第671話 クビになる要素で九尾なのじゃ

「そういや加代さん、普通に考えてクビになるスペックしてないのに、なんでそんな頻繁にクビになるわけ。おかしいでしょ」


「のじゃぁああああ!!」


 それを言わないでほしいという感じに声をあげるおまぬけキツネ。


 職歴は実にご立派。

 履歴書の経歴・資格・動機の項目、全てについて心証マックスの人事の心をわしづかみにする内容が書けるオキツネ。

 そうでなければ今日という日まで、クビになることはあっても仕事にあぶれることはないだろう。


 クビにならないことは保証できないが、就職できることは保証できる。

 そんな就活エキスパートの加代ちゃんである。


 普通に考えれば、そんな人材がポンポンとクビにされるわけがない。

 そう思うのだがこれはいったいどうしてか。


 いやまぁそれに度を越えてドジだというのもあるけれど。

 あと、油揚げが絡むとポンコツになるというのもあるけれど。


 とにかく、同居人の豪快なクビになるっぷりが、俺には信じられなかった。

 今更だけど。


「のじゃぁ。やっぱり、わらわってばオキツネだから。そういうキツネとしての本能に逆らうことができない部分があるから。仕方ないのじゃァ」


「いや、オキツネとしての本能とか言われても。確かにそういう要素があるのは分かるし、それでクビになるのも分かるけれど、幾らなんでも見切りが早すぎでは?」


 普通、もうちょっとくらいは新しく入った人の仕事ぶりくらい見るものだろう。

 どうしてそうポンポンと、軽くクビを切ることができるのか。


 そもそも、労働基準法的に試用期間中でもない限りそうそうクビはキレない。

 試用期間中でも、よっぽどの不適格事項――仕事のさぼり――でもないかぎりにはクビに出来ないのが昨今だ。


 なんだかんだで労働者というのは手厚く守られている。

 普通に考えてクビになるはずがない。


 それに増しても加代さんのキャラクターである。まぁ、ちょっと間は抜けているけれど、そこは愛嬌。人さまに愛される性格をしている。


 長い目で見れば、彼女を会社においておいた方がメリットになるということは、平社員が板についている俺でもよくわかる。


 だというのに、なぜ、彼女をクビにするのか。

 そうしなければならないのか。


 この作品の根幹を揺るがす疑問を、俺は唐突に思ってしまった。


 のじゃぁと座卓に座りながらお茶を飲む加代さん。

 それについて説明するにはと、彼女はスマホを取り出すととあるページを俺に見せた。


 いわゆる、転職情報サイトである。

 彼女が転職時に使っているものだろうか、そこには割と多めのブックマークが入っていた。


 これだけのブックマークがあるオキツネ、なかなかいないんじゃない。

 大学三年生や四年生より多い気がする。


 たぶん現代日本で、一番就活サイト使ってるんじゃないか。


 それでもってオファーも多い。こんなにスカウトメールってくるものだっけと、なんだか負けたような気分になる。仕方ない、だって加代さんてばちゃんとしたスキル持ちなのだから。そりゃ、普通に考えたらスカウトも来るだろう。


 しかし、ますます分からない。


「え、自慢?」


「違うのじゃ!! ちょっとこの、ブックマークの会社を見るのじゃ!!」


 見るのじゃと言われても。

 頭を掻きながら俺はそれを覗く。

 いったいそこに何が書かれているというのだろう。別に、ちょっと誇張した企業PRが買書かれている程度だろう。


 そう思ってみるや否や、開いたブックマークのヘッダーから、なかなかパンチの効いた赤文字が瞳へと飛び込んできた。


 そう。


「この会社は18年5月12日をもって廃業いたしました――」


「のじゃ、こっちの会社も見て欲しいのじゃ」


「19年2月3日に廃業しました。えっ、えっ、ちょっと待って。え、これって、前に加代さんが勤めていた会社だよね。なんでまたこんな」


 そこで俺は初めて気が付いた。

 そう、考えるべきは、加代ちゃんのパーソナリティではない。


 むしろ企業側の体質。

 世相。

 そして、時代の流れである。


 なるほど昨今どの会社も、人材不足が嘆かれている。

 そして、どうして人材が不足するかと言えば、低い賃金で労働者を酷使する、あるいは教育体系の不備、人材に求める高スキルなど、非常に身勝手な理由からだ。


 隣の芝生は青い。


 人はあぶれていなくても、今いる人材よりもいい人材がいるのではないかと、そういうことを考えてしまうのは仕方ない。けれども、実際にはそんな旨い人材は、またぞろ転がっている訳ではない。

 そも、いい人材はいい会社に行く。

 そういうもんだ。


 そこを理解せず、こいつは駄目だと切り捨てて行けば必然――。


「人手不足は解消しない。なるほど、加代さんの会社は典型的な、ロマンティック企業だったのか」


「のじゃ。だからあまり詳しい身辺調査もなく、ほいほいと就職できるというのもあるのじゃが」


「……いや、普通に考えて、クビにする方が悪いと思うよ。こんなん」


 まぁ、偉そうに俺がどうこう言うようなアレではないと思うのだけれど。

 人材なんて、手塩に育てて、初めてどうにかなるもんでしょう。そこを省いていろいろと欲張ってたら、そりゃ仕事も窮しますよ。


 夢なんか見ていないで、ちゃんと現実を見ろフォックス。

 俺はちょっと社会派なことを加代さんのブックマークを見ながら思った。


 うぅん、ザマァ案件。

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