第705話 お年玉で九尾なのじゃ(3)

「おーう、桜のボウズ、久しぶりだな。元気にしとったか」


「げっ!? 陸奥さん!? なんでここに!?」


 新春。


 親父がどうしても、競馬行きたい、競馬行きたい、今年こそは金杯で勝ちたいとうるさいモノだから、やってきました京都競馬場(淀)。


 三が日も過ぎてもはや明日からお仕事スタンバイ。

 最後の休日をまったりとターフを眺めて過ごしましょうという気分になっていた俺の目の前に、突然そいつは現れた。


 ナガト建設副社長の陸奥さん。

 いやはや、ナガト建設を退職したり、異世界に行ったりしてからとんと疎遠になっていた彼だけれども、まさかこんな所で出会うとは予想外。

 世間は狭いものである。


 幸いなことに、お見せできないギャンブル依存症の親父がいなかったのは大きい。ほんと、あの親父を見られてしまっては、いろいろと要らぬ心配をかけるか、怒られるかのどっちかだっただろう。


 ほっと胸をなでおろす横で――。


「桜さん!! 加代さん!! ご無沙汰しております!!」


「のじゃ、葵ちゃんまでなのじゃ」


「葵ちゃん!? ちょっと、競馬場なんて若い子が来るもんじゃないよ!! しかもなにその振袖!! どうしたのさ!!」


 ひょこりと陸奥さんの背中から顔を出したのは振り袖姿の葵ちゃんである。

 競馬場に似合わない深窓の令嬢然とした彼女は、ふりふりと振袖の袖を揺らすと、なんだかくすぐったそうに笑うのだった。


 相変わらずかわいらしいことで。

 加代さんというステディがいなければ、俺も彼女にころりところんでいたかもしれない。

 とはいえ、まだまだ子供っぽい感じは抜け切れていないかな。


 さて――それはさておき、彼らがここに居る理由である。

 大企業の副社長とその孫娘が、どうして下々の娯楽である競馬場なんかに足を運んでいらっしゃるのか。


 もっとこう、きらびやかな場が彼女たちには似合うのではないか。


 そんな疑問はすぐに陸奥副社長のダミのある声で氷解した。


「なぁに、ちと知り合いに頼まれて馬を育てていてな。これが正月から走るって言うんでちょっとやって来たって訳さ」


「いい馬なんですよ。血統も申し分なくて、気性も競走馬にしては穏やかで」


 あぁ、なるほど、馬主ってことか。

 そら確かに、保有している馬がレースに出るとなったら、競馬場にも足を運びますわな。俺たちとはまた違うレースの楽しみ方という奴である。


 いやはや。


 正月早々思い知らされるが、これが庶民と金持ちの差か。


「おっ、なんや桜やんと加代ちゃんやないかー」


「げっ、ダイコン」


「のじゃぁ、お主まで」


「……およっ。なんでえ、おめえさん、カブロウさんところの孫じゃねえか。でかくなりやがったな、元気してたか?」


「……ありゃ、誰かと思えば陸奥の爺さま。正月早々に縁起でもねえ」


「誰が縁起でもねぇって!!」


 陸奥副社長の雷が落ちる。

 例によって、彼のべらんぼうめな江戸前気質は治っていないようである。

 そんな彼の雷をひょいとうまく逃げてみせるダイコンもまた、手慣れている感じでなんともはや。


 さては仲良しだな。


 だっはっはと笑って小突き合う二人に、俺と加代、そして葵ちゃんが閉口する。ほんと世間は狭いものである。


「おっ、なんだ陸奥の爺さんも同じレース出るの。奇遇だねぇ」


「この道楽息子が、若いのに競馬なんざに手を出しやがって。こういうのはな、酸いも甘いも噛み締めた大人の道楽なんだよ」


「はいはい、すんませんねぇ若造で。俺にも付き合いってもんがあるんですよぉ」


「……なら仕方ねえ。しかし、勝負とあっちゃぁ手加減はしねえぞ」


 じろり睨み合う、陸奥副社長とダイコンタロウ。なんかいい感じに、バトル漫画的な雰囲気を醸し出して二人は、背中を向けると同じ方向――関係者席のある方向へと歩き出したのだった。


 葵ちゃんがまた今度ごゆっくりとと頭を下げる。


「おい、桜ァ!! 安心して俺の馬にかけとけ!! 一枠二番!! 逃げ切ってやるからなァ!!」


「桜やん、ワイが大外からまくるやで、安心しといてや!! 八枠十八番!! 絶対損はさせへんからな!!」


 えぇ。

 どっちも、四番・五番人気でそこそこ美味しい所の馬じゃないですか。

 やだもー、どうしうよう、人気順の三連複買おうと思ってたのに。


 ここまで言われてしまうと流石にちょっと引っ込みも着かない、そこまで言うのならばと、俺はしぶしぶ関係者が馬主やっている馬にかけたのだった。


 うむ――。


「これって、当たったらなんか罪とかにならん奴やよね」


「のじゃのじゃ。馬の勝負はナマモノじゃからのう。勝か負けるか、分からないからこそのギャンブルじゃから――気にしたら負けなのじゃ」


 まぁ、接待費と思っておこう。

 そうは言いつつ、二人ともやるときはやることを知っている俺である。

 とっときのとっときにとっておいた一万円を使わざるを得ないかな、そんなことを思ってしまうのは仕方ないのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「……マジで連対させやがったよ、あの二人」


「……のじゃ。稀に見る好レースに好レコード。新年からいいもの見たのじゃ」


「……ドウシテ、ドウシテ」


 ゴルカムの白石みたいに胡乱な目をする親父を除いて、大勝ちした桜一家。

 思わぬお年玉に、正月も終わりだというのに、ちょっと豪華な夕食が食べれることになったのだった。


 いやはや、ほんと、持つべきものは馬主の友達――いや運だね。


「……ドウシテ」


「ほら、しっかりするのじゃ父上」


「競馬通ほどあたらんとはよく言ったもんだが、ほんと、怖い話よね」

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