第639話 たまには本業で九尾なのじゃ
はい、久しぶりに本社に帰って参りましたよ。
えぇねぇ、もう、ダイコンホールディングスに出向ということで、青色吐息でいろいろとこう頑張って来た私と加代の介でありますが、まぁ、一応籍はこっちにある訳でございますよ。
月に一回の部内会議にはそりゃまぁ当然出席しなくちゃならないということで、今日はダイコンの奴に断って、本来の勤め先の方に出社した訳です。
したら、いきなり同僚に取り囲まれての尋問ですよ。
加代と俺、二人まとめて人垣の中。
殲滅包囲陣って奴ですわ。
これが本当の四面楚歌。
今だ!! 自爆しろ!!(謎)
「桜!! お前、ダイコンホールディングスの社長と知り合いだったのか!?」
「え、なに、お前、前野。なんでそんなに驚いてんだよ」
「驚くに決まってるだろ!! お前、ダイコンホールディングスって言ったら、関西で一・二を争う大企業だぞ!! なんでそんなところと知り合いなんだよ!!」
「……ナガト建設ってとこにも居たことがあるんだけれど」
「日本有数のゼネコンじゃねえか!! どうして!! なんで!! お前ばっかり!!」
頭を抱えてその場に倒れる前野。
うーん。前職については一応うちの面接の時に話しているんだけれどな。
けど、前野の奴に話をするのは初めてだったか。
しかし――。
「そんな気を失うことかね」
「のじゃ。前野もダイコンもそう変わらんのに、何がそんなにショックなのか、ようわからんのじゃ」
本当にな。
まるで異世界行くのに前野連れて行くのが不都合だったから、急に造られたキャラクター感のあるダイコンなのに、何がショックなのだろうかね。
あ、出番を取られたからか。
出番を取られたからだな。
まったく、せこいことを考える奴だ。
「それにしても桜、お前の社内での評価、すごいことになっているぞ」
「うぇ、どういうこと?」
「ダイコンホールディングスの社内基幹システムやら、各子会社のシステムやらの開発を請け負えたら――間違いなくわが社は安泰って幹部連中がはしゃいでる」
まじかぁ。
割とバクチな考え方するのね、うちの幹部も。
地道にこつこつと、できる仕事をやっていく。そういう会社だと思っていたんだけれども、やっぱ大手ホールディングスとコネが出来たのは嬉しいか。
そらそうか。
俺が部長だったら、小躍りしているわな。
吹けば飛ぶような零細ソフトウェア開発会社なんだからさ。取引先に、太い客はそりゃ欲しいよ。
「ホールディングスに買収して貰って、連結子会社になろうとしているとか」
「おいおい、それはいくら何でも、話が早すぎだろう」
「他人事じゃないわよ桜くん。そうなったら、話を持って来た桜くんにも相応の役職を用意しなくちゃならないって、皆それで騒然としているんだから」
おっと。
それはちょっと、なんだか面倒くさいことになってきましたよ。
相応の役職を用意しなくちゃいけないとは。それってつまり、俺が昇進するっていうことになるのか。
えー、いやだなー。
俺、今のまま、平社員で、てきとうにいろんな所に飛ばされて、へらへらと責任なく笑っている方が気楽でいいなー。
そんな、役職とか付いたら絶対苦労するじゃん。
ダイコンホールディングスとの窓口に立たされて、絶対苦労するやん。
まぁ、ダイコンしばいたら一発なんやけれどな。
「のじゃぁ、思わぬ展開になって来たのじゃ」
「だなぁ」
「今日の会議、桜くんたちのことも話に上がるみたいよ。覚悟しておいた方がいいんじゃないかしら」
昇進かぁ。
あんまりそういうのしたくなかったんだよな。
下を使うのも、上を使うのも、どっちも疲れるんだよ。俺はもう、自分のできる範囲で仕事をしたいんだよ。そう、残業とかなしで、定時で帰りたいんだよ。
定時で帰って加代さんとフォックスフォックスしたいんだよ。
だから、面倒な内示だったら、今回も全力で振ってやろう。
そう思って会議室へと向かった――。
◇ ◇ ◇ ◇
「桜くん、すまん。今日限りで、この会社を辞めてくれ」
「……はい?」
「具体的には出向ではなく正式に向こうの社員になってもらう。移籍について、こちらは既に条件を呑んだ。あとは君が頷いてくれるかだけだ」
「ちょっちょっ、待ってくださいよ。移籍ってそんな。俺、ただのプログラマーですよ。奴さんはレジャー系の総合会社じゃないですか。お呼びじゃないというか」
「それでもお呼びがかかったのだよ桜くん!!」
「たのむ――君の移籍金で、いろいろとわが社が助かるんだ!!」
まじか。
まじかー。
ヘッドハンティングされるかー。
いや、予想の範囲外だわ。まさか、出向じゃなく、いきなり引き抜きでくるとか、ダイコンの奴ってば考えていやがるわー。判断すると早いわー。向こうの世界でぼこぼこリスポーンさせてたのがいまさら申し訳ないわー。
はぁ、まぁ、けど。
「先方が言っているなら、仕方ないですね」
「……すまん、桜くん」
「サラリーマンですから。まぁ、ドナドナドーナと貰われていきますよ」
社会の波には逆らえないのがサラリーマン。
サラリーを貰ってするお仕事は辛いか。
辛い。
けどまぁ、仕方ないのだ、そこら辺は割り切ってやっていくしかない。
ちくしょう、これで何度目の転職だ。勘弁してほしいもんだぜ。
それというのも加代の奴が――。
「あれ、そう言えば、加代はどうなるんですか?」
「え? 加代ちゃん?」
「加代ちゃんは特に呼ばれてないな?」
「うちのサーバエンジニアだし。できれば出したくない人材だし」
「……のじゃぁ」
もうほんと、最近こんな感じでアイディンティティクライシス。
俺がクビになって、加代がクビにならないってね。まーもうほんと、不思議なことがあったもんですよ。あはは。
いやまぁ。
「呼んでやれよ!! ダイコン!!」
俺は怒鳴った。
これからお世話になる、会社の社長を名指しで怒鳴りつけた。
お前、加代がどれだけいらんこか知っているなら呼んでやれよ。それが異世界を共に生き抜いた、俺たちの絆というもんじゃないのかよ。
なんにせよ、それで俺の社内での評価は最後の最後でストップ高となった。
「向こうに行っても、頼むぞ桜くん!!」
「ぜひ、うちとの取引をもぎ取ってきてくれ!!」
「桜くんならできる!! きっと!!」
うっせえフォックス。
だから、そういう働き方はあまり好きじゃないって言っているだろうが。
俺は定時で帰って、加代さんとまったりフォックスして過ごしたいんだよ。
まったく。
「……のじゃまさかのクビにならないほうで、ショックを受ける日が来ようとは」
「あんま気にすんな加代さん。出向なのは変わらないんだから、な」
「のじゃぁ」
あ、これ、ちょっと修復に時間かかるな。
そんなことを思いながら、俺は襟足を掻きむしった。
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