第八十四話 『まっぴらごめんだわ』

「そういや、取材の依頼があったよな……」


 ……先輩の口八丁に丸め込まれて、仕方なく受けた形だったけど。


 大会の説明が終わり、機石ビデオが回収され、アリエスがグループ室へと戻って――そうして食堂に残された今、すぐに戻るのももったいない気がする。


「今のうちに済ませておいてもいいか?」

「私もその方がいいと思います!」


 こうして参加予定者が一堂に会しているのだから、今のタイミングで済ませればいいのだ。同じく大会のルールを聞いていたのだし、参加の意志もはっきりしているだろう。あちこちに移動する必要もないし、一石二鳥で楽ができる。


「それじゃあ、ここにいる人に片っ端から声をかけて――」

「あぁ、そっちはもう済ませたから」


 そんなことをあっさり言われた。

 え、仕事早くないっすか。

 それじゃあ、自分たち必要なくない?


「ということは……依頼はナシで?」


 自分がそう言うと、『いやいや』と小さく笑いながら先輩は手を振った。


「急なことだったし、ここに来た人って数が限られたからね。一応、学園中に案内が行き渡っているだろうから、ここに来なかった私が目を付けていた人たちの所に行ってほしいの」


「はぁ……」


 結局は、いつもの先輩の仕事と変わらない“足で稼ぐ”取材である。面倒な仕事を押し付けられている気がしないでもない。


「……どうやって話を聞けばいいんです? 誰が参加するか分からないですけど」

「片っ端から参加するかどうか聞けばいいじゃねぇか」


「アホか」明日の朝になってまうわ。


 こういった経験など、殆どないのだから、期待されても困る。かといって、行き当たりばったりで行動するのも、途方もない。せめてこう……段取りの取り方とかありますよね?


「先輩は何かあたりをつけているんですよね?」


 先輩の方を見ると、手帳片手に腕を組んで、こちらを試すような笑みを浮かべていた。どうやら、素直に教えてくれるつもりもないらしい。……なんだか、すっかり助手か弟子扱いされてる気がする。


「少し考えてみよっか。参加する資格とか、そういうのがあったよね?」


 参加する資格――先程のルール説明でも言っていたことだ。

 ハナさんもそこに行き着いたらしく、おずおずと答えを口にした。


「……スカイレース、ですね」


 散々聞いた。散々目にした。そりゃあもう、大会のキモということもあり、一度や二度ではない。


『参加資格は“空を飛べる人”! 飛行魔法、機石装置リガート、ゴゥレム、翼にホウキ、魔物に飛空艇! 飛べればなんでもアリ!』


 地面に着いたらリタイアの、魔法使いによる飛行レース。学生大会に比べたら、少しは参加人数も絞られると思いきや、それなりにいるらしい。


「そうそう、“空を飛べる人”限定の。誰がいると思う?」

「この学校で空を飛べる人といえば……」


――――――――――――

 ……誰がいたっけ。


▷トト先輩が鳥型ゴゥレムを使っていたな。

 ルナ・ミルドナットが背中から羽根を生やしていたはず。

 ジード先輩の円盤で、にはるん先輩が浮いてたよな……。

――――――――――――


「あー、トト先輩とか……?」


 前に鳥型のゴゥレムの上に乗っていたはずだ。確か……“マクィナス”とか呼んでた。一度見た限りでは、大会に出るには申し分ない実力――というか、優勝候補にだってなりそうな感じだったけど――


「うんうん、目の付け所がいいねー、テイルくん! 魂使魔法科コンダクター二年、トト・ヴェルデ! 去年は参加しなかったけど、今年はどうなんだろうね?」


 いやいや、あの性格だと今年も参加しないだろ。だなんて思いながらも、『今日はもう遅いから、明日のお昼に行ってみようか!』と息巻く先輩にため息を付き、その日は各自解散となった。






 そして言われた通り、翌日の昼――ヒューゴとハナさんを連れて、ルルル先輩の取材についていったのだけれど。なんと一度も迷うことなく、一発でトト先輩の元へと連れていかれた。


「あ、いたいた!」

「……なに? わざわざ探しにきたの?」


 ――トト先輩は魂使魔法科コンダクター棟の裏にある広場にいた。向こうはこちらを見つけて、少し驚いた顔をしている。どうやら、毎日この場所にいるわけではないのに関わらず、こうして大所帯でやってきたことが不思議だったらしい。


「いやぁ、探したというかなんというか……」

「…………?」


 怪訝そうな表情をするトト先輩と、上手く目を合わせることができない。


『この時間なら、棟裏の広場にいるから』となんの迷いも無く案内されたので、てっきり自分も、トト先輩がいつもここにいるものだと思っていたのである。


 つまりルルル先輩が、トト先輩の今日の行動パターン読んでいたということに他ならないわけで。恐るべし、【真実の羽根】の情報ネットワーク。


 ……自分もこんな風に把握されているのだろうか。

 隣でニコニコとしているルルル先輩が怖い。


「あ、あの。トト先輩は参加しないんですか?」

「……? なんの話かしら」


 ヒューゴの言葉に、何言っているんだこいつら、といった感じで腰に手を当てて睨んでくる。どうやらトト先輩、レース大会の告知を見ていないらしい。こういったイベントには興味が無さそうだから、仕方がないことではあるけど。


「ほら、告知があったでしょう? レース大会の。トトさんも出たら、いい線いくと思うんだけど――」

「……嫌よ。見世物になるだなんて、まっぴらごめんだわ」


 ――トト先輩の視線が、鋭いものに変わる。


 参加を催促しているのような物言いをするルルル先輩に、その視線が向けられているのは分かるのだけれど、どこか憎悪の色が込められているように見えるのは気のせいだろうか。


 ――まぁ、断られたのは予想の範疇だったけど……。


 自分が言っておいてなんだけども、なんでルルル先輩は、わざわざトト先輩に取材に行こうと思ったのか。これまでの先輩の評判から考えても、前回の学生大会の時についても。こういったイベントに参加するようなタイプでないことは、分かりきっているだろうに。


「なによぉ、出ればいいじゃないの」


 ――そう言って顔を出したのは、トト先輩の祖母であるココさんだった。

 見た目は若いが、れっきとした祖母。らしい。


 三十数年の時を魂だけで過ごして、数ヶ月前に復活したのだというのだから、魔法というのは何でもありなんだなぁと思い知らされる。没年(?)二十四歳。だというのに、十七のトト先輩よりも若く見えるというのは尚更わけが分からない。


「……いいからアンタはあっちを見てなさいよ」

「あっち?」


 ココさんの後ろの方を見てみると、二人の生徒らしき人影が。ゴゥレムの繰り方の手ほどきでも受けているのだろうか、簡素な作りにみえる人型のゴゥレムを動かしていた。


「ほらほらー、どんなゴゥレムを操るときも、魔力は常に一定を保たないと駄目でしょう? 挙動が大きくなっているわよ」

「わわっ、すいません……!」

「頑張ってー、アリカー!」


 双子だろうか、全く同じ顔をした女子二人。

 少し驚いたが、どこかで見た顔のような――


「アリカとアルカ……ミザルテ姉妹?」


 ――あぁ、ミザルテ姉妹ね。そんな名前だったな……。魂使魔法科コンダクターの一年生。確か学生大会の時、かなりデカイゴーレムを操っていて――確かにはるん先輩とあたって瞬殺されていたはず。


「同じ出力を維持できるように! ゴゥレムを操る技術っていうのは、なにも大きな動きだけに限定されるものじゃないわ! 地味なことの積み重ねこそ、後に輝いてくるんだからね!」


 なんだか、ヴァレリア先輩みたいなことを言っていた。基礎、地味なことの積み重ねが大事だとかなんとか。自分も体験している以上、言っていることの大切さは分かるつもりだ。……どこの分野でも同じことなんだろうなぁ。


「とりあえず貴女は――」


 そう言ってココさんが示した高さは、だいたい地面から20cm程度。


「高過ぎず、低過ぎず。この高さを両足で跳ばし続けて」

「は、はい!」


 アリカが指示されたようにゴゥレムを飛ばしてみると――案の定、高さがまちまち。ゴゥレムの姿勢制御にコツがいるらしく、この高さをジャンプしただけでも、それなりの反動が残るようだった。


「ほら、前、後ろ、前、後ろ――」


 高すぎると上体が沈んで、次の挙動までに遅れが生じる。

 恐らくそうならない、ギリギリの高さに設定されているんだろう。


「これ……思ったよりも腕が疲れるよぉ……」

「アリカー! がんばー!」


 ようやく指定された高さで十回跳ばしたところで、弱音を吐き始めていた。

 やはりゴゥレムを手動で操るのって、筋力もいるのだろうか。


「まずはこれを四百回!」

「ひぃぃぃぃぃ……」


「鬼かよ……」


 延々と小ジャンプの練習って、どこの格闘ゲーマーだ。と、一部始終の流れを眺めていると、ココさんが満足した表情でこちらへと戻ってくる。


「いやー、よく話を聞く良い子が多くて楽しいわね!」

「た、楽しい……?」


 いや待て。その感想はおかしいと思うぞ? ヒューゴもハナさんも、同じことを感じたようで、顔を見合わせて苦笑いしていた。


「――で、レース大会だっけ? 出ればいいじゃないの、面白そうだし」


 聞くところによると、当時は世界中回って、各地の大会を荒らしていたのだとかなんとか。


「そう思うのなら、アンタがやれば? 途中棄権するのが目に見えてるけどね」


 そんな過去話を鼻高々に話すココさんの後ろで、トト先輩が肩をすくめて鼻で笑う。……この二人、多少なりとも和解はしたものの、未だに何かあるごとにギスギスしている印象だった。


「……何か言った?」

「生き返った弊害かしら……。急に耳が遠くなるのね、“お婆ちゃん”」


「…………」

「…………」


 そこで二人とも無言になり、ゆらりと構え始めた。


 射抜くように睨みつける先輩と、ニコニコと笑ってはいるのだが、なぜだか威圧感が漏れ出ているココさん。両者の視線がバチバチと火花を散らしていた。


 まるで西部劇のガンマンよろしく、どちらが先に動くのか、どのゴゥレムを使うのか、見えないところで駆け引きが行われているのだろう。


「こんなところで喧嘩しないでくださいよ!?」


 また学園を無茶苦茶にされても困る。あのような地獄絵図は二度と御免だった。


「それじゃあ、レースで決着つけるっしかないっすね!」

「っ!!」


 この馬鹿野郎――! 余計なこと言いやがって!!


「公衆の面前で圧倒するのも可哀相かわいそうなのだけれど……まぁ、仕方ないわね?」

「上等よ。ここらではっきりと、実力の差を見せつけてやるわ」






「あああぁぁぁぁぁぁああ……」


 ヴェルデ家の二人と別れ、呻きながら頭を抱えていた。

 こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃなかったのに!


 ――トト・ヴェルデ&ココ・ヴェルデ、参戦っ!!


 まさかトト先輩だけじゃなく、天才とうたわれた程の実力を持つココさんまで。それもこれも、ヒューゴがあそこで焚きつけてしまったからだ。何してくれてんだコイツ。


 ……もっとさかのぼれば、自分が取材の対象にトト先輩を選んでしまったのが原因なのだけれど。


「どうする……どうする……?」

「テイルくん? 大丈夫?」


 数多くいる先輩たちの中でも、恐らく相当な上位に位置するであろうトト先輩。そしてその血筋の元祖とも言えるココさん。


「あ、あぁ……大丈夫です……。……っ!」


 いや、ちょっと待てよ? まだ手がないわけじゃない。


「……ココさん、生徒じゃないですよね? 学園のイベントには参加できないでしょう。どう考えても」

「んー……別に、優勝しても賞品を二位に繰り下げれば問題ないんじゃない? 先生側とはいっても特別講師。むしろお客様として呼ぶ分、学園長も喜んで承諾すると思うわ!」


 この先輩、既にノリノリである。わりと理屈も通っているし、ここで声高々に反対をしたところで、却下されるに違いない。悲しいことに、既に賽は投げられた後だった。


 ココさんとの勝負を避けて、他の参加者が辞退する可能性にかけるしかないだろう。もちろん、その逆も在り得るわけだけど。


「うんうん。『天才ゴゥレム使い、ココ・ヴェルデ参戦!』って、凄く目を引く見出しじゃない? 特集組むのもアリかもね!」


 そんなことを言って陽気に前を歩く先輩を見て――自分はただただ、溜め息を吐くことしかできなかった。

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