請け負っていた機石が、その限界に耐えることができなかったんだろう。内部での魔力の暴走。渦巻き、溢れ出したエネルギーが引き起こす結果は――


「爆発する!?」


 カッっと光が強くなったのは一瞬のこと。大きな音をともない、後輪の役割を担っていた機石が、覆っている外殻ごと弾けた。


「無茶しすぎだあの馬鹿っ!」


 ここから先はもう嫌な予感しかしない。


 誰がここまでしろって言ったんだ。

 なにもかも無茶苦茶じゃねぇか――!


「――――」


 超至近距離で爆発の衝撃を受けたアリエスは、もう前も見れていない。突然の衝撃に、機体にしがみつくのが精いっぱいのようだった。身体は浮くも――ハンドルからは手を離していない。


 そのまま後方から押し付けられるようにして、垂直に車体を浮かせたロアーと共に、ゴールの先へと飛ばされていく。


 完全に宙に投げ出された格好で。当然制御はきかない状態。


 もしこのまま一直線にゴールを通ったとして。

 ……どうやって止まるんだ?


「――アリエス!」


 矢も盾もたまらず、最前列からコース内へと飛び出した。

 ゴールラインの後ろ側、妨害にはならないはず。


 コースは幅があるし、アリエスは中央を飛んでいた。

 この距離ならギリギリ間に合うか……?


 こうなったら、こっちも形振りかまっていられなかった。

 亜人デミグランデとしての姿で、全力で駆けていく。


『――ゴォォォォォォォォル!!』


 大音量で聞こえてきたウェルミ先輩の声が耳を突く。

 一瞬くらりとしたけれど、止まってはいられない。


『一番早く駆け抜けたのは、アリエス・レネイトだぁぁぁぁぁ!!』


 スローモーションで景色が流れていく。


「手ぇ離せ!!」


 流石にロアーごと受け止められる自信はないぞ!


 その声が聞こえたのか、ロアーからアリエスの手が離れた。斜め上方へと飛んでいく金属の塊。それよりも低い放物線を描くアリエスをなんとかキャッチしなければならないのだけれど距離が足りない。


 ――あと七歩。いや、五歩。

 くそっ、瞬間移動の魔法でも使えりゃあ……!


 四歩、三歩と詰めるも、まだ手が届く距離じゃない。


 これだけやりきった奴を受け止めてやれないで、リーダーなんて名乗れるか?

 アリエスが全力を出したのなら、俺だって全力を出すべきだろう?


 息をするのも惜しいぐらいに必死で地面を蹴った。


 ――届け!

 せめて……せめて爪の先にでも引っかかれば!


 ……その瞬間だった。


「――……っ?」


 手を伸ばしたところで――空中のアリエスの動きが、急に緩やかになった気がした。……いや、気のせいじゃないだろう。その証拠に、届かないと思って伸ばした手は、アリエスへと届いていた。


 爪の先でも、とは言ったが、しっかりと掴むことができていた。『……どうして?』と考える暇もなく。人一人分が吹っ飛んだ慣性を止めきれず、自分の身体も引きずられていく。


 転倒しても、せめてアリエスが怪我をしないように盾になって――


「うおっ!?」


 次の瞬間には、なにかふわりとしたものに背中から突っ込んでいた。

 衝突の衝撃はそのソフトな何かに軒並み吸収され。

 気が付いたら、訳が分からないまま空を仰いでいた。


「これは……植物のツタ?」


 幾重にも絡んだうちの一本が指にかかり、ようやくそれが何なのかを把握する。深緑の色をしたツタ……自分が入ったときには、こんなものなかったよな?


 ピンポイントで、自分たちのいる場所だけに湧き出ていた。

 流石に自然発生したとは思えない。


 あたりを見回すと――コースの脇ではローザ女史が。観客席では、にはるん先輩とフィーリ先輩が。それぞれの手元に魔法陣を浮かび上がらせていた。


「先輩たちが……助けてくれたのか……」


 肩の力が抜けて、再び空を見上げる。

 起き上がる気力も無くしていると、突然に日の光を遮る影。


「……無茶し過ぎよ、貴方たち。馬鹿じゃないの」

「はぁーあ……。こればっかりは私も同意ね。命は大切にしないと」


 ――頭上から二つの声。


「トト先輩……。ココさん……」


  ゴゥレムに乗った二人の手の先から、薄く糸が見える。魔力で形どられた本来ゴゥレムを直接操るための糸が、アリエスの身体へと伸びていた。その視線に気づいたトト先輩が、そそくさと手をローブの中に隠す。


「言っておくけど、これで妨害していたとかじゃないから」

「……大丈夫です。分かってます」


 ……手にうっすらと血が滲んでいた。

 やっぱり、ゴール直後の出来事は気のせいじゃない。


 人一人が乗り物ごと爆風で吹っ飛ぶのを支えようとしたのなら、相当な負荷がかかったに違いない。普通の糸なら、最悪指が千切れ飛びそうなところだ。それでも……あの局面で、二人ともアリエスを助けてくれていた。


「本当に……ありがとうございます」深々と頭を下げる。


 トト先輩は『ふん……』軽く鼻を鳴らし、コースの外へと向かっていった。


 無茶をした自分たちに呆れたのか。それとも礼を言われたことが照れくさかったのか。なんだかんだ言っていても、やはり優しいところもあるのだ。


 そのことが、身に染みてありがたかった。


「もうすぐウィルベルが来ると思うわ。……優勝おめでと」


 ココさんもアリエスに大きな外傷が無いことを確認すると、そう言い残し去っていく。後続の選手も、ようやく次々とゴールしようとしていて。丁度いま、タミル・チュールが入ってきた所だった。


「――ハァ……」


 自分とアリエスだけが、蔦に半身を包まれたままコースに取り残されていて、なんだか少し居心地が悪い。自分で抜け出す気力も起きないので、早く来てくれないかとぼんやり願っていると、横でアリエスが気怠けだるげに声を上げた。


「うわ……毛だらけだ。びっくりした」

「血だらけの奴に言われたかねーよ」


 洞窟エリアで負った傷が、ゴール前のドタバタで完全に開いていて。

 応急処置で頭に巻いていた包帯には血が滲み、いまや頬にまで伝っている。

 それに気づいたアリエスが『あはは……ホントだ』と力なく笑った。


「あいたたた。……えへへ」


 疲労困憊状態で喋るのも休み休みのくせに、それでもこちらに向けて拳を差し出すアリエス。


「……カッコいいとこあんじゃん」

「……お前もな」


 健闘を称える意味をもって、自分も拳を出して突き合わせた。

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