第712話 爺の再就職で九尾なのじゃ

 親父が最近ハロワに行っている。


 いや、ほんと真面目に。

 割と朝早くから起きて、本日の求人一番乗りという感じで、ハロワに向かっている。嘘じゃないのかと尾行してみたけれど、割と普通にハロワに行っている。

 パチ屋にでも入ろうものならば、しれっと横に座って、今日はよく出てるかいとか言ってやろうかと思ったけれどハロワに行っている。


 そんなことがあったものだから、今夕、我が家の食卓に激震が走った。


 親父をキッチンで囲んで、どういうつもりだジョージという感じに尋問会が開かれていた。いや、どういうつもりだジョージってなんだってもんだが、とにかくそれくらいのショックが桜家を襲っていた。


「親父あんた、年金受給できる年齢だろう。もう後は、息子の収入にぶら下がってのらくらく隠居生活とか抜かしてたのに、いったいぜんたいどうしたってんだ」


「のじゃ!! 父上!! 何かやばい借金でも背負ってしまったのじゃ!?」


「お金に困っているんならそう言いなさいよ!! お小遣い出し渋るほどウチは貧乏じゃないよ!!」


「桜の父上どの!! 我々の無職同盟はどうなってしまうのですか!! あの日、これからずっと桜どのと加代どのと母上どのの収入で過ごしていこうなと、桜の下で誓い合った我らの気持ちはどうなるのですか!! うぉおぉおおっ!!」


「おじーちゃん!! やましいことがあるならはやくげろっちゃうほうがみのためなの!!」


「きゅるおーん!!(特別意訳:いったい何が目的なんだ!!)」


「君たち、ワシが働かないことに対して、普段さんざん文句を言っている割には酷い言い草じゃない?」


 それくらいアンタがちゃらんぽらん今までかましてきたからではないか。

 お前、ちゃんとこれまで働いていれば、俺も母さんもこれまで苦労することもなかったし、家の中でアンタの地位がここまで下がることもなかったんですよ。


 というか、年金貰える年齢とは言っても、まだまだ働ける年齢だからね。

 早期リタイアしただけで、会社によっては雇っていただける年齢だからね。


 ちょっとハードルは高いかもしれないけれども。

 シルバー人材センターにご相談した方がいいかもしれない案件だけれども。


 まぁ、そりゃそれとして。

 就労意欲に乏しい親父が、やる気満々になってのここ数日。

 正直に言って不穏に感じずにはいられなかった。


 物覚えのある頃から甲斐性なし。

 浮気の一つもすることもできない。

 電話がかかってきたかと思えばいつも謝りっぱなし。


 そんな親父である。


 口癖はいつだって、どうして生きているんだろう、だ。

 そんな親を長年目にしていれば、この世がどれだけ糞なのかと耐性もつくというもの。おかげで、ブチギレの桜というあだ名がつくくらいに、アンタの息子は逞しくなりましたよ。


 そんな社会不適合者オブ不適合者の親父が、どうして、なんでまた、ハローワークなんかにあしげく通っているのか。


 まさか――。


「ハローワークにかわいこちゃんがいるのか!! それに惚れちまったのか!!」


「のじゃぁ!! 浮気は駄目なのじゃ父上!!」


「アンタ、そんな不純な動機でハロワに通っているのかい!!」


「父上どの――どこの受付の方ですか!!」


「シュラトさま!!」


「おじーちゃん!! うわきはめーなの!!」


「きゅるくくう!!(特別意訳:このごく潰し)」


「だから違うって言ってるだろう。もう、ワシだって流石にこの家の住人だよ。少しくらいは家計にお金を入れたいし、余裕のある生活をさせてやりたいって思うじゃないか。最近はなんか子供も増えてきたことだし」


「はい嘘松。親父はそんなこと考えません」


「見え透いた嘘はやめるのじゃ、父上」


「アンタ。この期に及んでみぐるしいよ」


「いやほんと、なんでそんなに疑ってかかるの!! ワシ、そこまで家族の信頼を損なうような大黒柱だった!?」


 損ないまくりだよ。


 気が付かないのかと疑問に思うくらいに、損ないまくりの一家の大黒柱だよ。


 いや、大黒柱は母さんだよ。

 お前はなんていうか欄間だよ。

 大黒柱からにょろっと生えたなんか枝的な奴だよ。

 家を支えるのに、少しも役に立ってない感じの、そういう材質の奴だよ。


 人間、生きて来たこれまでの行いというのが、ツケとなって噴き出てくる瞬間があるものだ。まさに今、親父にとってのそれがこの時であった。


 哀れ親父。


 と、親父がだぁもうと嘆いてテーブルに突っ伏す。

 するとぽろりとその懐から、丸められたちらしが飛び出した。


 なんだろうかとすぐに拾ってそれを確認すれば――。


「……金婚旅行海外ツアー、十万円から」


「……長年連れ添ったご褒美に、旅の間は新婚時代に戻って過ごしませんか」


「……あんた」


 あ、いや、これはと顔を赤らめる親父。


 皆まで言うな。

 もうなんというか、これでいろいろと察した。


 そうだよな親父。

 親父は確かにろくでなし、社会腐適合者の親失格、子供に向かっていかにこの社会が糞かというのを、容赦なく吹き込むようなサイコオブサイコペアレントだ。

 けれども、決して家族のことを顧みない奴かと言えばそうじゃない。


 いつだってアンタは、俺たち家族のことを気遣ってくれた。


 仕事がないときは、せめて家事くらいはと、掃除洗濯をやってくれた。

 俺が学校に通っている時は、母さんの方が忙しいからと、弁当を作ってくれた。慣れないキャラ弁なんて作る親父のことをきもいと思ったこともあったが、それ以上にありがたかった。


 そして就職してからも、こまめになんやかんやと連絡してきたは、金をせびるふりをして俺の体調のことを気にかけてくれた。


 確かに親父は社会人としては失格かもしれない。

 けれども、人の親としては、家庭人としては本物だ。


 なにより母さんへの愛は本物だ。

 でなければ、どうして自分より稼ぐ妻という、家で肩身の狭い思いをしなくちゃいけない相手と、三十年以上にもわたって一緒にいられるというのか。


 そうか、そういうことか。

 父さん、金婚式の旅行の資金をためるために――。


「いやけど、金婚式ってまだあと十年は先の話だよ」


「やっぱり何かやましいことがあるんだろう親父!!」


「父上、このような見え透いたブラフにひっかかるわらわたちではないのじゃ!!」


「金婚式より近くの中華屋でみんなでご飯食べたほうがいいと思うぞ、父上どの」


「おじーちゃん、いくらなんでもうそがへたくそなのー!!」


「きゅるくるくるーん!!(こんな小道具まで仕込んでほんとあさましい)」


「いや!! それなりの額を溜めようと思ったら、今くらいから働かないとダメだろ!! というか、誤魔化すために小道具仕込むとか面倒くさいこと――」


「「「「「親父(父上)(お父さん)(親父どの)(おじーちゃん)ならする」」」」」


「なんでー!!」


 だから日ごろの行いだっての。

 給料安くても毎日働いてたら説得力あるけれど、日がな一日縁側でボケーっとしているおっさんの言葉に説得力があると思うな。

 というか、ハロワ行っても仕事にはありついてない時点でお察しだろう。


 そういう所やぞ。


「きゅるるん(特別意訳:もう何もせずに、年金から貯蓄した方が確実では?)」


「ドラコ。分かってくれるのはお前だけか」


「いや、たぶん、分かってないと思うし、慰めてもないと思うぞ」


 ほんと、日ごろの行いって大切である。

 というかそんなん親父があくせく働かなくても、お袋がなんとかしちまうよ。

 ほれ、もうチラシ見てその気になってる。


 男だとか、大黒柱だとか、一家の主だとか気にせず、養われときゃいいんだよ。

 別にそれであんた、別に誰かに迷惑かけてる訳じゃないんだしな。

 人の生き方なんて、人それぞれだろう。

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