第650話 いい加減にしろやいで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 桜、女の子になります。


「ならんのじゃぁ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「……汚れキャラとしていくら何でも俺を使いすぎでしょう」


 愚痴。


 例によって大阪の夜景が望める、ダイコンホールディングスの社長室。そこの椅子に陣取って、俺は大きなため息を吐き出した。

 もう勘弁してよいう感じのため息を吐きだした。


 時刻は日付が変わるころ。

 衣装はピンクなサロンから連れ出されたまま。


 むくつけき――というにはちょっともやしな体にまとわりついた煽情的な服装をだらしなく着こなす。大胸筋がまろび出ていようが構うものか。

 そう、構うものかである。


 そして俺は、濃い目に造った二階堂のお湯割りをぐいと喉に流しこむ。


 染みる。

 この世知辛い世の中、寒いご時世に、酒は臓腑に染み渡る。

 そんな感じであった。


「まぁ、桜の名前ネタは、随分前からやられていたことじゃから」


「ジェンダーを感じさせない、なかなかええ名前やとワイは思うで桜やん。けどまぁ、確かにちょっと、しつこいくらいに女ネタは振られた感はあるな」


「振っておいてどの口がそんなふざけたことを言うんだ」


 すいません、と、頭を下げる同居狐とダイコン社長。

 悪ふざけか、それとも日ごろの仕返しか、こんなアホみたいな仕事ばっかり回してくれやがって。


 普通に考えてやらんだろうさ。

 普通に考えて、それやっちゃいますかってもんだろうさ。

 けれどもお前、挑発的に来られたら男だからやってまうやろうがい。

 俺がそういうのに弱いと知ってて、あえてやってる感じやったやろがい。


 畜生、舐めてくれやがって。けれども実際、それが嵌って、あんな惨状になってしまったのだから仕方ない。


「いや、まぁ、やっぱりね。桜やんはそのままだと、普通に働いて、普通に成果出して、普通にブチギレて、それじゃやっぱり面白くないじゃん」


「のじゃのじゃ。だから、やっぱりこう、無理があるじゃんみたいな仕事に放り込んで、シュラトに仕事の厳しさを教え込もうという、そういういわらわたちの作戦みたいな所があった訳なのじゃよ」


「……なるほど、おまえら、そこまで俺のことを考えていたんだな」


 のじゃ、えへへとなんだかいい感じの笑顔を見せる加代とダイコン。

 ダイコンはともかく、加代は俺のことはよく知っている。確かに、彼女が言う通り、俺ならばまぁ大抵の仕事であれば、軽くこなしてしまうだろう。


 それでは、労働の大変さをシュラトに伝えるという、当初の目的から随分と離れしまうことになる。

 そうなってしまっては本末転倒だ。


 加代も、ダイコンも、その辺りをぬかりなく考えてくれていた。

 考えてくれていたからこその、あえてのこの出落ちラッシュ。


 やれやれまったく。返す言葉もないとはこのことだ。

 二人の壮大な深謀遠慮に俺は――。


「それでも風俗系のネタばっかり振ってくるのはひどくない!! もっと、そういうのじゃなくても、難しい仕事とかいろいろあると思うんだけれど!!」


 正論でキレた。

 そう、正論で返した。


 この桜。女みたいな名前と弄られて三十年である。


 その手の事には多少は慣れた感のあるいい大人である。

 しかし、黙っていることはできなかった。そんな理由で、夜の女性のお仕事を連続してやらされる身になってみれば、きっとそうなるだろう。

 とにかく、彼らの悪逆非道を許すことができなかった。


 男やぞ。

 名前は確かに、日本で一番女の子らしい名前の桜かもしれんけど。

 ワイは男やぞ。


 もうちょっと、仕事は選ばせてくれ、頼むから。


 しょぼんとしょぼくれる加代。

 すまんとおどけるダイコン。

 そして、働くことに更に忌避感を持ち始めたシュラト。

 ドン引きする彼らを前に、俺は話を続ける。


「とにかく、お前たちの茶番には付き合ってやったんだ。これからは、俺がちゃんとやることができる仕事をやらせていただきます」


「のじゃ、桜がちゃんとやることができる仕事」


「なんや自信満々やないか、桜やん」


「お前ねぇ。俺だって、そりゃそれなりに社会経験はありますよ。なんてったって、加代と事実上の夫婦みたいな関係になっている男ですよ。そりゃもう、当たり前のように、豊富な社会経験を持っておりますよ」


 因果関係の説明として、ちょっと無理がある気はしたけれど続けた。

 実際のところ、加代がどうとか抜きにしていろいろと俺は仕事を頑張って来た。

 本職であるプログラマー・システムエンジニアを抜きにして、俺も加代に付き合っていろいろやっているのだ。


 一時期は無職で、それこそ加代と変わらない生活もした。


 だから言える。


「俺、こう見えて結構有能だからさ。どっかのオキツネさまみたいに、もうこのお仕事はこりごりなのじゃーって、そんな弱音をすぐに吐くようなことはないからさ」


「……のじゃぁ。桜よ」


「実際、無理難題の風俗ネタにも耐えきってるし。ふっ、どうだろうねぇ。加代さんならいったいどれだけ持っただろうか」


「その言葉後悔しても知らんのじゃ」


「ふっ、俺も男だ吐いた唾は飲まんよ」


 見せてやろうじゃないか。

 仕事の内容が、クビになる決定的な要因ではないということを。

 とまぁ、そんな感じで。俺は再び、シュラトに仕事ぶりを見せつけることにしたのだった。


 そう、より、ハードモードで。

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