第665話 古書店でコーヒーをで九尾なのじゃ

 意味もなく、住んでる街の散歩をする俺と加代。

 休日で暇なのと、家事とかをある程度お袋たちに手伝ってもらえるようになったので、生活に余裕が出てきたのだ。

 いや、手伝って貰っているというか、下手に手を出せないというか。


「やっぱり他人の台所というのはおいそれと使えるものじゃないのじゃ」


「それな。この食材使っていいのかとか、この機材どう使うのとか」


「洗濯に使う洗剤とか、干す場所とか」


「ひととおりできるようにはなったけれども、ついそっちの生活様式に合わせちゃうよな」


 向こうのアパートで使っていた家具類やらなにやらを持ってきていたらまた話は別だったのかもしれない。多少なりとも、実家の方で家事の分担が多くなったかもしれないが、そこはそれ。

 突然の異世界転移である。

 家具類はまとめて実家の方に送ってくれたとのことだが、持て余すのは仕方ない。結局、近くの中古屋に振り払って二束三文。という訳で、俺たちは家事をしたくてもできなくなってしまったのだった。


 いや、自分たちにとって都合のいい言い訳だってそこはちゃんとわかってますよ。

 そういうの気にせずもっとねぎらってやらなくちゃならないんだけれどね。


「そういうのはいいから!! アンタははよ加代ちゃんとイチャイチャしなさい!!」


 それより親の孫への圧が強いのだから仕方なかった。


 甘えさせてもらうぜ、お袋、親父。

 まぁ、孫は作らんがフォックスフォックス。


 とまぁそんな感じで、ちょいと寒い年末の街を歩いていると、裏寂れた古書店がふと目についた。

 思わず、その堂に入った佇まいに足が止まる。


「のじゃぁ、なかなか年季の入った古書店じゃのう。寂れた地方じゃまず見ないのじゃ」


「なぁ。こんなの昔あった思い出はないんだけれど」


「のじゃ? どういうことなのじゃ?」


「……子供の頃、ここら辺でよく遊んでた思い出はあるんだけれど、古書店なんてなかったんだよな。というか、ここは普通に子供の遊び場。ちょっとした空き地だったんだが」


 ドラ〇もんに出てくる雷さん家の隣みたいな土地だった、はずだ。

 バットは持ち出さなかったが、バトミントンのラケットやらなにやら持ち出して、俺も遊んだのを覚えている。


 まぁ、もともと空き地だったので、売れるのは仕方ない。

 おまけに寂れた街と言っても、一応は阪内の只中である。

 こういう店が空き地に立つのも道理というもんだろう。


 しかしなぁ――。


「こんな立地で、はたして客が来るのかといわれりゃ、ちょっと怪しいよな」


「のじゃ、住宅街の只中では、ちょっとのう。コンビニでも厳しいかもなのじゃ」


「猫の額ほどの土地だし」


「のじゃ、そもそも古書店というのが、あまり需要が」


「あれ、桜?」


 なんてことを思いながら古書店の入り口を見ていると、中からエプロンをしたロン毛の男が出てきた。厚い眼鏡をかけた彼は、ちょい痩せ気味で俺と同じくらいの年頃という感じの男だった。


 見覚えはない。

 けど、面影はある。

 ここ数年、地元の同窓会にはご無沙汰の俺だけれど、もしや彼は――。


「……もしかして、てっちゃん?」


「そうそう、徹だよ。なんだ、桜もこっちに帰って来てたのか」


 同級生の代本徹くん。

 小学校・中学校と一緒に遊んだ友人だった。

 その後は疎遠になって、めっきり連絡を取っていなかったけれど。


 まぁ、男なんてそんなものだよね。


「いや、帰って来てたのかも何も。というか、お前、なにしてんだよ。確か前に話をした時には、東京の方でベンチャー企業に入ったとかどうとか」


「へへへ、いやぁそれが、俺の居た会社潰れちゃってさ」


 世知辛い。

 人のこと言えた口ではないけれど、世知辛い。

 まぁ、ベンチャーのベンチャーは、アドベンチャーのベンチャーですからね。どうなるか分からない未来に挑んでいくことを考えれば、そりゃそういうリスクもあります。


 こうしてへらへら笑っていられるのと、割と丈夫そうな身体をしているところから、まだだいぶマシな会社だったらしい。


 海賊に捕まった社員をクビにするような会社じゃなくて本当によかったのじゃ。


「いやしかし、なんか、だいぶ印象が変わったな」


「うーん、まぁ、会社がつぶれてからいろいろ人生観変わったよね。やっぱり組織に所属していても、人生ダメなときは駄目なんだって。自分で生きていけるだけの力を付けないと、どこまで行っても安心できないっていうか」


「……もしかして、この店?」


「あ、うん。退職金と残業代が結構溜まってたからさ、実家リフォームしてそれでもお金が余ったから、だったら自分で何か事業を始めようかなって」


 一国一城の主かよ。

 はぁ、すげーもんだな。俺と同い年だっていうのに。

 いやまぁ、三十も後半だしな。そらそういう話にもなるか。

 俺も毎週末のパチスロをやめていれば、もしかすればこんな――。


 やめよう。

 他人と比べても仕方ないっての。


「……食っていけてるの?」


「ネット通販とかやってなんとかって感じだね。けど、楽しいよ。自分でなんでもかんでもやるのって」


「……そっか」


 いい感じに笑う友人に少しほっとする。

 その選択を笑って話すことができるなら、きっと彼は大丈夫だろう。


「どうだい、中でコーヒーでも」


「いや、古書店だろ?」


「今は普通の本屋でもコーヒー飲める時代だよ。時代の波に乗らなくちゃ」


 言えているな。

 さすがベンチャーに飛び込むあたり、そういう当たりには頭が回るや。

 そんなことを思いながら、俺は友人のお誘いに応えることにしたのだった。


「のじゃ、古書店でコーヒーとはなかなかデートっぽい休日の過ごし方じゃのう」


「そうじゃのうそうじゃのう」


「……あれ、さっきから気になってたけれど、そっちの女性ってもしかして」


 まぁ、そのね。

 生きてりゃ人間、いろいろあるさ。

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