第三十話 『ほら、僕って頭脳派じゃないですか?』

「にはるん先輩!?」


 定理魔法科マギサ三年、テイラー先生から見ても『破格』と言わしめたニハル・ガナッシュ先輩が、なぜか目の前に。どうしてにはるん先輩がここに?


「危ないので、キリカとタミルは下がっていてください」


「わ、わかりました!」

「はいよー」


「……キリカ?」


 その名前に聞き覚えがあると思ったら、それもその筈。自分と同じ定理魔法科マギサ一年のキリカ・ミーズィだった。金髪だけれど、三つ編み眼鏡と三拍子揃って、心の中では委員長と呼んでいたけども。


 隣にいるのが、タミルと呼ばれた女子生徒だろうか。肌は褐色、髪は短くボサボサで。キリカと仲が良さそうに見えるけど――定理魔法師マギサでないことは確か。機石魔法マシーナリーにも見えないし、恐らく魂使魔法師コンダクターだろう。


 ……一年生である二人が、にはるん先輩とここに来た理由は? 尋ねるべきか、決めあぐねていると――


「――へぇ、君らだけで“アレ”を倒したんだ。やるねぇ」


 キリカでも、タミルでもなく。その後ろに立っていた年上の女子生徒が、大破したイクス・マギアを指しながら、上から目線で話しかけてきた。


 透き通った金色の長い髪にカチューシャ、丸見えとなった耳は普通より少し長く。その特徴だけで、エルフ族の血が入ってるのだということが察せられる。


 えーっと……誰だ? というか、何人来てるんだ?


 自分たちの前へと躍り出た、にはるん先輩。今まさに話しかけてきた、エルフの先輩。同学年であるキリカとタミル。そしてあと一人、機石魔法師マシーナリーらしき男子生徒。


「どうも、グループ【黄金の夜明け】でーす。リーダーのニハルは知ってるんだよね? 私は妖精魔法科ウィスパー三年のフィーリ・ハルモニー。こっちは機石魔法科マシーナリー三年のジード・トルイユ。あとは新人ちゃんが二人ほど入ったから、五人で活動しているわ」


「【黄金の夜明け】……」


 ヴァレリア先輩の言っていた“他のグループ”……。にはるん先輩、フィーリ先輩、ジード先輩の三年生トリオ。そしてキリカ・ミーズィと、“新人ちゃん”と呼ばれていたので一年生であろうタミル。


「ほいほいほい!」


 軽快な掛け声とは裏腹に、耳をつんざくような雷鳴が轟いて。地下空洞の中は、絶え間なく白く照らされ続ける。中心にいるであろう龍の姿など、確認できるわけなどなく。また、この激しい雷撃の嵐の中で、無事であるとも思えなかった。


「すげぇ……」


 何発。何秒、何十秒撃ち続けているのだろう。なぜ集中も途切れずに、これだけの魔法を維持できる? なぜここまでの威力がある魔法を撃っても魔力が切れない?


 あまりに桁外れ過ぎて、まるで目の前の出来事が夢なんじゃないかとさえ思えてくる。だって、あのニハル先輩だぞ? “蒼白回廊”の時は頼りなさそうな印象だったのに……いざ実戦となると、自分の中での評価ががらりと変わっていた。


「――ま、こんなところでしょうかね!」


 まるで影のように真っ黒な身体のせいで、黒焦げになっているかどうかは判断がつかないけども、にはるん先輩の攻撃が終わった後でも龍は身動き一つしていない。


「やったか……?」

「“残滓”というのですかね、こういうのは」


 ぽふぽふと着ているローブに付いた埃を払いながら、にはるん先輩が戻ってくる。


「たまに見かけますが、ここまで大きくなっているのは初めてです。放っておいても、殆ど害は無いはずですが……後輩が頑張った後だと、僕も張り切りたくなっちゃいまして」


 持っていた杖を振りかざす先輩。

 ……もしや、あの杖に先輩の強さの秘密でもあるのだろうか。


「……ニハルニハル。まだ終わってないっぽいよ」


 フィーリ先輩が、にはるん先輩の後ろを指差す。


「嘘だろ……。どんだけしぶといんだよ……!」


 黒い龍の体からずるりと、再び大きな塊が零れ落ちていた。元のサイズより二回りは小さいものの、それでも自分達よりは遥かに大きく。そしてそれは、また形を変えて。龍ではなく狼のような姿をしているようにも見える。


「おや――?」


 四メートルぐらいの黒狼が、呑気に首を傾げているにはるん先輩へと一瞬で距離を詰める。その爪が風を切る音と共に振り下ろされ、先輩の体が真っ二つに引き裂かれて――!?


「先輩っ!!」


 まさか先輩が犠牲者一号になるだなんて!?

 いや、全然笑い事じゃねぇぞ!!


「落ち着けヨ、一年坊」

「黙って見てなって」


 目の前で仲間が悲惨な目にあったというのに、先輩方は余裕の表情を崩さない。それどころか、急いで駆け寄ろうとした自分達を止める始末。


「あんたら何を――っ!?」


 考えているんだと責めようとした次の瞬間、黒い狼が後ろへと勢いよく吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられていた。


「本物の狼とは違って、嗅覚は敏感ではないようですね」


「ニハル、手伝おうか?」

「いえいえ、それには及びませんよ、フィー。締めはキリカに任せるとしても、それまでは僕一人で十分です。……とはいえ、“足”が欲しいですね――ジード!」


 名前を呼ばれたジード先輩――目元は色の付いたゴーグルで隠れていて、両手には機石魔法師マシーナリーの道具の一つなのか、機械式の篭手こてを付けていた。


 そんな先輩が出したのは――二枚の円盤。

 そして、それにすかさず飛び乗るにはるん先輩。


「複数の機石を直列起動させて浮かせてるのかな……。中央に乗った先輩が回転しないのは、円盤が二重になってるから?」


 ……解説ありがとう、アリエス。俺も不思議だと思ってたところだよ。


 やっぱり同じ機石魔法師マシーナリーだからか、一目見ただけでおおよその構造の見当が付くらしい。


「ウィィィイイイ! かっ飛ばすぜ、振り落とされるなヨ!」

「そこは調整してくださいよ!」


 テンション上げ上げのジード先輩が操る円盤が、黒狼へと飛んでいく。――もちろん片方には、にはるん先輩を乗せている。


 これも機石に組まれた魔法によるものなのか、まるでUFOのように突拍子もない動きをしながら飛行していた。


 右、左。上昇したかと思いきや下降して。曲線を描きながら跳んでいたかと思いきや、直角に曲がり始めるなど。事前のにはるん先輩の頼みも虚しく、カウボーイも裸足で逃げ出すほどの挙動だった。


 ――それでも、黒狼の動きもそれに負けず劣らずのもので。


はやいっ!」


 円盤に乗った先輩ごと、地面へと叩き落とそうと脚を振るう。が、再び触れた途端に先輩の姿は掻き消え、その数瞬後には再び衝撃音と共に、逆に黒狼の方が地面に叩きつけられていた。


「またっ!?」

「本体は反対の方だゼ。見えてるのは囮」


 黒狼が抵抗して反撃しようとするも、爪は囮である先輩の影を追い空を切るのみ。再び姿の見えない先輩からの一撃が入る。


「――――」


 ――鮮やかな手際。そう言う他無かった。


 自分もあんな風に動けたらと。

 理想の形に近い物を見て、息をするのも忘れていた。


 そのまま動かなくなった黒狼に対して、もう一発。あまりの衝撃に、今度は地面にヒビが入った。杖で殴ってるだけのように見えるのだけれど、それにしては威力が尋常ではない。……殴った瞬間に魔法光が見えたのは気の所為だろうか。

 

「だいたいどんな敵でも、三度四度思いっきり叩けば動かなくなります」


 盛大にドヤァとふんぞり返っていた。


 黒狼は既に原型をとどめておらず、黒いモヤモヤだけがそこに残っていた。それにまだ“意思”というものがあるのだろうか。霧散していくわけではなく、ここから逃げようと、塊のままふわふわと飛んでいこうとする。


「キリカ! お願いしますよ!」

「――はい!」


「…………!?」

「なんだその手ぇっ!」


 両手にあったのは大きな鰐口――というよりも、両手が口になっていて。トラバサミのようにガチガチと開いたり閉じたりを繰り返していた。それこそ蟹のような、目を疑うような状態になっているのだけれど、これが本人の得意としている魔法らしい。


「出たぁ! キリカちゃんの《バクバクバグナク》!」

「その名前で呼ぶのやめてって!」


 まだ届く高さにあるそれに、一飛びで追いつき、そのまま削ぎ取るように右手の口で


 …………


 キリカが着地したところで暫しの静寂。


「うぇえええ……あんまり美味しくない……」

「そりゃそうだろっ!」


 更に何かが襲い掛かってくることもなく。彼女の間の抜けた発言によって、その場の空気が弛緩する。


「はぁ……終わった……」

「一時はどうなるかと思ったけどよ……」




「ゲホッゲホッ――ウ゛ォーッホン!!」


 にはるん先輩が、凄い勢いでむせていた。


「――ヴォエッ!!」


 凄い勢いで嘔吐えずいていた。学園のマスコットあるまじき行為である。


「はぁ……はぁ……。ほら、僕って頭脳派じゃないですか? 激しい運動って苦手なんですよねぇ……」

「もー、無駄に張り切って、普段しないような戦い方するからー」

「先輩だからナ! カッコいい所見せたい気持ちも分かるゼ」 


「こういう時じゃないと、先輩風を吹かせられないですからねぇ!」

「にはるん先輩、もふもふしてて可愛いもんねぇ」


 怒った口調でピョンピョンと飛び跳ねるものの、逆にそれがコミカルにも見える。……これであれだけの魔法を使えるのだから、先生が“別格”と言っていた意味も理解できる気がした。


「……ニハル先輩。どうやったら先輩みたいな戦い方ができるんですか?」


 『ふむ』と小さく頷く先輩。


「――ゆっくり帰りながら、話をするとしましょう」

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