第630話 黒騎士式で九尾なのじゃ

「……という所で、どうだ勉強になったのじゃシュラト」


「加代ちゃんさんがどれだけ苦労して定職についているか。その苦労の半分でも分かれば、ちょっとは勇気も湧いてくるだろう」


 場所は再びダイコンコンツェルンの社長室。

 連日の加代ちゃんの働き場所が一望できるビルの上。


 その上に、俺、加代さん、ダイコンタロウ、そしてシュラトが集まっていた。


 ここ数日。

 俺はシュラトを連れまわして、加代の仕事ぶりをみせつけていた。


 見事にやる仕事やる仕事でクビになる九尾。

 それはもう、まるで短編SSのように、すっぱすっぱとクビを斬られていく。

 まるで彼女が失職するのを、口を開けて運命が待ち受けているような、そんなクビの斬られっぷりである。


 流石にそれが小説のタイトルになる九尾。

 名に偽りのない見事なクビの斬られっぷりに、俺はヒロインの面目躍如だなと、感慨深く思った。


 そして、ようやくこっちの世界に戻って来たのだなと、しみじみ実感した。


 これから更にいろいろと首を斬られることになるのだろう。

 お蕎麦屋さんでバイトして蕎麦湯をこぼしてクビになったり。

 郵便局でバイトしてバイクでウィリーして九尾になったり。

 ボクシング世界タイトルマッチオキツネ級で、ロッ〇ーみたいな無理な減量をしたあげくに結局クビになったり。

 なんかもうプラモ職人とか訳のわからん職業をいきなり始めたかと思ったら、あぶりゃーげが乱舞して廃業したり。


 そのクビになるバリエーションは、いくらでも考えることができる。

 それでもなお、生きることを諦めないしぶとさ、ずぶとさ、厚顔無恥さ。


 それこそが加代さんなのである。


 でていけあんたは九尾さんという小説なのである。


「彼女のクビになる姿を見ていれば、自然と自分の未熟さが身につまされるだろう?」


「のじゃのじゃ。まぁ未熟とかそういうのは抜きにして、人間は生きている限りどんな恥をかいてでもお仕事をしなくちゃいけないのじゃ。大丈夫なのじゃ。生きてるだけで丸儲けなのじゃ。恥はかきすて、クビになってしまえばそんなもの誰も気にしないのじゃ」


 あれだけクビを斬られて置いて、ここまで言えるのだから、たいした玉である。

 いや、玉は持っていないから、たいした尻尾である。


 さぁシュラトよ、ここまでクビになる芸を見せつけられてお前は何を思うのか。

 多くの人々にそのひたむきさで勇気を与えてきた加代ちゃんである。そんな彼女の頑張る姿を目の当たりにして、お前は何を思うのか。


 武士は食わねど高楊枝。


 武士じゃないけれども騎士として気取っている部分があったシュラト。


 けれども、そんな彼よりも三千年という時を生きてなお、ここまで無様に現世に食い下がる九尾の姿にいろいろと思う所はあったはずだ。


 さぁ、シュラトよ、どうするのだ。


 加代さんという存在を目の当たりにして、働きたくないでござるとか、そういう腑抜けたことを言い続けることができるのか。

 世の中にはここまで逞しく、必死になって仕事をしている九尾がいるのだ。

 だというのに、お前は異世界ニートを続けるのか。


「……なるほど、加代どのがこちらの世界でどれだけ苦労しているのかは、その働きぶりを直に見て理解した」


「のじゃ、分かったのじゃ?」


「生きるってのはこういうことを言うんだぞシュラト」


「せやでシュラトやん。クビになってもクビになっても、それでもあきらめずに頑張っていけば、いつか天職に巡りあえるんや。せやから社会を恐れたらあかん。立ち向かうことを諦めたらいかん」


 そう、人間は生きていてこそなのだから。

 どんな状況でも、あきらめずに、自分のできることを繰り返していれば、それはきっとどこかに結び付くはずなのだ。

 どこか自分を必要としてくれる場所にたどり着けるはずなのだ。


 だからシュラトよ。

 恐れるな。


 そんな感じで、良い感じにこの異世界無職編にオチが付くと思ったその時。


「いや、加代どのいくらなんでも、クビになり過ぎでは?」


 いきなり話の骨子をぶち折る、大胆な切り返しが黒騎士から帰って来た。

 こっちはお前の異世界生活を心配しているというのに、割と真面目な心配顔で、彼はポンコツ九尾に冷めた視線を投げかけて来た。


 その視線に、流石の九尾もにっこり。


「……のじゃ、これは働くとか働かないとか、それ以前の問題なのじゃ」


「加代さん」


 久しぶりに、加代の九尾が天を衝く。

 九尾昇天ゴッドモードと化した加代の顔には、青い血管が走っていた。


 あかん、シュラトだけにこれは来週修羅場や。

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