第三十一話 『この魔法の使い方』

「私、ちょっと走って出口探してきます!」

「……なんで!? みんなで一緒に――って、行っちゃった……」


 あっという間に地下空洞の奥の方へと走っていってしまう。流石にこれだけの規模の施設で、出口が一つだけというのは考えにくいという判断の上、全員で探索するものだと思っていたのだけれど。


「あー、キリカの魔法は副作用があるから」

「副作用とは……!?」


 これまた物騒な。反動で怪我するとか、寿命と引き換えに、とかそういった類のものなのだろうか。いや、そんな魔法まだ聞いたことないんだけど。


 ヒューゴが『そんな危ない魔法を使って大丈夫なのかよ』と尋ねると、『乙女の秘密なので、男子には教えられません!』と訳の分からない答えが返ってくる始末。


 なにが凄いって、走り出してしまう理由に何一つなっていないことである。


「キリカなら、余程のことが無い限り一人で対処できるでしょう。ボクらが歩きながら後を追うぐらいが丁度いい」


 にはるん先輩のその言葉により、キリカを除いたメンバー計八人が、ぞろぞろと薄暗い地下空洞を歩いているわけで。


 ヒューゴとハナさんは同じ妖精魔法師ウィスパーであるフィー先輩と、アリエスは機石魔法師マシーナリーであるジード先輩と話して(手持ち無沙汰となったタミルも混ざって)いた。


 その中で自分はといえば――


「――少し自分語りが入るけどいいです?」


 にはるん先輩との一対一マンツーマン

 もちろん。お願いしますと、小さく頷く。


「……ボクは魔法にだけに関しては、先生方にも引けを取らないと思っています。ぶっちゃけ、才能の塊です」

「言い切った……!」


 ここまで言い切られると逆に清々しい。実際に、その言論に見合うだけの戦いを目の当たりにしたわけだし。


「しかし、なにぶん引きこもりでして。頭と違って、身体が思うように動かせないのが最大の障害でした」


 フィジカルの弱さが欠点。それは先程の戦闘でも如実に現れていて。移動は殆ど円盤に乗っての筈なのに、あれだけで咳き込んだり嘔吐えずいたり。


 すべてにおいて完璧、という人なんているはずないとは思うけど。ここまで極端なのは初めてなんじゃないだろうか。


「簡単に言ってしまえば、仲間がいて、それを補ってくれたからここまで戦えるようになったんですがね。学外で修行をしていたときに組んだ仲間は、ボクが直接狙われないよう、魔物の注意を引きつけていくてくれたし――今のグループでは、最前線で動き回れるように補助してくれることもある」


「でも……それは先輩に実力があるからこそですよね?」


 あれだけの魔法をバンバン撃ち続けて。それだけでも、常人とは一線を画する存在だ。それを“才能”という言葉一つで片付けられてしまえば、こちらとしては何も言えないけど。


「テイルくん。“死にたくない”と思ったことは?」

「……はい?」


 いきなり、重い話題が飛んできたんだけど。


 何を言っているのかと訪ねようと思ったけど、先輩にとっては必要な話題らしい、これが何かに繋がっているのだろうと、自分なりにいろいろと考えてみる。


 ――『死にたい』と思う人は幾らでもいる。いや、“この世界”では分からないけど、前世の時には幾らでも“いた”。身の回りには居なかったけど、テレビやネットなどを中心にして、毎日のようにそんな言葉が視界に入ってきていた。


「……あると言えばありますけど」


 それは少し意味が異なっているけども。……自分の場合、既に一度死んでいるのだから、正確には“もう死にたくない”である。


「“死にたくない”と思ったことがあるのは――正確に言えば、“死にたくないと思って、まだ生きている人”は少数です。実際に死にかけてみないと、そんなこと考えもしないですし。そのとき考え始めたんじゃ遅いんですからね」


「まぁ……そうですね」


 ここに思いっきり手遅れだった人がいるんだけどな!


 未だになんで死んだのか、どうやって死んだのかを思い出せてはいないけれど。それでも、自分の前世というものは強く記憶に焼き付いている。おかげで、困ったことに“喪失感”だけが人一倍ある気持ち悪い状態なんだけど。


『とはいえ、それは世界規模で見たときの話です』と、にはるん先輩は続ける。ひとたび戦場いくさばに出れば、そんなのがゴロゴロといると。


「……ボクも似たような例で、その少数に入ったわけです。当時のチームで調査中に、自分たちではどうにもならない規模の、魔物の群れに囲まれてしまいまして。情けないことに、当時世話になっていた師匠に、絶体絶命のところを助けてもらった」


 にはるん先輩の師匠。一年間、学外へと出ていたころに師事してた定理魔法師マギサで、学者もしていたらしい。


「なかなかあの人も化物じみてるといいますか。『どっこいしょ』とか言いながら、空間に穴開けて出て来るんですから。まるで何でもないことのように、颯爽と現れて一瞬のうちにすべての脅威を取り除いて、戻っていきました」

「んん?」


 ……ちょっと何を言ってるか分からない。説明が雑すぎやしませんか。


 にはるん先輩が“化物”というぐらいだから相当なんだろうけど、それにしても魔法使いってのはなんでもアリすぎるだろう。


「いとも簡単に窮地から救ってくれて。それならこの問題だってアンタが解決すれば良かったじゃないかと、そう最初は思っていたんですけどね」

「……最初は?」


「その時、師匠は裏でもっと大きな問題に対して動いていた。というのが後々分かって、ボクは目の前の事しか見えていなかったと死ぬほど恥じた」

「…………」


 にはるん先輩が、頭の上の三角帽を深く被りなおす。表情を見られたくないのか、それとも視界を塞ぎ、その時のことを思い出そうとしているのか。そうして数秒の間の沈黙の後――先輩は帽子を上げて、少し怒ったように続ける。


「かといって、師匠が助けてくれないと死んでたんですがね!」

「結局助けてもらうんですね……」


 あればっかりは仕方なかったと、苦笑する先輩。


「どうしようも無くなったときは助けを求めればいいんです。黙っていれば助からない事でも、誰かに声が届けばそれで助かることもある。――かといって、すぐに助けを求める癖がついてもいけないんですが」


 ――助けを。助けを求めることも必要だと、先輩は言う。“助けを求めればいい”の線引きが、経験の少ない自分にはまだよく分からないけど。


 とはいえ、これまでに二度も助けられていて。一つはクロエと戦ったときのヴァレリア先輩。そしてもう一つは、目の前にいるにはるん先輩にである。


「――話を戻すと、“そういう経験”をしたことがあるかで、大きく変わってくるんですよ。“その時”がいつまた襲ってくるのか分からない。今のままだと今度こそ死んでしまうかもしれない。いつか他人を巻き込んで、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない――」


 しれない、しれないと。ifにifを重ねていく。車の教習所で言われるらしい『かもしれない運転』並の重ねようだった。そんな堆く積まれた『かもしれない』のあとに、一つ息を吸い。『あと――』と先輩は続けた。


「ボクを助けてくれた人を、こんどはボクが助けてあげたいと。……準備をしていないと不安なんですよ。ボクは臆病者ですからね」






「この魔法の使い方、知りたいなら教えてあげます」


 戦闘の時には展開から発動まで一瞬で行われていたため、その様子をまじまじと確認することはできなかったのだけれど、今ではその右手の先に魔法陣を浮かべていて。陣として描かれた魔法式が、複雑すぎて中身がまったく読み取れない。


「ボクは自慢の知力と観察力と、そして掛け替えのない仲間たちによって、この魔法を活かしてきました。――敏捷性と動体視力を備えている、猫の亜人デミグランデである君なら、もっと使いこなせるでしょうからね」


「この魔法を……俺が……」


 淡い光を伴って浮かび続ける魔法陣が、まるで探し続けていた宝物にも見えて。まじまじと眺め、魅入られていた自分を先輩が引き戻す。


「最後に個人的なアドバイスを、先輩として一言あげましょう」

「……アドバイス?」


 耳を傾けた自分に先輩がかけた言葉は――


「――楽しいですよ。相手を一方的になぶれるのは」

「お、おう……」


 ……先輩の笑みが、とても悪い感じに歪んでいた。とはいっても、元が元のお陰で“可愛い”の範囲を抜け出すことができないでいたけど。


 パンドラ・ガーデンの生徒は一癖も二癖もある奴ばかりで。どうやらこの先輩も御多分に漏れず、のようだった。


 さっきまでいい話をしていた気がするんだけどなぁ? 俺の気の所為だったか?


「……台無しです、先輩」


 ため息混じりに、そう小さく呟いた。

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